第四十九話 必殺メッツァルーナ乱れ撃ち
第一戦目はビーチェ。
コロッセオのフィールドは先日ライブが行われた舞台は片付けられており、フィールド全体を使って戦います。
フィールドの真上にはVIP室に向けてライブの時より大きな一枚の魔動スクリーンが浮かんでおり、VIP個室から直接対戦者を見たら小さくても、スクリーンにはとても大きく映し出されます。
私も陛下や教皇たちと一緒にVIP個室で観戦することになりました。
ジーノとウルスラさんも自分の対戦が始まるまでは、こちらで観戦します。
さて、ビーチェは先にフィールドの真ん中へ出場し、相手を待っています。
左手の平に右手のグーをバンバン当てながらやる気満々の様子です。
向こうの扉が開きました。ようやく一人目の対戦相手が出てきたようですよ。
「おっ 出てきた出てきた。へー、本当に剣を持ってら」
その男は兜こそ被っていませんが、軽めの白い鎧を纏い、片刃の直刀であるバックソードを鞘に入れて持っていました。
跳んで跳ねたりくらいは出来る装備ですね。
「ほう。おまえさんがゴッフレードを倒したって娘か。随分若いな」
「へー、おっちゃん誰?」
「おおおっちゃんではない! まだ二十八だ! ドナート・ヴァレンツィア(Donato Valenza)という!」
少女におっちゃんと言われたぐらいで過敏な反応をするとは、何だか雰囲気は三枚目ですね。
ドナートは濃いめの金髪、顔の良さは並より少し上。
私の好みではないですね。え? そんなの関係ないって?
筋肉はがっちりしてますがバルより細身です。
「ふーん、あたしビーチェ。よろしくね!」
「あ…… ああ、よろしく。随分軽いやつだな……」
「そんなことより早くやろうよ! ふんっ ふんっ ふんっ」
ビーチェはすぐにも戦いたくてうずうずしており、空のパンチを繰り出しています。
ドナートは少し呆れた様子でビーチェのことを見ていました。
「よしわかった! 早速いかせてもらうぜ!」
(さすが、見た目によらず強いオーラを隠し持っているのがわかる。グローリア(Gloria)と同じ素手の格闘タイプか。だがどういう戦法で来るのかわからん。ここは小手調べと行くか)
――スタタタタタタッ
ドナートはビーチェのほうへ駆け寄り、鞘から剣を抜きました。
彼は本気で斬りかかろうとしています。
「だ、大丈夫なのかあの子は!?」
「あれくらいなら問題無いですよ陛下。まあ見ていて下さい」
陛下が心配すると、ジーノが応えました。
彼は毎日のように、彼女と一緒に修行していましたからわかるんですね。
ビーチェはそのまま動かず、まるでわざと剣に斬られる体勢になっているようです。
「うりゃぁぁぁぁ!!」
ドナートは剣を片手に、ビーチェの首を落とそうとしました。
ビーチェは、ドナートが恐らく出方を見るためにわざと発したであろう掛け声に反応し、しゃがんであっさり躱しました。
それでもかなりの高速で斬りかかったので、常人であれば本当に首が飛んでいます。
ビーチェはしゃがんだ勢いで両手を地について、自分の脚でドナートの足を払おうとしました。
しかしドナートは飛び上がり躱します。
「ふんっ 動きがありきたりだな!」
ドナートの足が地についた瞬間、上から剣をビーチェに振りかざしました。
「「危ない!」」
陛下と教皇がそう叫びます。
軍務大臣やアデーレさんたちもゾッと冷や汗を掻く表情でした。
ですがジーノとウルスラは平然とした表情です。
――バシィッ
ビーチェの手が! あ…… 受け止めた!?
なんと彼女は座ったまま、片手一本素手でドナートの剣を受け止めてしまいました。
「あ…… あああ……」
「す、すごいです……」
陛下と教皇は目を見開いて驚いていました。
普通に考えて、真剣を素手で受け止めるなんて常識外れですからね。
「ほほぅ、まさかあれほどとはな。ゴッフレードを倒せても不思議ではない。うんうん」
スカリオーネ軍務大臣はとても感心していました。
ですが驚愕するほどでもないようで、ドナートたちの強さでは当たり前のことなのかも知れません。
「へ…… へへ。冗談みたいな事をするな……」
「ふふふ…… 鍛えてるからね。おっちゃん」
「だからおっちゃんではない! ドナートと呼べ!」
「あいー わかった。ドナートね」
ドナートは剣を退いて、再び構えました。
ビーチェは両手をパンパンと払いながら立ち上がりました。
「避けると思ったら、瞬間的にオーラを手に集めて、剣を受け止めるとはな……」
「せいかーい! よくわかったね。おっちゃ……いや、ドナートもオーラがよく見えるんだね」
「当然だ。伊達に国一番の戦士をやっていない。ちょっとだけ本気を出してやろう」
「じゃああたしもそうする」
「ふふっ 楽しみだな」
ドナートは手首で剣を軽く振り回すと、剣が淡くフワッと光り始めました。
これは自分のオーラを剣に込めたようですよ。
(うわー あれってオーラ剣だよね。前にバルも修行でオーラ剣をやってくれてたけれど、あれはヤバい。切れ味が半端ないって。さっきみたいに素手で受け止めたら本当に手が切られちゃうよ)
「ふふふっ ちゃんと避けてくれよぉ?」
「――お手柔らかにね」
ドナートが剣を構え、ビーチェは先ほどの余裕な表情から真剣になってきました。
ここから面白い戦いになってきそうです。
「ふんっ!」
「はああっ!」
お互いがダッシュで駆け寄り、ドナートは剣で斬りかかり、ビーチェは手刀でドナートへ斬りかかります。
ドナートが勢いよく何度も剣を振っていますか、ビーチェはそれを全て避けて両手の手刀で攻撃しています。
シュパパパパパパッ ビシビシッ
(ぐあああっ こいつ間合いに入って来ても俺の攻撃を全部避けてやがる! しかも両手の手刀で斬ってくるのでは分が悪すぎる! げっ…… 鎧が斬れてんじゃん! いったん退くかっ?)
ビーチェはドナートの剣の間合いに入り込み、剣を避けながら両手、つまり二本の手刀で攻撃しているので単純に攻撃力倍増。
ドナートの鎧にはビーチェの手刀によって刻まれた傷が何カ所にもありました。
それでいてビーチェはドナートの剣を紙一重で避けているんですから、バルからの僅か五年の修行でここまで出来るのですから、途方もないことです。
まるで◯仙人から修行を受けたどこかの二人のようですね。
シュタッ―― ヒュンッ
ドナートはオーラを強く剣に込めて振り、隙を作って一気に後退しました。
実戦ではドナートのほうが一日の長があるようです。
「やるなあビーチェ。でも、あれじゃ二人とも本気じゃないよね」
「ジーノよ。あれが本気ではないというのか?」
「はい。半分も実力を出していないんじゃないですかね」
「ビーチェも凄いが、相手が強いとドナートもあれほどの力を見せてくれるのか」
「ふふふっ陛下。それでこそ国一番の戦士でありますぞ」
陛下の言葉に軍務大臣が自慢げに応えました。
ウルスラはやや退屈そうに見ていますが、自分たちがヴィルヘルミナ帝国で魔族と戦ってきた時のことを思えばそうなるでしょう。
「ムムムム…… グウゥゥゥゥゥ!!」
ドナートは剣を両手に持ち下へ向け、自分のオーラを剣へ溜めるように注いでいます。
何か大技を仕掛ける手順のようですね。
彼の表情は鬼のようにとても険しくなっています。
「おい、ビーチェよ…… 絶対避けろよ。当たると間違いなく死ぬ。だから避けろ! そして降参するのだ!」
「へ、へええ…… すごいオーラだ…… 必殺技ってやつかな。でもなるべくなら勝ちたいね。陛下が何か良いことしてくれるみたいだから」
さすがのビーチェも表情に余裕が無くなってきました。
私にもドナートのオーラがびりびり伝わってきます。
「行くぞ! メッツァルーナ乱れ撃ち!!」
ザバババババババババババババババババババッッ
メッツァルーナ(Mezzaluna)ですって!?
それは、湾曲した刃に持ち手が両端についたイタリア発祥の調理ナイフです。
そういえばラ・カルボナーラでもバルが使っているのを見たことがありますよ。
ドナートはオーラを込めた剣を一心不乱に振り、メッツァルーナの形に良く似た半月状のオーラの塊が数え切れないほどの数でビーチェに襲いかかります。
「ひぇぇぇぇ!!」
左右と上空数メートルの広範囲でメッツァルーナ型のオーラが高速でビーチェの方向へ向かってきています。
「よっ はっ ひぃっ ふぇぇぇぇっ これどうすんのぉぉぉ!?」
ビーチェは器用に避けていますが、技の隙が無いので逃げられず、後退するしかありません。
後ろは壁、うっかり飛び上がろうものならば身動き出来ない空中に向けてメッツァルーナの集中攻撃を食らってしまいます。
「むぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ドナートのなんという体力持ちでしょうか。
あれから数分経っても同じペースでメッツァルーナのオーラを発しています。
ビーチェは攻撃することも出来ず避けるだけで、もしかしたらドナートはビーチェの体力切れを待っているのかも知れません。
ですがビーチェは毎日アレッツォの森を駆け回り、アルテーナまでの長距離を走っていける体力ですから早々にくたばらないでしょう。
「ジーノよ。あれはマズいのではないか?」
「ああ…… あのままだと負けますね」
と、陛下がジーノに尋ねました。
ですがウルスラは――
「バルの言うことを聞いていれば大丈夫なんじゃないの?」
「えっ? 俺あんなの避けられる修行したっけ?」
「あんたねえ…… ま、あの子を見てなさい」
ウルスラはジーノの言うことに呆れていましたが、バルの修行の中であの技を避けられる心当たりがあるんでしょうか。
ウスルラはバルと約五年、実戦で一緒にやってきた仲間ですから。
 




