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10、エリーシア

「ではまずこのパンをエリーシア様に。邸のものと入れ替えて下さい。病気であれば即時の完治は望めないかもしれませんが、体力自体は向上するはずです」


「ありがとう。彼女を奪還でき次第、次の作戦に移ろう」


「それからジョアン様にはこちらを。お疲れが取れますように、祈りをこめておきました。お腹は痛くなりませんからご安心を」


 私が笑いながら差し出すと、ジョアン様が苦笑いをしながらパンを受け取る。そんなに辛かったのかしら……悪いことしちゃったかな。でも、あの時はああするしかなかったもの。

 そんな事を2人で話していると、ギルベルトの眉間の皺が深くなる。


「……アンナ? 俺には……?」


「ギルには、これよ」


 そう言いながら首に手を伸ばし、頬にちゅ、と口付ける。


「なんてね、ちゃんとギルにも焼いてあってーーギル?」


 軽い悪戯のつもりだったのに、手で隠した顔の隙間が赤くなっているのが見えている。


「アンナ……っ!龍のことが片付いたら……覚悟してろよ?」


 にやりと笑うギルベルトの顔は、怒っているわけではなさそうだけれど、なんだかーー虎の尾を踏んでしまった、のかしら?



「ーーはぁ。君たちを見ていたら、エリーシアに会いたくなったよ。早急に決着を付けよう。ギルベルトはダンジョンの方を頼む。アンナ嬢は、例のパンを」


「わかりました」

「ああ、任せてくれ」




 こうして、この日私たちはエリーシア様を無事助け出すことができた。元来の病弱な身体に加え、ブライアンによって意志を奪われるような暗示をかけられていたのだ。

 入れ替えられた私のパンを食べ、頭に掛かっていた靄のようなものがすっきりと晴れたという。食事と共に忍ばせたメモを頼りに内鍵を開けてもらい、ジョアン様が秘密裏に用意した隠れ家に保護する。

 エリーシア様の体力のなさと暗示の力を過信して、24時間の見張りを付けられていなかったことは幸運だった。

 もうひとつ幸運だったのは、エリーシア様が封印の鏡の在処を知っていたことだ。



「あの人は、常に鏡を持ち歩いていましたわ。内ポケットかどこか……おそらく寝る時も。夜着のまま訪れて来ることもありましたが、胸元が膨らんでいましたから」


「エリーシア、まさか……」


「うふふ! ジョアン様が思うようなことは決してございませんわ。あの人は……私を生かさず殺さず捉えておいて、ジョアン様が領主になっても傀儡にしようとしていたようですから。私に指一本でも触れたら、舌を噛み切って死ぬわと言ってやったのよ? あの時の悔しそうな顔といったらーー本当に笑えたわ!」



 エリーシア様は長らくベッドに臥せっていても、眩しいくらいの命の輝きを放つ素敵な人だ。私のパンを食べていれば病気もじきに良くなるだろう。領主夫人になっても、きっとこの方なら、この街をもっと良くしていってくれるに違いない。明るく幸せそうな笑顔を浮かべて並び立つジョアン様とエリーシア様の姿を見て、そんな未来が見えたような気がした。

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