4、災厄の龍
ギルベルトは今日もダンジョンに潜る。調子がいい、大剣が軽い。魔法の威力も抜群だ。
それもこれも、あの日あの子に会ってからだ。
(アンナ……)
貰ったパンは今までに食べたことがないほど美味しかった。そして食べれば食べるほど、力が湧いてきた。
(これなら、龍にも勝てるのではないか)
元々、冒険者の中で話題になっていたパンを試してみようかと思い立ち、店に向かったのだ。
パンひとつで何を、そんなわけがないだろうと思っていた。
これまで強くなるために、どれほど辛い道のりを進んできたことか。父が呪いに罹ってから、ひたすら己を鍛えるため、魔物を倒し、ダンジョンに潜ってきた。
信じられるのは自分の努力だ。龍を倒さなければならない。それが父の悲願だったから。
+ + + + +
ーー災厄の龍は、命を欲している
尾で撥ね飛ばされ、叩き落とされる。こりゃあ肋骨が2、3本いったかな。事前に聞かされていた情報より、よほどデカいじゃないかーーもう、ダメかもしれない。そんな気持ちがよぎった時、目の前に大きな背中が立ちはだかる。
「俺が時間を稼ぐ!! その間にコイツを封印しろ!!」
ガイはこの街に突然現れた男だったが、恵まれた体躯に優れた身体能力で、冒険者としての能力を早々に開花させた。
光の魔法使いだった俺は、大きな力を持て余して制御をなかなか覚えられず、出来損ないだと馬鹿にされ続けてきた。ガイはそんな俺のことを見捨てず、共に鍛え、支え、走り続けてきてくれた友だ。
『魔物は討伐依頼なのに、なんで龍は封印なんだろうな。俺たちなら、龍だって倒せるんじゃないか?』
冒険者として名を馳せるようになった頃、龍を封印せよとの依頼が届けられた。
ガイの言葉を聞いて、心臓がどくりと音を立てる。
ーーなぜ、討伐ではないのか? なぜ……封印なのか。制御を学んでいた時に読んだあの書物には、なんと書いてあったか。
龍は命を喰い……腹を満たすため、なのか? ーー本当に?
キィンと音が響き、ガイが肌身離さず持っている大剣を俺の前に突き立てた。結界を張ったのだ。
「おい、お前ーーっ!!!」
ニヤリといつもの笑みを見せ、ひらりと手を振りながらガイが駆け出す。
封印の魔法は詠唱に時間がかかる。それも相手はこんなデカブツだ。あいつが言わんとした事はーーやらねば。俺がやらねばならない。
ガイが跳び上がる
(はやく、もっと急げ)
額から汗が流れる。
龍の眼が光る。
必死で訓練した封印の魔法はーー身体が覚えている。
牙が見える。
身体から魔力が抜け出し始めた時、ガイが奴の口の中に飛び込み、短剣で喉を突いた。
呻いて暴れだす龍。
そして俺の身体から、封印の光が溢れ出す。
痛みに暴れたその尾に、大剣が弾き飛ばされる。
『お前は、出来損ないなんかじゃない』
多すぎる魔力を制御出来ずに、上手く魔法を使えなかった。何度も暴走し、怪我をしながらも必死でやってきた。ここまでやってこれたのは、ガイが一緒だったからだ。
光る眼に射抜かれ、心臓が掴まれたように痛む。
『……ぐっ……うっ……ぁぁああああ!!!!』
重い。身体が痛い。瞼を開けると、龍は姿を消していた。
そこには封印の鏡と、大剣だけが落ちていた。
+ + + + +
父さんは龍との戦いで呪いを受け、魔法が使えなくなった。
身体が動くうちにと冒険者に必要な知識や技術を叩き込まれ、剣技や魔法の訓練に励む日々。
きっとこんな日が来ることを予想してきたのだろう、年々衰弱していく父さんは俺を枕元に呼び、こう話した。
「父さんは、仲間を犠牲にして、龍を封印した。あれは……欲だ。生きている限り、欲はなくならない。あんなものがあるから、手を伸ばしてしまう。今この手の中にあるものだけで、人は幸せになれるはずなのに……今度こそ……お前が仇をとって欲しいんだ。お前にはその力がある。俺が持つ知識は全て教えた。ーーこの大剣を、持って行きなさい」
親友の形見だという大剣を受け取り、父さんの手を握る。すると白い光が溢れて、大剣に加護が宿ったのが分かる。
魔法は使えなくなっていたはずなのに……大剣から父さんの方に目を移すと、ゆっくりと手から力が抜け、ぱたりとベットに落ちた。




