オタゲーマーに転生しました。 第五話
黒い。
ゲームの世界に入った平蔵が、まず最初に思ったことである。
手のひらが黒い。というか全身黒い。服を見るとアロハシャツを着ている。なんだこれは。これは篤人の趣味なのか。
平蔵が困惑していると、どこからか晃輝の声がした。
「すごいでしょ?ここ」
「いや君も黒いな!?」
思わず平蔵は叫んだ。晃輝は黒い肌に片眼鏡、逆立った髪に筋骨隆々の身体をし
ている。なんと言うか、すごい圧を感じる。現実世界の方でも圧がないわけではなかったのだが。
「あっ、このゲームにいる時は、あんたはれんと、俺はsatyでよろしく。流石に平蔵で通すと面倒そうだし。れんとは篤人がここで使ってた名前ね」
「なるほど?」
ハンドルネームという奴だろうか。
「しっかし、あれだな」
晃輝、もといsatyはあたりを見渡した。
「れんさん、最後ここで落ちたのか......まったく、どこまでもズボラな奴だな」
そう言うsatyを横目に平蔵は辺りを見渡す。
satyの事前の説明では、このゲームはいわゆる剣と魔法のRPGらしい。RPGというものがPCを操作して、なんらかの試練を達成するゲームであることは平蔵も知っている。このゲームの画期的なところは没入型といって、平蔵にはよく分からないが、専用のVRデバイスで意識だけゲームの世界に持って行けるのだそうだ。そしてこのゲームにはクランという集団が無数にあり、平蔵とsatyはsatyやれんとが所属するクラン「オタゲー部」の面々に会いに行くところらしい。saty曰く、「みんな優しいから緊張しなくていいよー」とのこと。わざわざ平蔵に座標を合わせてゲームを再開する、
と言っていた。
そして今、平蔵達の周りには沼地が広がっている。遠くには鬱蒼とした樹海が広がっており、後ろを振り返るとどこまでも続く地平線が見えた。
そしてそこから手前に焦点を戻すと、小さな家があった。古びてはいるが、頑丈そうである。
「ここまで来てるなら拠点に入っとけばいいのに、あいつときたら......」
ぼやくsatyに、
「あれが君たちのクランの拠点かい?」
と聞いてみる。
「そうそう。それをいうなら『君たち』じゃなくて『私たち』だけど」
とsatyが答える。
「本当はれんさんのアーツコードが使えたら良かったんだけど.....」
satyは家の方を見て、溜息をつく。
「仕方ない、歩いて行きますか」
satyの後についてしばらく歩くと、家が小さいわけではないことに平蔵は気づいた。
遠すぎたのだ。小さく見えるほどに。
歩くうちに家はだんだんと大きくなり、近づくとかなりの大きさであることが分かった。ただし、窓や扉はそれほど大きくなく、頑丈な印象はそのまま残る。よく見れば、家の周りにいくつかの施設があり、木道で繋がれているようだ。これが小さく見えるところで拠点にも入らずゲームを落とすのは、ズボラというより不用心ではと平蔵は思った。
「さて、ついたよ。ようこそ『オタゲー部』へ」
仕事漬けの毎日を送っていた自分が、異様に勘の鋭い男に連れられ、まさかゲームで遊んでいるとは。ゲームで遊ぶことはあるとしても十数年先の未来の話だと思っていた。
satyを見ればわかる。絶対にこのクランは人間の坩堝だ。退屈だが安定した毎日とは違う世界の住人達が巣食っているのだろう。
自分は果たして、それを楽しめるのだろうか?
平蔵は苦笑しながら、satyに付いて建物の中に入った。