11、悲しいパン
(あなたの思い通りには決してさせない)
(私たちはこの街を守る)
(人の命を弄ぶ様な真似をした事……許さない)
生地を捏ねながら頭に浮かぶのは、大剣を背中に背負って家を出ていく父の後ろ姿だ。
そして、父を想いながら死んでいった母。
家族を魔物に殺された孤児院の仲間たちや、熊鈴屋に来てくれる冒険者達。
エリーシア様と、この街の未来を語るジョアン様。
そして、街へ溢れそうになっている魔物を食い止めるために、今もダンジョンで戦うギルベルト。
この街が、好きだ。この街の人々が……好きだから。
それを守るためなら、私にも、私なりの戦い方があるのだ。
勝手にこぼれていく涙が、生地に落ちる。捏ねると同時にキラキラと光が舞い、吸い込まれるように消えていく。
私の、私たちの想いをのせて。お金では決して買えない、命の輝きを閉じ込めて。
「ーーこれが、出来上がったパンです」
「……そうか。ありがとう。君も辛かったろう。巻き込んでしまって、悪かったね」
「いえ。ーー私は、強欲なのです。私が欲しいものを守るために、聖女の力が使えるのならば、それを使うまで。待っていて与えられないのならば、取りに行けばいいのでしょう。孤児院育ちの娘ですもの……案外、逞しいのですよ?」
そう言って笑った私の顔を見て、ジョアン様はしっかりと頷いた。
私の力の質からして、どんな想いを込めても、他者の命を奪うようなパンにはならないだろう。ただ、その想いの分だけ、必要な罰は下される。誰に教わったわけでもないが、わかるのだ。
「あとは、私に任せてくれ。悲しいパンを焼かせるのはこれでおしまいだ。カイナートは、聖女の力を利用しない。約束しよう。君にはそんな辛そうな笑顔は似合わないからね。ギルベルトのために、愛情たっぷりのものを作ってやってくれ」
にやりと笑いながら去っていくジョアン様の後ろ姿を見ながら、赤く染まった頬を抑える。自分だってエリーシア様にべったり張り付いて、若干邪魔にされているくせに……!
「ーーよしっ! 働こう!」
肩の力が抜けて、またパンを作りに戻る。
遠くでその様子を振り返っていたジョアンは、どこかほっとした顔をしていた。




