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第四十四話 ウサギさん着ぐるみパジャマの少女

 真夜中の皆が寝静まる頃、アルテーナ大聖堂がある小高い丘に向かっている二人の影と上空にはぼんやり光る球が一つありました。

 その影は大聖堂の入り口の反対側、草木を掻き分け飛び越えながら丘の道なき道を駆け上がって行きます。

 背が高い垣根をひょいと跳び越え、女神ディナの礼拝堂の裏手に降り立ちました。


「フフン。拍子抜けするほどあっさり入り込めたな。さすがあたし」

「俺たちアレッツォの森の中で散々走り回っていたからな。それと比べたら楽勝だぜ」


 二人で自画自賛しながらそこに立っていたのはビーチェとジーノ。

 礼拝堂に置かれている女神ディナ像の力で私を天界へ帰らせてくれるために、人気(ひとけ)が無い夜中に付き合ってくれているのでした。


 ヒュルルルルルル―― フワッ


 光の球になっている私も礼拝堂の裏へ降り立ちました。

 なるべく光を暗くしましたけれど、目立っていないかしら。


「あっ ディアノラ様の正装を久しぶりに見たよ」


 そう。やっぱりお祈りをしてもらうためには法衣でなければいけませんね。

 これならパンチラもしないし、スースーしなくて落ち着きますわあ。


『早速始めますわよ。表に行きましょう』

「「はーい」」


 礼拝堂の表に向かうと、真夜中でも扉は開放されていました。

 そして中も魔光灯で照らされており、まさかこんな時間に人が?


「鍵が閉まっててディアノラ様がちょちょいと開けてくれると思っていたから、拍子抜けだなあ」

『あなたたち、何も考えずにここへ来たんですか。まあ、私にかかれば鍵ぐらい開けられますけれど……』

「さっすが。神様になれば泥棒し放題だねっ」

『しませんって! まったく―― さっ 中へ入りますわよ』


 三人で静々と礼拝堂の中へ入ります。

 人の気配は無さそうですね。


「誰もいませんかー?」


 ビーチェの問いにも返事がありません。

 人どころかネズミの一匹もいないようです。

 盗んで換金できるような金目の物も無く、価値があるとすれば私の像だけ。

 重いし固定されているため簡単には盗めそうにありませんが、もしそんなことをしたら(わたくし)自ら天罰を与えてやりましょう。

 私は像の前に立ち、ビーチェとジーノは祈りを始めました。


(女神ディナ様が天界へ戻れますように。女神ディナ様が天界へ戻れますように――)

(女神ディナ様が天界へ戻れますように。女神ディナ様が天界へ戻れますように――)


 二人が繰り返し祈っていると、女神像の上に光の扉が見えてきました。

 ああっ とうとう天界へ帰れるのですか!?

 私の身体は扉に向かって浮き始めました。


「おおっ 成功したみたいだぞ!」

「ディアノラ様が天に召されるうぅぅ!」


『ちょっとビーチェ! 今から(わたくし)が死んじゃうみたいじゃないですか! 続けて祈ってもらえますか?』


「まだやるの? じゃあ……」


(女神ディナ様が天界へ戻れますように。女神ディナ様が天界へ戻れますように――)

(女神ディナ様が天界へ戻れますように。女神ディナ様が天界へ戻れますように――)


 やりましたよ! 何故この像で成功したのかわかりませんが、今度こそ天界へ帰れそうです。

 美味しい食べ物がたくさんの地上界から離れるのは名残惜しいですが、戻れることは嬉しいですね。


『では皆さん、ありがとうございました! ごきげんよう! 天界から見ていますが、またいつかお会い出来たらいいですね!』


「さよならあ! 変なとこ覗かないでよね!」

「本当に願い事叶うのかなあ? エルマちゃんに会いたいよお!」


 まあっ 最後まで遠慮無く言う子たちですね。

 でも束の間の地上界、楽しかったなあ。

 また行くことが出来るのかしら?

 何十年、何百年後…… 会えるのはきっとウルスラさんぐらいかしら。

 寂しいわ……

 光の扉は閉じてしまいました。さあ、帰ろう!


「ああ…… 行っちゃった。変な女神様だったよな。あっ おまえまだエルマちゃんって言ってたな!」

「いいだろ夢ぐらい見させてくれ!」

「けっ このスケベ!」

「スケベじゃねーよ! 純粋な心で会いたいんだよっ」


 ――ブオンッ


「ん? なになに?」

「ああっ! また上に光の扉が出てきた!」

「わっ ホントだ!」


 ――ヒュルルルルルル ボテッッ『ぐへぇ!』


『あ痛たたたたたたた!! 痛い痛い痛いいいいっ ええっ? えええええっ!?』


 また地上に…… 礼拝堂の元の場所に落ちてしまいました……

 落ちた時、まともに背中を打ってしまい……


『痛い痛いですうぅぅぅ!! うぇぇぇぇぇん!』


「ありゃりゃ! ディアノラ様が戻ってきちゃった!」

「この前も失敗して身体を打ち付けて大泣きしてたよな。可哀想に……」


 どおしてぇぇぇ!?

 せっかく上手くいっていたのに、扉から吐き出されるように落とされてしまいました。

 もしかして、(わたくし)は天界にとっていらない子になったんですか?

 そんなあああああ……

 サリ様に怒られるようなことはしていないはずですよ?

 この前、バルとナリさんがチョメチョメしていたのを覗いていた時だって……


---


 その頃、寝間着姿の少女が礼拝堂へ向かって歩いていました。

 フード付きの可愛いウサギさん着ぐるみパジャマのため顔が見えにくいですが、ビーチェと同じか少し年下にも見えます。


「――ブルブル。さっきのは何だったのでしょう…… 今まで感じたことが無い異様なオーラが礼拝堂から漏れているので来てみたんですが……」


 その少女は礼拝堂の扉の横から恐る恐る中を覗いてみました。

 どうしてこんな女の子が真夜中に礼拝堂へ来る必要があるのでしょうか。

 (わたくし)のオーラを感じた?

 何か特殊な能力を持っているのかも知れませんね。


(ひっ? 男の子と女の子と…… 見たことが無い祭服を着ている女の人が転げ回って泣いていますね。――異教徒? でも、悪いオーラを感じません。どこかビッグな…… 優しく包まれそうなオーラです。これなら近づいても大丈夫でしょうか)


 ウサギさん着ぐるみパジャマの少女は、座席の陰に隠れながら慎重に私たちの元へ歩いてきます。

 その姿は本当にウサギさんがちょこまかと動いてるようで、とても滑稽ですね。


---


「大丈夫? ディアノラ様ぁ」

「どうして戻ってきちゃったんだろう。俺ら一生懸命お祈りしたよな?」

「そうそう。邪念も無しにやったよ。あっ ジーノがエルマちゃんのことを考えてたからだろ!?」

「考えてねーよ!」


 ビーチェとジーノが言い合ってますが、そんなことより地上界へ戻ってきてしまった意味がわかりません。

 もしかして、二度と天界へ戻れない!?

 サリ様何とかしてくださいよぉぉぉぉ!!


「ディアノラ様、もう一回やってみますぅ?」

「祈るだけなら俺たちいくらでも祈ってあげるよ?」


『うう…… さっきは自分で飛ぶことも制御が効かずに床に叩き付けられたんです…… また失敗したら痛いの嫌だなあ……』


「あたしはディアノラ様がいてくれても全然構わないッスよ」

「俺もいいよ」


『ありがとう。優しい子たちですね…… ううっ』


 ウサギの少女は最前列の席の陰に隠れて私たちの様子を(うかが)っていました。

 臆病者のウサギの童話があった気がしますが、まるでそんな感じに見えます。


「ん? 誰? そこにいるのは?」


「ひぅ!?」


 ウサギの少女はビクッとしました。

 ビーチェがウサギの少女に気づいたようです。

 その子もオーラが漏れているので、ビーチェが気づくのは当然ですよね。


「あっ そういえばさっきから何かいるなと俺も思ってたけれど……」

「えっ ウサギの耳?」

『あら、可愛いですね』


 ウサギの少女は観念して座席の陰から出てきました。

 やや疑心暗鬼の目でこちらを見ていますが、着ぐるみパジャマのせいで私たちからはただ可愛い生き物だけに見えますね。ふふふ


「あっ あなたたちは何者ですか!? 私は不審なオーラを発しているのを感じてここへ来てみたんですよ!」


「何者って…… あっ…… 夜中にお祈りしたくてやってきた、ただの通りすがりの信者ですがー ねえウサ耳ちゃん、君もオーラを感じ取れるの? どうして?」

『ちょっとビーチェったら』


 ビーチェが適当なことを言うので、ますますウサギの少女は疑いの目で見ています。

 それでも可愛いですね。ぷぷっ


『あの、(わたくし)は遙か南の地方からやって来た司祭のディアノラと申します。この二人は私の世話係として付いてきたビーチェとジーノです』


 私が自己紹介をすると、少女が怒り出しました。


「我が教団にそんな様式の祭服は存在しません! あなたは偽者です!」


『あっ いや、その…… 我が教団って…… あなたこそ何者なんですか?』


 やっぱりこの世界のサリ教には、こんな祭服は無いのですね……

 でもアレッツォの教会ではバレなかったのに、この少女はひと目で違う物と判断した。

 余程サリ教に詳しいのかしら?


「ふふ、耳をかっぽじって聞きなさい。私はサリ教のアルテーナ教皇、ジョバンナ・パオラ二世 (Giovanna Paola Ⅱ) です!」


「はははっ 嘘だあ! こんな可愛いウサ耳教皇様がいるわけないじゃん! 白髪のババァがお決まりなんじゃないのお? うぷぷっ」


「私が、かっ 可愛い!? ポッ……」


 ええっ!? 教皇!? この子が?

 中学生ぐらいにしか見えないのに、サリ教の教皇だったなんて……

 確かに教皇ならば祭服に詳しくても不思議ではないでしょう。

 (わたくし)、今の教皇が誰だか知識がありませんでした。

 でも確か、ビーチェが言うような白髭の老女が教皇だったはずなんですが……

 あー、その人だったのは何年前でしたっけ?

 最近教皇が交替したんでしょうか。


「いやいや、あのババァ…… 先代のベネデッタ十五世 (Benedetta XV) は一昨年、帰天なさいました。今は私が教皇なのです。あなた、全然勉強していませんね? 学校で習わなかったんですか?」


 この子、先代教皇をババァと言ってましたよね?

 何か恨みでもあるんでしょうか。


「へへへー 勉強より外を駆け回ってる方が好きかなあ」


 ビーチェは頭を掻いて誤魔化してますが、ジーノは――


「俺は教科書で名前だけ知ってたけれど、教皇様が…… ここここんな可愛い子だなんて知らなかった…… 教皇様ってウサ耳パジャマで寝てるんだあ。可愛い……」


「そんなに可愛い? そうかそうかウンウン。君は良い子だねえ」


「おまえはエルマちゃーんだとか、陛下にもニヤニヤしていたし、あげくに教皇様にまで手を出すつもりかあああ!」バシィィィィッッ

「痛ったぁぁぁぁぁ!!」

『また始まりましたね…… はぁ……』


 ビーチェの焼き餅もいい加減にして欲しいですね。

 彼女はジーノに対して恋愛感情とはちょっと違うもので、ずっと一緒にいないといけないパートナーとしての認識なんでしょうよ。

 それって何年も一緒にいる夫婦と同じじゃないですか。


「ちょっと待ちなさい。今陛下とおっしゃいましたね。陛下とあなたたちはどういう関係なのですか?」


『私が説明します――』


 私は二人がアレッツォでゴッフレードを倒した件で陛下からアルテーナに呼ばれて来て、コロッセオで一緒にライブを鑑賞したことまで教皇に話しました。


「なるほど、そうでしたか。だからあなたたちのオーラが特殊な質なのがわかりました。ですが、ディアノラさん? 抑えているつもりでも漏れ出ているオーラは次元が違うのがわかります。あなたは何者なんですか?」


 わっ どうしましょ。

 正直に言った方が良いのかしら?

 とんでもねえ、あたしゃ神様だよ―― 

 なんて言ったら捕まえられそうです。

 この子のオーラも並以上なんてものじゃありません。

 とんでもないのはこの教皇のほうです。

 さすがにウルスラさんのオーラほどではないにしても、だから教皇になれたんですかね。


『信じてもらえるかわかりませんが、私は訳あって天界から地上界を見ていたところ、ロッツァーノの教会でこの子たちの祈りを聞いて地上界へ降りてきたのです。(わたくし)の本当の名は女神ディナ! この女神像こそが(わたくし)なのです! えっへんっ』


 と、私は女神像へ自身の右手を指しました。

 あら…… 教皇様が白目になってますが。


「――」


「ほら、教皇様が固まっちゃったよ。地上界へ降りてきたってより、女神像からボヨンと飛び出てコケてたじゃん。そんであの慌てっぷりじゃあすぐに神様ってわからないよ。ぷぷぷっ」


『笑わないで下さい! 急に天界から引っ張り込まれれば誰だってびっくりしますっ』


 ビーチェが冷やかしていますが、ホントそうなんですよ……

 あれからまだ何日も経っていないのに、随分と昔のように思います。


「デデデデ……」


「「『ん?』」」


「デデデ、ディナひゃまああああ!! ぷぎゃおおおおおおおおっ」


「うわああっ 教皇様!?」

「教皇様が変になっちゃった……」


 私の名を聞いた後、教皇がウサギさん着ぐるみパジャマのまま、床を転げ回って暴れています。

 どう見ても変な女の子にしか見えませんが……

 あっ 止まりました。


『だ、大丈夫ですか?』


「ハァハァ…… 取り乱しまして申し訳ありません。ディ、ディナ様でいらっしゃるの―― ですね?」


『はい。いろいろあって、ここに立っております……』


 教皇は半分呆然として私を見つめていました。

 サリ教の頂点に立つ者の前に、自分が信仰している神が目の前に存在している状況というのは、ジーノがライブでエルマちゃーんと言ってるのとは全く違いますからね。

 さてこの後、ウサ耳パジャマ教皇とはどういう話になっていくのでしょうか。


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