オタゲーマーに転生しました。 第二話
平蔵は2日間、この奇怪な現象から抜け出せずにいた。
この2日間、篤人の親には何度か顔を合わせた。驚いたことに、彼らは自分が入れ替わっていることに気づいていないようだった。まあ、かなり珍しい事態だからやむなしなのかもしれないが。こちらとしても事情を説明しなくて済むので助かるといえば助かる。
そして、どうやらこの男、何もしていないらしい。いや、何もしていないは嘘かもしれない。単語帳が開いてあったり、やりかけの検定のドリルがあったりと、勉強をしているであろう痕跡はあった。
しかし、今まで仕事漬けであった平蔵からすれば暇で暇で仕方ない。せっかく若くなったのだから何か挑戦したいとも思うが、精神が老人だからだろうか、何をする気も起きないのだ。
「はぁ、こんなことになるとはな。思えば、仕事漬けの頃の私は恵まれていたのかもしれん。こんな変な悩みを抱えることもなかったのだからな。」
平蔵がひとりごちた瞬間、玄関のドアが開く音がした。
おかしい。篤人の親はまだ帰ってこないはず。この子の交友関係はまだわからないが、こんな生活をしているのだ、友達が多い方というわけではないだろう。平蔵が警戒していると、玄関口から声が聞こえた。
「れんさーん、いる?」
れんさんとは誰のことだ?
平蔵はまたもや混乱の渦に巻き込まれた。
「え?れんさん、記憶喪失なの?」
砂山晃輝と自己紹介したこの男は、どうやら篤人の友達らしい。「れんさん」というのはこの子のハンドルネームだそうだ。平蔵は本当のことを言っても信用されないだろうと、記憶喪失を装うことにした。
「ああ、そうみたいだ。私は」
「ちょっと待て」
晃輝は平蔵の話を遮った。
「あんた、誰?」
「!?」
驚いて声が出せない平蔵に、晃輝はいう。
「俺が知ってる中じゃ、れんさんは自分のこと一回も『私』って呼んでないんだよね。いつも俺だし。
まあどういうわけでれんさんの中にいるのか知らないけどさ」
面白そうにいう目の前の男に恐ろしさを感じながら、平蔵は今までのことを全て白状することにした。
「──すぐには信じられないけど、要するにあんたは気がついたられんさんの中に入ってたってことか」
晃輝は尚も楽しそうにしている。平蔵は不思議に思った。
「その......私が言うのもなんだが、この子の心配はしていないのか?」
「全然してないよ。れんさんの身体に危害を加える気はないんだろ?それになんか『私』って自分のことを言うれんさん結構面白いし」
まるで心配してない風な様子に平蔵が若干呆れていると晃輝はこう続けた。
「それにこういうのってどうにかしたら帰れるとかありそうじゃない?まー帰れないこともありそうだけど」
帰る。
考えたこともなかった。そういえば自分の元の身体はどうなっているのだろう。篤人の意識が逆に入っていたりするのだろうか。
「そういえば」
晃輝が言った。
「あんた、暇してるだろ?れんさんって、ほら、あんま何もしてないし」
「......そうだな。私も何をしたら良いのか」
「んじゃゲームでもしようよ」
「ゲームか。すまんが私はやったことがなくて」
「最近のゲームって結構没入型?っつーのかな、自分で身体動かすから、結構楽しめると思うけど」
平蔵は驚いた。それほどまでゲームも進化を遂げているとは。平蔵の世代はよく携帯ゲーム機を持ち寄って遊んでいたものだ。平蔵は買ってもらえなかったが。
「ディスコードって言うんだけど」
「ディスコード?」
確か意味は確執、とかだったか。
「ま、ディエス・イレコードオンラインの略だけどね。やってみる?」
突然略称から入られたことに戸惑ながら、平蔵は晃輝の言われるままゲームの世界に飛び込む準備を始めた。