第四十三話 付与された力でズババババン
何がズババババンでしょうかね。ふふふ
屋台街で串焼きを食べながら歩いていると、四人のゴロツキ男に絡まれてしまったビーチェ。
その中の一人である小男がわざとビーチェにぶつかろうとしていましたが、ビーチェはひょいと避けてしまい、小男はそのまま転んでしまいました。
「おいビーチェ。こんなやつら放っておこうぜ」
「まあまあ。こんなバカはちょっと懲らしめてやらないとね」
「懲らしめるだあ? 調子に乗るな!」
「ねえオジサンたち、あたしと遊びたいから近づいてきたんでしょ?」
「――だったらどうなんだ?」
「あっちの陰であたしと楽しもうよ」
ビーチェは親指で建物と建物の間にある暗い路地を指し、四人の男を誘いました。
すると男たちはニタニタと笑う。
今日のビーチェの格好はパンタロニ・カルディを意識したのか、水色のブラウスに白いショートパンツというコーディネートなので、彼女の抜群なスタイルと合わせれば男たちもそういう反応になるでしょう。
ジーノにとってはいつものビーチェなので意識をしていないようですが。
「へっへっへ、わかってるじゃねえか嬢ちゃん。付いて来な」
「おい兄ちゃんよ、この子借りて行くぜえ。うへうへ」
「お、おい……」
「じゃあジーノ、ちょっと行ってくるね」
ビーチェはヘラヘラ笑っている男たちに取り囲まれ、軽く手を振って路地の方へ連れて行かれました。
ジーノは気の毒そうに見送りましたが……
勿論、男たちの方にです。
まだ危害を加えていないんだから必要以上にやらなければいいんですけれど……
私はジーノを置いて、陰からこっそり覗いてみることにします。
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ビーチェが連れ込まれた、というより誘った路地は袋小路になっていて、逃げ場が無さそうですね。
普段色目を使う子じゃないんですけれど、何かやろうとしてますよ。
「うっふーん」
ええ……? 右手を後ろ頭に当て、左手は腰にやる典型的なお色気ポーズをしています。
スタイルは良いのに色気が無いように見えるのはどうしてなんでしょうね。
これじゃ私の方がセクシーに決まってますわっ
「あのな…… そういうのはいいから早く脱げよ」
「何なら手伝ってやろうか?」
「うっはー 脚が綺麗だな」
「それより乳でけー 揉ませろや!」
「おっちゃんたち、そう急かさなくてもお試しするからさあ」
「お試し? お楽しみの間違いだろ?」
「いーや、新しい力のお試しだよ!」
「なにい!?」
ビーチェから高まったオーラを感じます!
彼女は両拳を構え、右拳を連続で太った男に向けてフワッと軽く撃ちました。
離れた相手でもオーラでダメージを与える攻撃です。
いけない! それでもパワーが強すぎて男を殺してしまう!
「おまっ 何する気だ!」
「ちょっと涼しくなるかもねー」
ズババババババババァァァァァッッ
ビーチェの拳からオーラによる攻撃が発せられ、太った男に凄まじい衝撃が加わる。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!! あ…… あれ? 痛くない……」
「おいおまえ! 素っ裸になってるじゃねえか!」
「うひぇぇぇぇぇ!!??」
太った男は見事にすっぽんぽんで、慌てて両手で股間を押さえ隠しました。
うぇぇぇ…… 見苦しいですねえ。
でもあれほどの衝撃で、彼の身体には傷一つありませんね。
「やったやった成功だ! アッハッハッハッ!!」
「女! 何してくれやがる! 魔法使いなのか!?」
「違うよー! んじゃ、あと残り三人まとめてやっちゃうよ! うりゃぁぁぁ!!」
ズバババババババババババァァァァァッッ
「「「ぎゃひいぃぃぃぃぃぃ!!」」」
あらららら。残りの男三人とも、ビーチェの連続オーラ拳によって衣服と下着が綺麗に飛び散ってしまいました。
一人でもイケメンがいれば嬉しいのに、不っ細工な男ばかりで残念ですわ。
ぶら下がってるモノもみんなお粗末ですねえ。
「わっ 何やってんだあいつ?」
『あら、ジーノ。あなたも来たのね。何か試したくてあんなことしたみたいですよ』
「はぁぁ? 訳分かんないよ……」
あっ 素っ裸の男たちがこっちへ来ます!
ちょっと隠れましょ。
「ぐぬぬぬぬ! 覚えてろぉぉぉぉ!!」
「あわわわわわっ」
「ちくしょー!」
「あふーん!」
「あーっはっはっはっは! もう忘れたよぉぉ!!」
「うわっ あのおっさんたち本当に裸でここを走って行くぞ」
『奥は行き止まりだし、どうしようもないですね』
男たちは路地から飛び出し、ストリーキングのごとく街中を走って逃げ帰ってしまいました。
どこへ帰るのか知りませんが、そのうち警官に捕まっちゃいそうですね。
おや、ビーチェも路地から出てきましたよ。
「いやー 思った通りに出来たよ!」
「それで何がどうなってんだ?」
「礼拝堂でお祈りしたら、力がみなぎってきたじゃん。というかさ、身体の中でオーラの流れがすごく調子良くなって…… 攻撃の無駄がグッと減った感じがするんだよ」
「へー、言い換えれば力加減の効率が良くなった、ってことか」
「そうそう、それ」
『なるほど…… ビーチェがお祈りをしているときに、コロッセオで勝ちたいというお願いが叶ったということでしょうか。私の意志に関係なく、私からの力があなたに転移したことが不可解でありますが……』
やっぱり像に付与されているのが、サリ様の力だからでしょうか。
それが今晩、はっきりするかも知れません。
「まあ何でも良いけど得した気分だなあ、へっへっへ。ところでディアノラ様。あたしに魔法が使えるように術を施す話って、どうなったんですかねえ? もしかしたら今晩天界へ帰っちゃうかも知れないんですよ?」
『あのっ 前にも申し上げましたようにとても難しくて時間が掛かります。それに体質により成功するかどうか分かりませんから……』
「まあいいや。オーラの力加減がし易くなっただけでも、バルの修行を受けるよりずっと楽だしねー」
『どうもすみません……』
ビーチェが優しいのか欲が無いのか適当なのか、しつこく言われなくて良かったです。
文無し状態で世話になっている身の上なので、今回のお祈りで結果オーライですね。
「じゃあ俺の願いの、エルマちゃんに会いたいというのも叶うのか!?」
「知らないよ!」
『あなたにも力の付与があったんですよね? コロッセオの試合で勝てば結果的に、陛下の計らいで会えるかも知れませんよ』
「おおやったあ! 頑張るぞお!」
「おまえも試しにやってみないとわかんないだろ。どこかにまたゴロツキがいないかなあ?」
『ええ…… そんなにこの街の治安が悪くても困りますが……』
私たちはその後、パンツェロッティ(揚げピザ)やボンボローニ(生ドーナツ)、ポッロフリット(唐揚げ)、ジェラートなどを食べ歩きながらお腹を満たしました。
揚げ物ばっかり…… あの子たちは良いけれど、私はまた太ってしまいそう……
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魔動鉄道の、アルテーナ駅へ見学をしに来ました。
まだ開通している路線は短いですが、将来全国へ路線が延びるために先行してプラットホームの数はとても多く作られています。
地球のヨーロッパによくある、櫛形のホームになってますね。
広い構内に停車している列車が二本だけでガランとしていますが、乗客はぞろぞろとホームを歩いています。
列車の色は基本がグレーに窓周りがグリーンの帯で、昔、イタリアの特急にもそんな色の列車がありましたね。
「ひゃー! 来る時も見たけれど、デカくて長いよなあ!」
「これがいつかアレッツォまで来てくれるのかねえ」
『急ピッチで工事が進んでいるから、何年もしないうちに開通するかも知れませんね。速い列車ならアレッツォからアルテーナまで半日で行けるようになりますよ』
「へー! じゃあ走って行かなくてもいいし、お母さんとファビオも連れて行きたいな!」
「ふふふ…… パンタロニ・カルディのライブにもすぐ行けるぞ」
「アレッツォに鉄道が来る頃には、アイドルもオバちゃんになってるかもねー」
「その頃おまえもオバちゃんになってるだろが!」
「なんだと! ムキーッ」
二人はほっぺたを抓り合って喧嘩を始めてしまいました。
本気じゃないと思いますが、彼らは力が強いですから痛くないんですかね。
『おやめなさい、こんなところで恥ずかしい…… ほらっ』
「はぁ はぁ……」
「ふう…… 痛え……」
やっとやめてくれました。
二人とも、ほっぺたがじんじんに真っ赤になっています。
『二人とも、もう大人になるんですから、今のはみっともないですよ』
「「はあい……」」
『アレッツォに鉄道が開通しても、良いことばかりではありませんよ』
「どうして?」
『アレッツォは宿場町ですからね。鉄道が通るようになると旅人は素通りしてボナッソーラ方面へ行ってしまいます。だから宿に泊まる人はいなくなるし、ラ・カルボナーラにだって地元の人しか来なくなるから街が寂れてしまいますね』
「ええっ!? それは困るよ!」
ビーチェは不安そうな表情でそう言いました。
地球でもありがちな話ですよね。
便利な物が出来れば古い物は必要が無くなっていく、自明の理です。
『それから、いつか平和になれば魔物だっていなくなるし、いつまでも魔物狩りの肉で収入を得ることが出来なくなってしまいます。いますぐではありませんが、あなたたちは若いんですから近い将来のことは考えておいてほうが良いですよ』
「難しい問題だなあ」
「場合によっちゃあ他の街へ移住することも考えないといけなくなるよな」
「そうなるとルチアたちとお別れすることになるじゃん! 寂しいよ……」
アレッツォや他の田舎町にとって、大きな転換期が間もなくやって来るでしょう。
それを乗り越えていくのもまた人間です。
上手くやってのけて、皆が幸せになっていくと良いですね。
グィィィィィィィィィン
魔動列車が発車するため、魔動機関車の機関が起動しました。
魔力が詰まった大きなカートリッジをエネルギー源として、回転エネルギーに変換して動かすようになっています。
音は控えめでクリーンなエネルギーなところは先進的ですが、大型の機関が必要なので地球の電車やディーゼルカーのように小型機関には出来ない欠点があります。
時が経てばいずれ小型化されていくでしょう。
――機関車から漏れるこの魔力、どこかで感じた気がするんですが。
グウゥゥゥゥン―― ガタンゴトン―― ガタンゴトン――
魔動列車が発車して行きました。
重厚な雰囲気を漂わせ、ゆっくり加速していきます。
「うぉぉぉ! かっけえ!」
ジーノが目をキラキラさせて喜んでいます。
乗り物で喜ぶところはやっぱり男の子ですねえ。
二人は列車が見えなくなるまで見送り、駅を後にしました。
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夕方にはホテルへ帰りましたが――
「あら、あなたたちも今帰って来たんだ」
「ウルスラ!」
ホテルの前でちょうど、同じく外出から帰ってきたウルスラさんと鉢合わせました。
彼女が何をしに出掛けたのかは聞きませんでしたが……
「ウルスラが今帰って来るとは思わなかったよ。またどこかで飲んだくれているのかと思ってた。うひひ」
「仕事よ仕事。ちょっと疲れたからホテルのレストランでお茶でもしない?」
「「行く行く!」」
私もお呼ばれして、ホテルの豪華レストランで夕食前のティータイムとすることにしました。
皆がだらーっと席に着くと――
「ふーやれやれ。今日はいろいろまわって疲れたわ。みんなはどこへ行ってたの?」
「商店街と屋台と駅と…… あ、大聖堂も行ったね。そこでもディアノラ様…… あいやディナ様の像があったからお祈りしたんだよ。そしたらディアノラ様からあたしたちに力が移っちゃったみたいでさあ、身体の中でオーラの流れがすごく調子良くなったんだよ」
「俺もそんな感じだよ」
「不思議なこともあるんだねえ。神様の力は私でもよくわからないよ」
ウルスラさんがいくら大賢者でも、さすがに神の力は範囲外でしょう。
彼女は神に近い力を持っていますが、そもそも性質が全く違います。
「でさあ、人がいないところでちゃんとお祈りしたらディアノラ様が天界へ帰れるかと思って、今晩大聖堂へ三人で忍び込もうと思ってるんだ。へへへ」
「あなたたちそれで大丈夫なの?」
「裏から簡単に入り込めそうだよ。俺たちにかかれば何てことないさ。フフッ」
ジーノは鼻高々にそう言いました。
私自身、不安の方が大きいんですけれどね。
「ディアノラ様、上手く行くと良いですね。今晩でお別れになってしまいますが……」
『ありがとうございます。まだ何とも言えませんが…… オホホホホ……』
「で、ウルスラは何してたの?」
「アレッツォで作り溜めてたソーマをあちこちの店に卸したり、カートリッジ工場で魔力カートリッジに魔力を注入してお金を稼いできたよ。良い金になったわあ。うっふっふっふっふ」
「いくらになったの?」
「三億リラ超えたわ。ふっひっひ」
「「『はぁぁぁぁぁ!?』」」
そうか…… 亜空間魔法でいくらでも運べますもんね。
ソーマなら良い稼ぎになりますし、魔力カートリッジって…… あっ
『もしかして、魔動鉄道の魔力カートリッジの魔力って、ウルスラさんの魔力なんですか?』
「ああ、ビーチェが駅へ行ったって言ってたよね。そうなんですよ。私が注入したカートリッジ、もう使ってたんだあ。勿論全部が私の魔力じゃないですよ。でも私だけで魔動鉄道を動かす三ヶ月分くらいは注入したんです」
『まあ、そんなに……』
改めてウルスラさんの膨大な魔力量を思い知らされました。
魔力カートリッジへの注入は、現在平和になっているアルテーナ近郊の魔法使いの良い稼ぎ元になっているのですが、並の魔法使いが魔動列車用の大型カートリッジへ注入するのに、一人で一日二、三個が精々だというのに。
三ヶ月分なら恐らく半日以下で数百個は注入しているかも知れません。
話し込んでいると夕食の時間になってしまい、そのまま夕食を頂くことにしました。
サルティンボッカという、仔牛もも肉にセージというハーブの葉を乗せて生ハムを巻いて食べるという、この地方の郷土料理とのことです。
ああ…… 香ばしい香りに柔らかいお肉……
私、もうとろけそうです。
皆も笑顔で味わっていますね。
地上界で最後の食事となれば、この上ないですわ。うふふ




