16、この街の未来
今日は2人の結婚式だ。2人とも天涯孤独だから、教会で書類を出すだけでも……とアンナが言ったら、
『アンナのウエディングドレス姿を見られないなんて一生涯の損失だ!!』
などとギルベルトが騒ぐので、アットホームな式を挙げることにしたのだ。
サイラスさんとジュディさん、孤児院の先生やこどもたち、ギルドの冒険者仲間たち。予想外に沢山の人たちがお祝いに駆けつけてくれて、それはそれは楽しい結婚式になった。
それに、アンナが嬉しかったのは、ヘアメイクをリリアがやってくれたことだ。
リリアはおしゃれに詳しく、アンナに似合う髪型やメイクを丁寧に施してくれた。
「あの……アンナ。ずっとーーごめんなさい。わたし、あなたが妬ましくて。全部、持っているように見えたのよ。でも、違ったのよね。私は私の持っているものを、見ようとしていなかった。それなのにあなたに嫉妬するなんて、筋が違ったわ。自分が持っている物だけで、十分幸せなんだって……持っていないものを羨むより、持っているものを大事にする方が、よほど有意義なことだったって、気付けたの。あなたのおかげよーーありがとう。そして……おめでとう」
「ありがとう、リリア。私も、あなたが羨ましかったわ。あなたは沢山のものを持っている。この、ヘアメイクもとっても素晴らしいわ! こんなに素敵にしてくれて、本当にありがとう。でも……一回だけでいいから、あなたを粉まみれにしてやりたいわ!」
そう言って笑うと、リリアも困ったような、でもどこか嬉しそうな顔で、笑った。
きっと彼女もこれから、自分の才能を生かして、この街で輝いていくことだろう。
「やあ、アンナ嬢、ギルベルト。今日は結婚、おめでとう」
「お二人とも、おめでとう。私たちの先を越されてしまったわね」
「ジョアン様、エリーシア様。ありがとうございます」
「ジョアンも、領主就任、おめでとう」
「ああ、これからはこの街のために、もっともっと働くよ」
「あら、じゃあ、ジョアン様のために、眠気を覚ますパンを焼きましょうか」
「いや、それならば、この街の名物になるくらい、特別美味しいパンを作ってくれ」
「それなら私が、王都の社交で聖女のパンを宣伝して来ようかしら!」
「いやーー聖女の力は込めなくてもいいよ。アンナ嬢のパンは、優しくて、愛がこもっている。それだけで、充分だ。カイナートはこれからどんどん変わっていくだろう。それでも、この手に持てる分だけの幸せを見失わないでいれば、きっと大丈夫だ。いい街にするよーー必ず」
「そうだな。きっと、いい街になる」
(美味しくなりますように)
(元気が出ますように)
(幸せな気持ちになりますように)
今日もアンナはパンを捏ねる。
パンを作っているときは、不思議と心が落ち着くから、毎日の食事作りも楽しいばかりだ。
「ギルー! もうすぐ焼けるよー!」
「おう! 今行く!」
今日も窯からは、香ばしいいい匂いが漂っている。この香りを嗅ぐだけで、ふわりと胸が満たされるようだ。
手に持てるだけの、今ここにある幸せを大事にして。
粉まみれの聖女は、今日もパンに魔法をかける。
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