先輩が部活を引退するなら、私もします
私の先輩はマイルールが多い。そして頑固なのでそれを曲げない。
だから、先輩が部室を掃除しはじめたとき、終わりだ、と思った。
「立つ鳥跡を濁さずだからな」
先輩は、どんどん私物を部室から撤退させていく。先輩の私物が大半をしめていた部屋に、空白が増えていく。
「まさかそれ、マイルールですか……」
「だから、引退するまでに全部片付ける」
うちの文芸部には部員が二人しかいない。先輩がいなくなれば私だけになってしまう。
「こんなに優しい先輩がいなくなったら、私が部活に行く意味がなくないですか? 私は誰とトランプをすればいいんですか?」
「文芸部なんだから小説を書け」
先輩は、私の手の中のトランプを取り上げる。そもそも、先輩が小説を書く気分じゃないからと言って、トランプを導入したというのに。
「先輩は引退したら、きっと部室に遊びにくることさえないんでしょう! お前は部活があるだろーとか言って、放課後も一人で帰っちゃうんでしょう!」
「まあ、そうだな」
先輩は本棚にある漫画をかばんにつめる。暇つぶしに作った折り紙もつめる。先輩の痕跡が部屋から消えていく。
「引退しないでくださいよ」
「それは無理だな。もう高三の秋だ」
そう言いながら、先輩が二人で書いたリレー小説を持っていこうとする。
「待ってください。そのリレー小説は私のものでもあるんですよ?」
「俺が書いたとこだけ切り取るか」
「ひどい! その小説は、立ち去る時に消すべき濁りじゃないです!」
納得したのか、先輩が持ち出したハサミをしぶしぶ置く。その代わり、ほうきとちりとりを取り出していく。
どれだけ部室を綺麗にしていくつもりなのか。こんなさっぱりした部屋に一人残されるなんて寒気がする。
「じゃあ私も部活を引退します」
「後輩なのに、なんで俺と同時に引退するんだよ」
先輩は引退を思いとどまってくれないので、文芸部の追い出し会をする。後輩は私一人だけれど、私は色紙とプレゼントを用意してあげた。最後にいい後輩っぽいことができて満足だ。
先輩を送り出した翌々日の放課後、私は高三の教室へ向かう。
「というわけで先輩、図書室に行きましょう!」
「お前は部活があるだろ」
「大丈夫です。先輩の追い出し会の次の日、自分の追い出し会をしたので。ちゃんと、先輩より後に引退しました!」
「そういうことじゃない……」
文句を言いながらも、先輩は私と一緒に図書室に行ってくれる。先輩は後輩の私に優しい。
私はほぼ毎日、先輩を図書室に誘う。
「勉強しないんですか」
「俺は図書室では本を読む。問題集を開かない」
「マイルールですよね」
先輩がそういう主義なのは知っていた。だてに後輩をやっているわけじゃない。
冬になっても、先輩は私の図書室通いに付き合ってくれる。この期に及んで、先輩は勉強しない。
「その本、面白いですか」
「まあまあ。お前、文芸部を引退しても小説を書くんだな。引退の意味は?」
「先輩と一緒にいられること、ですかね……」
「これだけ付き合わせたんだ。読ませろよ」
「もちろんです」
私は先輩の大学受験のことには触れない。こんな本を読んでいる場合なんですかとも、勉強しなくて大丈夫なんですかとも聞かない。先輩がこうしているのは私のせいだし、どうせ結果は分かりきっている。
先輩は、第一志望に受かった。地元で一番の大学だ。正直そんな気はしていたけれど。
「なぜ……最後の最後まで私と図書室に行っておいて!?」
「『後輩には優しくする』が俺のルールだから?」
質問の意味がよく分かっていない先輩が、とぼけた答えを返す。そのルールは知っている。
「一個ぐらい、先輩のルールを壊してみたかったんですけど!」
「そのために、受験前の俺を追いつめてたの? 悪い後輩だな」
「どこまで許されるかなって。追いつめられてたんですか?」
「いや、実はそんなに」
「もしくは、先輩が同輩になるのもいいかなっておもってたんですけどね」
「ひどいな」
「後輩じゃなくなれますから!」
先輩がマイルールとは関係なしに、優しくしてくれるか知りたかったのだ。