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3、聖女の力

(美味しく焼き上がりますように……)


(冒険者さんたちが怪我しませんように……)


 想いを込めて生地を捏ねる。

 昔から、パンを作っている時は心が落ち着いた。美味しくなるように、孤児院のみんなが笑顔になるように。そう思いながら作ったパンは、不思議と他のパンとは格別の出来栄えになった。



「アンナ、ちょっと良いかしら?」


「はい、ジュディさん」


「実は……あなたの作ったパンを食べると怪我をしないって、冒険者たちの間で話題になっているみたいなの」


「えっ!? パンひとつで、そんなことある訳ないですよね?!」


「わたしもそう思ったのだけれど……診療所でも、最近怪我人が少ないと話題になっていたのよ。そしてたまに運ばれてくるのは、うちに来ていない冒険者ばかり。逆に、うちのお客さんたちは、どんどんランクを上げているようなの」


「そんなことって……確かに、みんなが怪我しませんようにって思いながら、作っているけれど……」


「ねぇアンナ。あなたもしかして、聖女なんじゃないかしら」



 ひゅっと息を呑む。

 聖女。その言葉には覚えがある。


「私の母は……聖女でした」


 聖女とは、癒しの魔法を持つ女性のことだ。ジュディさんは雷の魔法を持っているし、サイラスさんは火の魔法を使える。人は皆何かしらの魔法を持っているが、その中でも癒しの魔法を持つものはとても少ない。

 私は弱い土魔法しか使えないと思っていた。ただ、パンの酵母を作るのに大変役立つので、満足していたのだ。



「ーーこの力は、あまり知られない方がいいかもしれないわね」


 ただでさえ貴重な癒しの魔法だ。私は自分を守る力を持っていない。そしてここはダンジョンシティ。癒しの魔法を欲している冒険者は多い。

ーーもしこの力が公になったら?

 

 癒しの力は傷付いた本人に触れなければ行使できないとされているから、怪我をした冒険者たちはなんとかして地上で待つ聖女の下まで戻って来なければならない。

 そうやって戻ってきても、皆が癒しの力を受けられるわけではない。

 癒しの力は遺伝する。それはほとんど、貴族のものだ。金や、コネクション。実力主義のこの都市においても、やはり人の命は、不平等だ。


 そんな中で私の力が知られたら……? 後ろ盾のない孤児の娘。本人がいなくても得られる癒しの力。こんなに使い勝手のいいものはないだろう。

 権力者のためだけにパンを焼く? そんなの嫌だ。私は私のパンを美味しいと言って笑ってくれる、この街のみんなの為に働きたい。

 優しく迎えて入れてくれて、いろいろなことを教えてくれたジュディさんやサイラスさんに恩返しをしたい。

 孤児院のみんなに誇れる仕事をしたい。

 あの金の瞳の……あの彼にも、私のパンを食べてほしい。


 それに私は聖女になんてなりたくない。権力なんていらない。お金だって、暮らしていけるだけあればいい。

 だって母は。優しくて、綺麗で、弱かったあの母は。


 聖女だったから死んだのだ。

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