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第二十五話 王都へ向けて出発

 結婚式から半月後、つまりゴッフレード討伐から二ヶ月が過ぎました。

 そのある日の夕方、バルたちが修行から帰って来た時間を見計らってパウジーニ伯爵から使いの若いメイドさんがやって来て、明日の朝に伯爵家への呼び出しがありました。


「何? バルがなんか悪いことしたのがバレた? うひひ」


「してねえよ。何で俺が悪戯(いたずら)小僧みたいなことになってるんだ? さっさと準備にかかるぞ」


「はあい」


 ビーチェは自分の()()()()()()()()()()バルを揶揄(からか)っていますが、彼は大して意に介さずお店の開店準備に取りかかります。

 妊娠しているナリさんの負担にならないよう早めに休ませたり重い物を運ばせないようにしている以外は、結婚前の生活と何ら変わりません。

 バルが寝床にしている借家もそのままで、ナリさんの部屋とベッドが狭い理由で夜はいまだ別居状態。

 借家は店の真裏にあるので、いっそのこと夫婦の新居にしてしまおうかとバルは考えているようです。


---


 翌朝、パウジーニ伯爵家の応接間には伯爵に呼び出されたバルがいました。

 尊敬する元勇者バルと二人だけの時、伯爵の態度は下手(したて)になってしまいます。


「バル様。朝早く呼び出して申し訳ないです…… 仕事が立て込んでいまして」


「それは良いけどよ。何でウルスラがいるんだ?」


「あら。ここでバルを見かけるの珍しいから、面白いことがあるのかなと思って」


 気配も無くパウジーニ伯爵の背後にウルスラが現れていたので、突然の彼女の声で伯爵はビクッと背筋が凍るような思いをしていました。


「ああっ ウルスラ様にいてもらっても大丈夫な内容です」


「ほう。それで何だろうか?」


「ゴッフレード討伐の件で国に報告が必要でそうしたのですが、昨日連絡があって―― 直接倒したビーチェとジーノには表彰と賞金授与があるために王都まで行ってほしいのです」


「なるほどね、そういうことか」


 バルはビーチェとジーノの師匠であり保護者でもあるので伯爵は彼を呼んだわけですが、バルはちょっと難しい顔をしています。


「それで―― バル様が彼らを連れて行ってもらえますか?」


「いや、ナリさんが身重な上にビーチェが外れて俺もいなくなると店が回らない。かと言って街から出たことがない二人だけで行かせるのは不安だよなあ」


「なら伯爵。私でもいいんでしょ?」


 ウルスラは後ろから伯爵が座っているソファーの背もたれに、両腕をもたれて言いました。

 彼女からフワッと漂う香りに伯爵は僅かにドキッとした表情をしています。

 どちらかと言えばそういう引率は面倒臭がる彼女ですが、すぐに自分から名乗り出たのは何か理由があるのでしょうか。


「はいっ ウスルラ様さえ良ければ、お願いします――」


「なら決まりね。で、いつ表彰式があるの?」


「今日からちょうど二週間後、◯月△日の朝九時です」


「じゃあ遅くても二日前に出発すれば間に合うわね」


「え!? 魔動車で一日中走り通したとしても三日はかかる距離ですよ?」


「あいつらなら一日でも大丈夫だろ。でもまあ、途中で一泊ぐらいさせてやるか」


「そうね。それでいいわ」


 結果、ウルスラが王都まで付き添うことになったようです。

 バルとウルスラはビーチェたちが王都までたった一日で行けることについて伯爵が目を白黒してますが、元勇者からの修行で領地内を走り回っていれば何てことない距離なんでしょう。


「あっ 思い出した。前に二人を社会勉強のために王都へ連れて行ってやると約束してたんだった。ナリさんが妊娠する前のことだったからなあ」


「あなたにしちゃあ珍しく勢いづいてたわね。ふっひっひっ」


「うっ―― ま、あいつらには都会の雰囲気に慣れさせておいたほうが()い」


「二、三日前には着いて十日くらい滞在したほうが良さそうね。お店大丈夫なの?」


「あー…… またジーノの(かあ)ちゃんに頼むかねえ」


 話はまとまり、王都までの往復と滞在でビーチェとジーノは半月ほどアレッツォから離れなければいけなくなりました。

 お店やナリさんのことが心配でしょうが、きっと若い二人には初めての大都会が楽しみで仕方なくなるのが容易に想像出来ますね。


---


 この日はバルと行き違いでビーチェはパウジーニ家にてお勉強、ジーノは学校でした。

 店の準備を始める(かたわ)ら、バルは二人を呼んで王都行きについて話をしました。


「王都お!? あたしたち行けるんだ! ジーノやったな! うっひょー!」


「おおおおっ ついに……」


 ビーチェは踊るように(はしゃ)ぎ、ジーノは両手の拳を握ってプルプル震え喜びを噛みしめていました。

 予想通りの反応ですね。

 するとタイミングを見計らったようにウルスラが店にやってきました。


「やあやあみんな、揃ってるねえ!」


「ウルスラ…… 来るのが早すぎるんだよ」


ビーチェは、開店前にやって来たウルスラを見て不満顔。

 バルはウルスラの姿をチラッと見て、ビーチェたちにこう言います。


「おう、そうだ。俺はナリさんと店のこともあるから付いて行けん。ウルスラが一緒に行くことになった」


「そういうこと。よろしくねぇん」


「えー… こっちのほうが面倒を見なくちゃいけなくなるじゃん……」


「あら失礼ね。七百年以上生きてるんだから旅は任せなさい」


 旅に付き添うのがバルではなくウルスラだとわかり、ビーチェはがっかり。

 今は特にウスルラが嫌いだからというわけではなく、店の飲食でちゃらんぽらんしている様子から、不安で仕方が無いのです。

 ジーノは何が楽しみなのかわかりませんが、どうせ都会の垢抜けた女の子との出会いを期待しているのでしょう。


「おいウルスラ! 道中でも変わらず酒は三杯までな! ビーチェ! こいつがハメを外さないよう監視しとけよ。四杯目を頼んだら捨てても()いからな!」


「ひっひっひ。りょうかーい!」


 バルはウルスラを睨んでからビーチェにそう言いました。

 そしてビーチェはニヤニヤと笑い、バルの言うことを了承しました。

 バル自身からウルスラを叱るお許しが出たので楽しそうです。


「ええええっ!? 旅の時ぐらい許してよぉ!」


「ダメだ! おまえの酒乱で過去に何度煮え湯を飲まされたことか!」


「しゅん――」


 ウルスラは七百一歳年下のバルに怒られてしょんぼり。

 長寿命でも精神が進化しないのが謎ですね。


「それでバル。いつ出発するんだ?」


「表彰式が二週間後の◯月△日だから、余裕持って九日後の◯月◇日だな。ジーノ、学校へは◇日から二週間休むと言っておけよ」


「やったあ! 学校を二週間も休めるぞお!」


 ジーノがバルへ質問し、長く学校休めるとわかって大勝利のポーズで大喜びです。

 しかしそうはいかないようですよ。


「帰ったら勉強は修行を休んででもみっちりやっておくんだな。何だったら俺が先生になってやる」


「へ!? そんな……」


 ジーノはそれを聞いて肩を落としガックリ。

 バルは筋肉バカではなく頭が良いんですよ。

 彼の師匠や、ウルスラとパーティーの仲間たちからも戦いのこと以外にしっかりと勉学もやらされましたから。


「あー、それから(かあ)ちゃんにも二週間店を手伝ってと言っておいてくれ。賞金がもらえるとわかれば喜んでやってくれるだろ」


「あぁ…… わかった」

(賞金ねえ。いくらもらえるのか知らないけれど、どうせまたとーちゃんかーちゃんにほとんどあげることになるんだろうな。王都で何か買い物しちゃおうか。でも俺、金の使い方がよくわかんねえし……)


 ナリさんとファビオ君は、彼らのやりとりを聞いて時々クスクスと笑いながらテキパキと準備を進めています。

 みんながギスギスしない空気になっているのはバルがここへ来てからで、彼の天性なのでしょうね。


---


 あれから九日が過ぎた◯月◇日の朝になりました。

 ビーチェは、念のためにルチアさんからドレスを二着だけ借りました。

 表彰式と、パーティーがあるかもと想定してルチアさんから勧められました。

 ジーノも結婚式の時に着たスーツを持って行きます。

 今朝は取りあえずいつも修行している時の格好で。

 ルチアさんとメリッサ先生は律儀に見送りに来てくれました。

 ファビオ君はもう学校へ行ってしまったので、ナリさんとジーノのお母さんも。


「ジーノ、人様に迷惑かけんじゃないよ。都会は人が多くてキョロキョロよそ見してたらぶつかるんだから」


「わかったよかーちゃん――」


 思春期の母息子らしい会話ですね。

 ビーチェのほうはどうでしょうか。


「ビーチェ、表彰式は偉い人がたくさんいらっしゃるだろうから粗相が無いようにね。乱暴なことをしてはだめよ。お母さんそれだけが心配だわ」


「あ―― うん…… お母さんも身体気を付けてね」


「本当に大丈夫なのビーチェ? (わたくし)も一緒に付いていきたいところですがお父様がダメって仰るから……」


「ビーチェは可愛いから王都の男の子にナンパされそうね。でも殴っちゃだめよ。ほどほどに(あしら)いなさい」


 ナリさん、ルチアさん、メリッサ先生が口々に言いますが――


「もう! みんなはあたしがそんなに乱暴者だと思ってるの?」


「それが事実だからよ。まあ、最近は落ち着いてきたほうかしらね」


「ぷー」


 と、ルチアさんにキッパリと指摘されてしまいました。

 ビーチェのほっぺたはお餅のように膨れています。

 学校では男の子とよく喧嘩していたそうですが、実際はバル修行するようになってからはそれが無くなっています。

 鍛えたビーチェの力で普通の子を殴ったら大変なことになりますからね。

 性格は変わらないので乱暴者の印象が周りの人たちから(ぬぐ)えないせいでしょうか。


「それでさあ、何に乗って行くの? 乗合馬車ってこんな時間に走ってたっけ? それとも早馬の専用馬車を借りたの?」


「バカ言え。走って行くんだ。馬車を借りるのって高いんだぞ」


「「えええええええええええっ!?」」


 どうやらバルとウルスラはそのことをビーチェたちに話していなかったようです。

 何故か肝心なことを言い忘れることが多い気がしますが、わざとなんですかね?


「王都って…… ここからごご五百キロ以上あるんじゃなかったっけ……?」


「そうだそうだ。たった四日で行けるわけがないよ。早馬を街で何回も乗り継いで行っても着くのか怪しいのに」


「おまえたちは自分の力を把握していないな。魔物狩りをしてる時は領地内だけでも森や畑を走り回っていると一日百キロ超えてるんだぞ。舗装されている街道を走れば一日五百キロだって可能だ。だがそれでは可哀想だからと途中の街で一泊して、二日で行ける行程だ」


 ビーチェが震え、ジーノは文句を言いますが、自分たちがずっと修行してきた成果をよくわかっていなかったんですね。

 それに今までパウジーニ伯爵家領地内でしか動いていなかったので距離感覚もわからなかったのだと思います。


「私はこれで行くからねー」


 ウルスラは杖に乗って一メートルほど上にふわふわと浮いています。

 杖が無くても飛べますが、長距離は安定性が良くなるんだとか。


「ずるーい!」


「俺も魔法が使えたらなあ……」


「バル様の修行で、あなたたちの力は普通の魔法よりずっとすごいことになってるのよ。もっと自分の価値を信じなさい」


「「――」」


 ルチアさんがそう言うと、二人は黙り込んでしまいました。

 なかなか殊勝(しゅしょう)なことを言いますね。


「さあ、もう出発するわよ。荷物はこの中に入れなさい」


 ウルスラは亜空間魔法を使い、直径三十センチほどの黒い穴を出現させました。

 ビーチェとジーノはバックや、ルチアから借りたスーツケースを入れようとしましたが……


「――こんな小さい穴じゃ入んないんだけど」


「俺のバックも入らない」


「あー 本当は良くないけれど、拡げてみるか」


 亜空間魔法は禁呪すれすれの超上位魔法なのですが、ロックを外して直径一メートルほどに拡げてしまいました。


(見ました? お嬢様。あれがSSS(トリプルエス)クラスの亜空間魔法ですよ。私、初めて見ました)

(わたくし)も初めて見ましたわ。いえ、ゴッフレードがいた時に杖を穴から出しているのが見えました)

(そういえばそうでしたね。しかも穴、拡げちゃってますよ。あんなに大きくしたら事故でみんな吸い込まれてしまうから禁止されているのに、あの人ヤバ過ぎです)

(それなのに、穴があんなに安定してる―― ウルスラさんの魔法師クラスってSSS(トリプルエス)どころじゃありませんこと?)

(本当に何者なんでしょうね……)


 ルチアさんとメリッサ先生がコソコソとしゃべっているうちに、穴の中へ全部荷物を入れ終えて、穴は閉じられました。

 バルは亜空間魔法のことについて何も言わないのは、勇者時代にパーティーでウルスラの亜空間魔法を利用していたからなんですね。


「みんな気を付けて行きなさいね」


「「はーい!」」


 ナリさんがそう言うと、ウルスラがビーチェとジーノの後ろに付きました。


「二人とも、走るのサボったら電撃お見舞いするからね。ヨーイ、ドン!!」


 バチバチバチイィィィッ


「「ぎゃぁぁぁぁ!!」」


 ウルスラの掛け声と同時に杖の先からプラズマ放電が発生すると、二人は猛ダッシュで北へ走り、ウルスラも杖に乗って付いていきました。

 この様子だと順調に進みそうですね。


「あいつら本当に大丈夫かなあ。やっぱり俺が付き添ったほうが良かったかなあ」


「バルったら意外に心配性ね。うふふ」


(うう…… バル様とナリさん、仲良くて羨ましいですわ……)

(めかけ)でもいいからバル様の隣にいたい……)


 ルチアさんとメリッサ先生は、新婚夫婦を見ていて悔しそうです。

 二十三歳の先生はそろそろご縁がないといけないお年頃なのに、バルに夢中だといつまでも結婚が出来ませんよ。


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