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第六話 伯爵令嬢ルチアとビーチェ

 バルとウルスラが領主事務所へ行くよりも前、朝からビーチェはパウジーニ伯爵家の書斎にて、長女のルクレッツィアことルチアと家庭教師の講義を受けていました。

 ルチアはビーチェの学校時代の同級生で、高飛車な性格からなかなか親しい友人が出来ず、良い意味で馴れ馴れしいビーチェが唯一の友達なんです。

 家庭教師は、アレッツォ出身で去年王都の大学を卒業しパウジーニ伯爵家専属家庭教師として雇われた、メリッサ・リモンディ先生。

 はつらつながらも物腰は穏やかな性格で、王都で仕事をしていればもっと収入があるはずなのに、アレッツォが好きで戻って仕事をしています。

 今日の講義は近代世界史のようですよ。


「帝国の、このヴァルデマールって人すごいね。うちの師匠も強いけれど流石に大魔王は倒せそうにないよなあ」


「そうですわね…… バル様はとてもお強くて素敵な方ですが、大魔王ゼクセティスは国をも一度に滅ぼしかねない強さと聞いていますから無理でしょうね」


「ほらほら、無駄口を叩いてはいけませんよ」


「「はーい」」


(いいえ、バル様ならきっと―― もし悪の権化(ごんげ)がこの国を襲って来たら打ち倒してくれるでしょう。ああ…… あの腕で抱かれてみたいです。やだ、私ったら講義中にそんなことを考えるなんて)


 どこかで聞いたような名前の人が講義で使っている歴史書に載っていますね。

 バルがそのヴァルデマールと同一人物だと知っているのは伯爵だけですから、彼女らが知るよしもありません。

 それでもビーチェは毎日のように人並み外れた修行を受けているわけですから、不思議に思わないんでしょうかね。


 バルは魔物退治の給金を貰いに、最低月に一度はこのパウジーニ家へ来ていますが――

 令嬢のルチアさんと先生のメリッサさんまでも彼に見惚れてしまったんです。

 二人ともオジ専なんでしょうけれど、自分の父親のような歳のバルに周りの男では感じられない(たくま)しさと憧れがあるのでしょう。


「さあ、そろそろ休憩にしましょうか」


「先生、お茶を入れてきますね」


「ありがとうございます。お嬢様が入れるお茶は格別に美味しいです」


「うふふ。淑女の(たしな)みですから」


 ルチアが立ち上がると、部屋にある魔力ポットで湯を沸かし始めました。

 彼女が入れているお茶は地元で採れる麦を使用したお茶で、コーヒーのような風味があるオルヅォ(orzo)です。

 ルチアさんがオルヅォを入れたカップをテーブルに置くと、ビーチェは早速砂糖とミルクをドバドバと入れてしまいます。


「あなたそんなに入れて、いつまでも子供舌ですのね」


「いやあ、頭を使うと甘い物が欲しくなるじゃん」


「あなたが頭を使っているとは思えませんけれどね」


 と、ルチアさんは軽く毒を口にしますがビーチェは気にしないでヘラヘラと笑いながら美味しそうにオルズォを飲んでいます。

 そういうところで二人のバランスが取れているのですね。


「ルチアのお茶は美味しいなあ。お代わりをもらえる?」


「もう飲んでしまったんですの? もっと味わって飲みなさい」


 と言いながら新しいカップにお茶を入れています。

 ビーチェの天然な褒め言葉に弱い、チョロいルチアさんでした。

 お代わりを貰ったビーチェ。今度は格好付けようと何も入れずに飲もうとすると……


「熱っ (バシャッ) ああっ しまった!」


 お茶の思わぬ熱さでびっくりしてしまい、手が滑ってカップを下に向けたからお茶がこぼれてシャツとズボンを汚してしまいました。

 運動神経抜群のビーチェでもそこは人並みなんですね。


「あらあら!」


「もう! 調子に乗るから!」


「ご、ごめーん」


 メリッサ先生が用意した布で拭くも、派手にこぼしたので既に手遅れ。

 庶民の服なので高い物ではありませんが、これだとそのままの恰好で帰るわけにはいきませんね。


「魔法で綺麗に汚れが落ちますから洗濯させます。

 (わたくし)の部屋で服を着替えるので、先生少しお待ち頂けますか?」


「わかりました、行ってらっしゃいませ。うふふ」


 メリッサ先生は二人がとても仲良しなのを知っているので、二人きりになることを微笑ましく思っています。

 そして二人はルチアさんの部屋へ。


---


「ルチアの部屋へ入ったのって久しぶりだなあ。クンクン…… いいにおーい!」


「ちょっと恥ずかしいからそんなふうに匂いを嗅がないで下さいまし」

(ああ―― 良かったですわお香を焚いておいて。この子ったらすぐ匂いを嗅ぐ癖があるから)


 なんて言いながら顔を赤くしているルチアさん。

 確かにビーチェは露骨に匂いを嗅ぐ癖があり、ジーノが汗臭かった時もそれでした。

 バルの修行のせいか、嗅覚まで良くなってしまった可能性があります。

 ルチアさんの寝室は学校の教室一つ分の広さがあり、貴族令嬢らしく王様ベッドや姫ソファー、大きなクローゼット、テーブルなどの家具は一通り揃っています。

 私も一度こういう部屋で生活してみたいですよ。


「さあ、服を脱いで下さい。あなたに似合う服があるかしら……」


 ルチアはそう言うと、クローゼットの戸を次々に開けました。

 田舎でもさすがお貴族様。ドレスが百着は軽く超えてあるようです。


「脱いだよー! おお、ぱんつまで汚れてなくて良かったー!」


 ビーチェはあっという間に下着だけの姿になり、ニコニコしながらルチアの方を見ていました。


「早いですわね。まあ……」

(この子、なんて引き締まった身体をしているんでしょう。厳しい修行をしていると聞いているけれど筋肉ムキムキじゃないし、女性らしく丸みを帯びてる…… えっ? 傷が一つも無い!? バル様の修行ってどうなの? 不思議ですわね)


 ルチアさんはビーチェの均整が取れた身体を見て驚いていましたが、すぐにビーチェに合う服を探し始めました。

 ビーチェはズラッとクローゼットの中に並んでいるドレスを見てしかめっ面をしています。


「えー、あたしスカートなんか履いたことが無いよー せいぜいキュロットだね」


「私はズボンを持っていません。諦めなさい」

(本当はパンツスーツを持っているんですけれど、ビーチェのほうがスタイル良いから絶対に合いませんわ。黙っていましょう)


「ちぇー」


 ルチアさんは続けてクローゼットの中を漁っていましたが、何とか似合いそうな服を見つけたようです。


「まあブラウスとプリーツスカートが手頃でしょう。着てみなさい」


「えー こんな可愛いのあたしに似合わないよー」


「つべこべ言わずに早く着なさい」


「はーい」


 まるで姉妹のようですね。

 ルチアさんが服を差し出すとビーチェはブラウスが着られたものの、プリーツスカートを履くのに手間取っているようです。


「ねえ、これどうやるんだ?」


「アジャスターも知らないんですの? ほら、こうして……」


 ルチアがビーチェに寄り添い、アジャスター調整を手伝っていますが……

 表情が強張ってしまいました。


(え? ビーチェって(わたくし)よりウエストが細い…… ぬくく)


「どうしたの? 何か怒ってる?」


「いいえ、何でもありませんわ。さて…… こうしてみるとよく似合ってますわね。さすが(わたくし)。ふふん」


 ほほう。白のブラウスに膝上丈のプリーツスカート。柄は赤ベースのチェック。

 これはまさに日本の女子高生ではありませんか!?

 ポニテで、ブラウスがお胸でぱっつん。

 読者の皆さんも想像して萌えていいんですよ。


「うーん、ぱんつの周りがスースーして落ち着かないなあ。ルチアもお母さんも毎日こんなの履いてるのか」


「それは慣れなさい。後はネクタイを着けましょう。どうせあなたには着けられないんだから(わたくし)がやって差し上げます」


 ルチアさんは再びビーチェに寄り添い、青いネクタイを着けてあげました。

 まあまあ! よく似合ってるじゃありませんか!


「クンクン…… ルチア良いにおいがするー!」


「ちょちょっと! ビーチェったら!?」


 目の前でルチアがネクタイを着け終わったら、ビーチェが彼女に抱きついてしまいました。

 二人とも背の高さが同じくらいでお胸も大きいから、白いブラウスの潰れあんまんがぐんにょりと四つ合わさってますう!


「うううーん、ルチアー だーいすき」


「あの えと ビーチェ? ちょっとおかしいですわよ!」


 確かにビーチェの様子がおかしいですね。

 ベタベタと抱きついてルチアさんの首筋を嗅いでいます。

 香水のせいでしょうか?

 部屋にある鏡台に、香水の瓶がいくつか置いてあるのが見えますね……

 ほうどれどれ。

 あ―― 手前の一つ、これ男性向けじゃないですかね!?

 しかもオスモフェロンのフェロモン香水ですよ!?

 どうして?


「クンカクンカ にゅふーん ルチアああ」


「いややや そんなにくっつかないで下さいまし!」

(ドキドキ―― ちょっと嬉しいけれど、そういえばこの子ったら子供の時は抱きつき癖がありましたわね。それ以来かしら……)


 この様子だと、ルチアさんはきっと間違えて香水を手に入れてそのまま知らずに使ってしまったんでしょうね。

 若さ故のなんとやらはこれのことでしょうか。

 それにビーチェの嗅覚が鋭くなったこともあって。

 ああ、汗を掻いたジーノでそうならないのは、汗臭いとダメなんですね。

 面白いからしばらく眺めることにしましょう。


「もうビーチェったらあ!」


---


 二人は教室部屋代わりに使っているパウジーニ家の書斎へ戻りました。

 ビーチェの服装より、顔を真っ赤にしているルチアお嬢様をメリッサ先生は不思議に思っていました。


「どうされたんですか? お嬢様…… 顔が真っ赤ですがお風邪でも?」


「い、いえ風邪などではありませんわ。何でもないんです……」


「先生、ルチアってすごく良い匂いしてるんだよ。嗅いでみる?」


「いいいやいや、やめて下さいね!」


「はあ……」


 メリッサ先生は話が見えないのでキョトンとした表情をしています。

 先生はビーチェの服装にようやく気づき、こう言います。


「あら、お似合いね。まるで王都で見かける女の子みたい」


「いやあ、そうなの? 照れるなあ。えへへ」


 都会に憧れるビーチェは、そう言われるとさっきまでスカートを嫌がっていたのに、気を良くしてしまいました。

 そして講義の続きが始まりました。


「ビーチェ。スカートの時は脚をちゃんと閉じなさい。はしたないですわよ」


「え? ああ、わかったよ……」

(ウルスラが店でぱんつ丸出しだったのは見苦しかったよな。あれは反面教師だ)


 講義中は当然座って受けているのですが、ビーチェは脚を男の子のようにガバッと広げていました。

 ルチアさんに注意されて素直に脚を閉じましたが、何か思うことがあるんでしょうね。


---


 午前の講義が終わり、昼食を食べるために三人でダイニングルームへ向かっているところ、途中の玄関ホールで思わぬ人たちと出会う。


「まあ! バルさまっ!」


「お、お嬢様……」


 バルとウルスラが伯爵と話を終えて帰ろうとしている彼らと鉢合わせました。

 伯爵とお見送りをするメイドたちもいます。


「ご無沙汰しておりますわ! なかなかお目にかかれませんでしたから、(わたくし)寂しかったですう!」


「いやあ、ハハハ……」


 ルチアさんは積極的に、バルの腕にべったりとしがみつきました。

 自慢の胸を押しつけるように。

 さっきまでビーチェに対して恥ずかしがっていたのに、バルのことになると目の色が変わるんですね。

 バルは彼女に興味が無さそうですが、会うたびにこれなので困っています。


「バル様、こんにちは…… ポッ」


「メリッサ先生、こんにちは。いつもビーチェがお世話になっております」


 完全にビーチェの父親面しているバルです。

 メリッサ先生も密かにバルに憧れており、思わぬ時に彼に会えたので頬を赤く染めてました。


「バル様、この方は?」


「ああ、それは私が答えよう。バルさんの旧知でウルスラさんといって、上級魔法師と上級薬剤師を持っていらっしゃる偉いお方だ。今度からうちの地下室を改造して住んでもらうことになったんだ。ルチア、ご挨拶なさい」


「初めまして。ルクレッツィア・パウジーニと申します。あなた、とてもいかがわしい格好をしていますわね。本当に上級魔法師ですの?」


「こ、これルチア! 失礼だぞ!」


 バルの代わりにパウジーニ伯爵が紹介すると、ルチアさんは一応礼儀としてカーテシーで挨拶をしました。

 しかしウルスラの超ミニスカ姿は受け付けないようで、硬い顔をしています。


「いいえ伯爵。私は大人ですから―― お嬢様、ウルスラと申します。今後ともよろしくお願いします」


 と言いながら、ウルスラはルチアより一回り大きな胸をぽいーんと突き出しました。

 胸元を隠している上着とはいえ、胸の形がはっきりとわかってしまいます。

 言ってる本人が大人気ないですね。


「おおおお母様のほうがもっと大きいですから、私も将来はもっと大きくなります!」


 さすがにパウジーニ伯爵はそれを聞いてあちゃーと右手で顔を押さえてました。


「いいわ。面白そうな子ね。そのうち仲良くなれそうだから、お世話になりますね。伯爵――」


「ああ、それはどうも……」


 伯爵は安堵した表情で、ハンカチで冷や汗を拭いています。

 すると、この場で忘れられた存在になっていたビーチェが初めて喋りました。

 彼女はウルスラを嫌っているのでジロッと睨んでいます。


「ウルスラも来てたんだ……」


「あら!? 可愛いわねえ! どうしたの? そのスカートとっても似合うわ!」


「――ありがと……」


 ウルスラがストレートにビーチェの容姿を褒めたので、ビーチェは照れながら小さな声でお礼を言いました。

 ケチをつけられるとばかり思っていたから、予想外のことでビーチェのウルスラに対する好感度はきっと上がったでしょう。


「ぶっ…… ぷぷ。確かに可愛いな! ビーチェのスカートは初めて見たぞ! クククッ……」


「ちょっとバルったら、笑うところじゃないでしょ」


 バルはビーチェのスカート姿を見て、大笑いを堪えるように腹を押さえています。

 ウルスラが牽制していますが、バルはビーチェのことをまだ子供だと思っているのか、デリカシーが無いですね。


「バルの―― バカァァァァァァァァァァァァァ!!!!」


 BAGOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ビーチェは怒りにまかせ、バルの腹にオーラを込めた全力の鉄拳パンチをお見舞いしました。

 バルの身体はパチンコ玉のように玄関ドア目掛けて飛んで行く。

 ドアの前にいたベテランメイドさん二人は察したかのように玄関ドアを開き、バルの身体は外まで出て行ってしまい門の手前で止まりました。

 伯爵とルチアさん、メリッサ先生と若いメイドさんたちは驚きすぎて白目を剥いてます。

 実は三年前にもここでバルがビーチェを揶揄(からか)って、殴り飛ばしてドアを壊してしまったことがあったんです。

 それでベテランメイドさんたちは察したんですね。

 勿論バルは壊したドアを弁償しました。


「もう口を利かないから。明日までね」


「明日までって…… 早いのね」


 殴り飛ばしてスッキリしているのか、口を利かないのが明日までとは可愛いですね。

 ウルスラはそれを聞いて呆れ半分で笑っていました。

 で、門の前まで飛ばされてしまった方は――


(ぐあああ…… 痛てて…… 瞬間的にオーラ強化と防御魔法を三重に掛けておかなかったら腹に穴が空くところだった…… 確かに怒りはオーラパワーが何倍にもなるが、まさかビーチェがここまで成長しているとはなあ。修行の成果が出ているってことだな。よしよし)


 バルは、痛いだけで無傷でした。

 この男も相変わらず異常なタフさですよね。


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