12、聖女の罰
「……ジョアン。エリーシアをどこへやった」
「おや、やっとお気づきですか。下品な女を侍らせて、賭け事に忙しくなさっていたので、報告が遅れてしまいましたね」
「ーーっ! 小僧が舐めやがって……」
「叔父上こそ冷静になった方がいい。人質も失った今、叔父上の手駒はあまりにも少ないのでは? この領を豊かにしたいという想いは、我々共通のものではありませんか。話し合えばいい妥協点も見つかりましょう。さぁ、今はまず温かいうちに食事をいただきましょう」
「くそっ!」
苛立たしげに食事に手を伸ばす叔父上は、言い争っているうちに入れ替えられたパンには気付かない。
(本当に愚かな人だ)
乱暴な手つきで千切り、パンを口に入れる姿を眺める。アンナからは『想いを込めた』とだけ聞いている。何が起きるか分からないが……あの腹痛は辛かったな、と思い出し、ふっと笑みが漏れる。
そんなジョアンと、不審気なブライアンの視線が絡み合いーー
「ーーおにいちゃん、だあれ?」
「……」
「ぼく、ブライアンっていうの。おにいちゃんはきれいな髪だね」
「ーー私は、ジョアンだ。ブライアン、君はどこから来た? 何を覚えている?」
「ぼくは……5さいで……どこから……? うんと……わかんない」
瞳いっぱいに涙を浮かべて俯く50がらみの爺に可愛げもなにもあったものではないがーーこれが、聖女の罰ということか。
色と金と権力に溺れ、領民の命を使い捨てのように扱った叔父は。
全てを忘れ、物の道理も分からぬ子供に戻ったらしい。
「こんなやつにもやり直しの機会を与えるか……アンナ嬢らしい、な」
父の命を奪った叔父上を恨んでいた。その上大事な人まで危険に晒して、領を私物化して。
殺してやりたいとーー思っていた。今の叔父を殺すのは容易いだろう。なにせ、呑気に目の前のスープを飲んでいる5歳児だ。
殺したら、スッキリするだろうか。恨みは晴れるだろうか。それでーーいいのだろうか。
知らぬうちに、ふふふ、と笑いが溢れていたようだ。
不思議そうにこちらを見て首を傾げるブライアン。
ベルをひとつ鳴らし、父の代から仕えている執事を呼び出す。
「孫が巣立って、生きがいがない、寂しいと言っていたな? ーーこれを、やる。お前の好みに躾けてやってくれ。ブライアン、5歳、だ」
「ーー腕が鳴りますな」
幸せな人生を生き直してほしいなどと思ってやるほど、優しくはないが。
いい街を作ると約束したのだ。
幸せな領民が1人増えるとしたら、それは、悪くはないことだろう。




