第五十六話 魔女ラースローネ
コロッセオでの試合はアレッツォ組が三人とも全勝し、表彰式は明後日の午後に王宮にて行われることになりました。
それが済めば後はアレッツォへ帰るだけです。
試合終了後はすぐに解散し、コロッセオの近くにあるピザ屋さんで少し遅い昼食を取ることになりました。
「うひゃー 腹減った腹減った! ナニ頼もっかなー」
ビーチェは店内へ入るなり席にドカッと座り、メニュー表を見ています。
もう自分が女だということを忘れてますよね。
「俺はマルゲリータにすっかなー」(トマト、モッツァレラチーズ、バジル他)
「は? それっておまえの対戦相手の名前だろ! そんなにデカおっぱいが良かったか?」
「チッ チゲーよ! ただピザで一番の人気メニューじゃねーか。だいたいマルゲリータって百年くらい前の陛下の名前から付けたんだろ。おまえ知らねーのかよ」
「ぐぬぬ…… だからっ当てつけて頼むなっての!」
「コラッ うるさいから。ビーチェは気にしすぎでしょ。さっさと好きなの頼みなさい」
「「はーい……」」
アレッツォを出発してからですけれど、ウルスラは二人のお母さんですね。
さて、私は何にしようかしら。
『私はカプリチョーザにします』(この店ではトマトソース、アーティチョーク、モッツァレラチーズ他)
「あたし、ディアボラ!」(サラミ・チキン・唐辛子・モッツァレラチーズ他)
「おまえそんな辛いの食べるのかよ!」
「いいじゃん。今日はカッといきたい気分なんだよっ」
「じゃあ私はペスカトーレね」(海鮮系)
と、四人でワイワイやりながら食べましたとさ。
地上に降りてきてからピザが多いんですが…… 太らないかしら。
その後、私たちは街へ繰り出しショッピング。
ウスルラの亜空間魔法があるものだから、服や食べ物を買っては放り込み散財したのでありました。
アレッツォへのお土産もありますからね。うふふ
===
ホテルで休憩後、夕方になってから私やビーチェたち四人は、野外パーティへ参加するために王宮へ向かっているところです。
ちょうどその時、アレッツォではちょっとした事件が起ころうとしていました。
そこはラ・カルボナーラ――
厨房に近い席には、つい昨日アレッツォにやってきたウルスラの娘であるヴァルプリが座っています。
「ふぅ、お腹空いたわ…… あ、あの…… ファビオきゅーん。チャーハンをお願い出来るかしら……」
「はい、チャーハン一つですね。ありがとうございます! ニコッ」
(ぶっ ククク…… ファビオ君、可愛すぎて鼻血出そう……)
開店時間から間もない店内は、客がまだ彼女だけ。
ヴァルプリはパウジーニ伯爵家で寝泊まりすることになり、空いた時間にウルスラの部屋を勝手に使ってソーマを生成したりしてました。
夕食の時間だけは、可愛いファビオ君狙いでラ・カルボナーラへ来ているわけです。
見た目は十歳なのでファビオ君とはお似合いのはずなんですが、実年齢と精神年齢共に一般の人間同様二十四歳なので、ショタコンお姉様になっちゃいますよ。
でも、ヴァルプリが子供を産める身体になった時、ファビオ君はいくつになっているのかしら。
客席からもよく見える厨房では、バルが鍋をふるってチャーハンを作っています。
神眼で見ていると匂いはわかりませんが、見ているだけでも美味しそう。
「あいよー チャーハンあがりー」
「はーい」
チャーハンが出来上がったようで、ファビオ君がヴァルプリの席まで運んで来てくれます。
「はい、チャーハンです。ごゆっくりどうぞ。ニコッ」
「あ、ああああありがとう」
ヴァルプリが照れている様子に、バルとナリさんはクスクスと笑っていました。
ファビオ君を見ているヴァルプリは、あからさまにキョドってますからね。
(これが…… お父さんが作ったチャーハンというものね。昨日勧められて頼んでみたけれど…… 匂いからしてパンチがきいていて、食欲がそそるわ)
――モグモグモグ
「うううん これは美味ひいわぁ~ ガツンとくる香ばしさ、癖になりそお~」
ヴァルプリは満面に笑みで美味しそうにバルの特製チャーハンを食べています。
そこへ厨房からバルが声を掛けてきました。
「だろ? ガーリックを多すぎず少なすぎず絶妙な具合で入れてあるからな」
「お母さん全然料理を作ってくれなくて、お兄ちゃんの奥さんに食べさせてもらってたんだけどねー お父さんの料理が食べられて嬉しいよ」
「ハハッ あいつ全然料理しないからなあ」
バルの言葉はそれだけでしたが、お父さんの料理が食べられて嬉しいと聞いて、顔がニヤけまくっています。
実娘に初めて自分の料理を食べさせることが出来て感激しているのでしょう。
ちなみにウルスラの、亡くなった前の旦那との息子、つまりヴァルプリの実兄は五百歳くらいと言ってましたね。
どんな家庭だったのでしょうか。
――ギイッ チリンチリン
ドアに付いてるベルがなりました
お客さんが入ってきたようですね。
色白で美しくスラッと背が高い女性で、黒髪ストレートのロングヘアーで前髪パッツン。
服装は漆黒が基調のロングスカートワンピース。まるで喪服ですね。
サビーナさんに雰囲気が近いですが彼女は若さではつらつとしていたことに対し、この客は冷徹さを感じます。
思い出しました!
ビーチェたちがボナッソーラへ行っている間(第十一話)に来てた女ですよ!
不気味な感じはしましたが何もしなかったので、あまり気に留めていませんでした。
前回は紺色のワンピースだったはずです。
「あら、お客が…… お店は開いているのかしら」
「いらっしゃいませー! もう開いてますので、お好きな席へどうぞー! ニコッ」
「ありがと。うふふ」
(ウルスラが遠くへ出掛けている。この時を待っていたわ……)
ファビオ君のニコニコ案内で、その女は厨房から遠い席を選んで座りました。
その女もファビオ君の笑顔に気を良くしたようで、自然と笑顔になっていました。
ファビオ君の笑顔は誰もが気分が良くなるに決まってますよ。
私はファビオ君を独り占めしたーい! フンガフンガッ
「注文良いかしら?」
「どうぞ」
「今日は、ボロネーゼをお願いするわ」
「はい、かしこまりました。ありがとうございます! ニコッ」
ファビオ君がお水を持って来たタイミングで、女は注文をしました。
メニューも見ないでそうしたのは、前回来たときにもう決めていたんでしょうかね。
「お母さーん! ボロネーゼをお願いね!」
「はい。ニコッ」
ああ…… ナリさんの笑顔、ファビオ君と同じですね。
男性客に人気があるわけですよ。
バルがパスタを湯がいて、ナリさんがソースを調理する。
まだ忙しくないし、出来上がるのはすぐですね。
「お待たせしました。ボロネーゼです。ニコッ」
「ありがとう」
出来上がったボロネーゼを可愛いファビオ君が席まで届けてくれて、さらに美味しそう。
客の女もご満悦の表情です。
うーん…… 不気味な雰囲気の女でしたが、案外普通の人なんでしょうか。
「ん…… 美味しいわ」
器用にフォークだけでパスタをクルクル巻いて食べてますね。
地球のイタリア人の食べ方と同じです。
一方、ヴァルプリは――
「チャーハンおかわり!」
「はい! ニコッ チャーハン追加ねー!」
「あいよー!」
凄い勢いでチャーハンを食べていたので、余程気に入ったんですね。
おかわりはすぐに出来たので、ファビオ君が持って行くとヴァルプリの顔は小さい子供が大好きなモノを目の前にしたよう喜びに満ちあふれていました。
「――うわああっ いただきまーす! モグモグモグ……」
(他に客は、あの子供一人か…… ふう、ご馳走様…… さてと――)
黒服の女は食事を終えたようです。
すぐに帰るそぶりもなく、後で出されたアフターコーヒーを静々と飲んでいます。
やっぱり普通の客なんですかね。
バルとナリさんは、これから店が混み出すために仕込みの続きを始めました。
(さようならヴァルデマール。美味しかったわ…… 二度と食べられなくなるのは残念だけれど、あなたの愛する奥さんも一緒にね)
黒服の女、厨房で仕込んでいる二人の方を向いて、右の人差し指で指しました。
な、何ですか!?
――ピシャォォォォォンッッッ
――ベィィィィィィィンッッッ
「なっ なんだあ!?」
「きゃああ!!」
バルとナリさんが叫んだ!
二人の前にはいつの間にか魔法の分厚い防護膜が展開されており、黒服の女から発射された貫通型攻撃魔法を防いだようです。
私はこの女から魔力を感じなかった……
バルもわからなかったようです。
防護膜を発動させた魔法師は…… ヴァルプリ!?
彼女はバルたちに右手の平を向けていました。
黒服の女が攻撃魔法を発動させた瞬間に気づいて、防護膜を張ったのでしょうか。
そ、そういえばヴァルプリからも魔力を一切感じませんでした。
一般人への偽装、この二人はあまりにも自然にやっていたのです。
「な!? なにぃ!? こんな子供が…… 一瞬で私の魔力に気づいて、ベハトラシュ(Behatolás)※を完璧に防いだだと?」
「ふう…… あなた―― お父さんたちを暗殺するつもりだったの? 魔力を全く感じなかったけれど、何だか怪しいから気を付けていたんだけどね」
「あ、暗殺だと!? 魔力は俺も感じなかった…… もしヴァルプリがいなかったら俺たちは……」
「あああっ 暗殺…… バル……」
――パタッ
「ナリさん!」
「お母さん!」
ナリさんは恐怖で気を失って倒れかけましたが、そこはバルが抱き留めました。
ファビオ君はナリさんに寄り添います。
ヴァルプリは席から立ち上がり、黒服の女に警戒しながらそちらの方へ向きました。
「――まさかウルスラ並みの超上級魔法師がここにいるとはね。失敗したわ」
「何故おまえがお母さんの名を知っている? 何者だ?」
「ほう、お母さんとな。あなた、ウルスラの子供だったのね。その力、その髪の色、納得だわ…… 私は偉大なる魔女ゾルタンヌ(Zoltánné)の娘、魔女ラースローネ(Lászlóné)」
「なっ! ゾルタンヌだとお!?」
「ヴァルデマール…… お母様は先の大戦であなたと戦った。そしてお母様は生きている。フフフ……」
「バカな!! ゾルタンヌは俺たちが倒したはず!」
魔女ゾルタンヌとは、大魔王ゼクセティスの傘下とはいえ一線を画す力を持っており、人間族の驚異的な存在でありました。
確かに私もバルたちパーティーがゾルタンヌを倒した様子を見ましたよ!
それがどうして生きているなんて……
神の私でもわかりませんでした。
「お母様の力をなめないでほしいわ。二十五年以上経てば半分以上は回復している」
「半分?」
「――口が過ぎたわ。だけど、大魔王ゼクセティス様が亡くなってもいずれお母様の時代が来る!」
「近頃魔物が増えているのは、そういうことなのか?」
「知らないわ。でも、お母様の力に反応して残った魔物が繁殖しているのかもね。フフフフ……」
「何てことだ……」
バルがいろいろ問うと、ラースローネは聞き捨てならぬことを言いました。
せっかく大魔王ゼクセティスを倒したのに、二十五年経った今になって人類の脅威がまだ存在していたのがわかったのですから。
「今日は残念だったわ…… でも、またいつか会いましょうね。フフフ」
「待ちなさい!」
ラースローネが帰ろうとすると、ヴァルプリが引き止めますが……
「私とやり合おうって言うの? 私たちがまともに戦うと、街ごと消し飛ぶけれどそれでもいいの?」
「ううっ……」
「ヴァルプリ、ここは退いてくれ」
「わかった……」
バルに言われ、ヴァルプリは抑えることにしてラースローネをそのまま逃がすことにしました。
勢いで戦っても、アレッツォが無くなってしまうのであれば意味がありません。
「そうそう…… ボロネーゼ美味しかったわ。お代はここへ置いておくわね。おつりはいらないよ」
ラースローネは懐から紙幣を出してテーブルに置き、身体が黒霧のようになって消えてしまいました。
「敵なのに代金を払っていくとは…… り、律儀なやつだな……」
バルはそう言うと、抱きかかえていたナリさんを席に座らせ、ファビオ君は心配そうにナリさんの手を握りました。
ヴァルプリは、テーブルに置いてある紙幣を手に取りました。
すると急に、イラッとした表情に変わりました。
「あいつ! ウイサース国の紙幣で払って行ったよ! こんなところで両替出来ないじゃないの!」
バルはヴァルプリの言葉を聞いて、彼女からその紙幣を渡してもらいました。
「――どれ…… おおっ 本当だ。しかも一万フォリント紙幣だからボロネーゼが五、六皿分食えるんじゃないか? あいつ金持ちかよ。それにしてもウイサースとは懐かしい。三十代の頃に一年くらいいたっけなあ。グヤーシュって牛肉と野菜のスープと、ランゴシュというウイサース版ピザも美味かったぞ」
そうそう、バルってウイサース国にもいたことがあるんですよ。
魔物の残党を倒しながら路銀を稼いでいました。
それが急に食べ物の話になるなんて、二十年間世界のあちこちをまわって食べまくっていただけありますね。
それを聞いたヴァルプリは呆れ顔。
「ハァ…… 暗殺されかけていたのに、お父さんったらのんきね」
「いや、一つはっきりしたことがある。大戦当時は名前からしてどこの国かと思っていたが、あの母娘はウイサース国出身だということだ。ウイサースに居た頃は何も無かったのに、何故今更……」
「ウ…… ウーン……」
「バル! お母さんが気づいたよ!」
「そうか! 良かった……」
ファビオ君の声に、バルはホッと安心。
彼は二人の元へ向かい、声を掛けます。
「ナリさん、大丈夫か? 今日はお店を休もう」
「いえ、どうってことないわ。お店はこのまま開けましょう。お客さんが楽しみにしてるのに申し訳ないですから……」
「そ、そうか……」
「あの女の人はどうしたの?」
「帰ったよ。あっ ああ…… さっき起こったことはまたナリさんとファビオにも後できちんと説明するから……」
「わかりました……」
「わかったよ、バル」
ファビオ君は今起こったラースローネ襲来について終始何が何だかわからない様子でしたが、頭が良い子なので察して騒ぐことはしませんでした。
うーんファビオきゅーん! お姉さんの息子にならない?
「よいしょ。さ、お仕事の続きをしましょうね」
「うん! ニコッ」
ナリさんは立ち上がるとファビオ君に声を掛け、厨房へ戻って仕込みの続きを始めました。
強い女性ですねえ。私も見習わなければ。
バルは二人の様子を見て、目がジワッと潤んでいました。
(二人に迷惑を掛けてしまったな…… とにかくみんな無事で良かった。またラースローネが来ても、命を懸けて絶対に守るぞ!)
「ヴァルプリ、助かったよ。恩に着る」
「うふふ。少なくともラースローネを倒すまでこの街に住まないといけないわね。お母さん、すぐどっかへ行っちゃうし」
(本当はお父さんより可愛いファビオ君が大事なんだから。ムフフフフフフ)
「そうしてくれると有り難い」
ヴァルプリは下心がありそうな表情でそう応えるのでありました。
――ギィッ チリンチリン
おや、お客さんが来始めましたよ。
「いらっしゃいませー! ニコッ」
※ベハトラシュ(Behatolás)……地球のハンガリー語に良く似たウイサース(Újszász)語で、貫通の意味。




