負け犬お嬢様達の歌
連載の息抜きに浮かんだ。テンプレにミュージカルを添えてな。短篇
勝ち組。そう呼ばれる事が約束され幸せになる事しか約束されてない人間がいる。そんな人間は自分達が負ける事なんて一ミリも考えて生きていないのだ。とくにお嬢様と呼ばれる人物達は……。
「納得いきませんわ!何故、わたくしがこんな目に!許せません!許せませんわ!」
そう言いながらけして行儀が良くない行為。カップをかしゃんと強く置いたのはこの三人組で最年長勝ち気で負けず嫌いな大金持ちの貴族のお嬢様。18歳のユーリア。
「くすん……もう。私、生きていけない」
大きな目を潤ませ。ずっとハンカチで涙を拭う小柄な少女。流されやすく自分の意思をもてないのが欠点の有名な貴族お嬢様。15歳のルル。
「ユーリア。落ち着いて素敵なカップが台無しよ。ルル。落ち着いてこのショコラ美味しいわよ。食べてみて?」
そしてこの三人組の中で一番落ち着いている少女。名前はアリア。年は17歳だがこの中で一番の地位である隣国のお姫様だ。どう足掻いても負けとは程遠い人物達。だけど彼女たちは負けたのだ。
「どうしてですの!貴女が一番怒って良いはずですわ!」
別に没落しただとか金が無くなったとか戦争にとかではない。
「婚約者の王子を盗られたんですのよ!」
そう、この三人は男を婚約者を盗られた。恋の負け組。初めての敗北は恋。しかも一人の少女にだ。ここにいる三人は同じ相手に男を取られたのである。逆ハーレム状態。ユーリアに叫ばれたアリアは穏やかに執事を呼ぶ。
「ふふふ……」
目を閉じて、とても穏やかな顔をしているが……。
「ジョン。うちで一番高い酒を出して!飲まないとやってられないわ!」
「ごめんなさい。怒ってますわよね。普通に……」
一つ大切な事を話そう。この国では成人は15歳と言われており酒はオーケーとされている。まあ、嫁入り前の娘達が祝い事でもないのに自棄酒して良い事にはないが取り合えずセーフだ。
ゴンと出されるジョッキの酒を上品とは言えないスピードでごくごくと音をたてて飲む。お姫様。人払いをし信用できる人間しかいない庭とは言えどバレたら大問題だ。
「やーってらんないわよね!ほんと!なんだ。異世界の少女ってそんな珍味出されたらこちとらたまったもんじゃないっつーの!」
恐らく高級であろうドレス姿で酒を飲む姫にユーリアはドン引きしてルルは泣くのを止める。この三人は同じ女に男をとられた同士。このお茶会は傷の舐め合い会なのだ。
「あたしね。元は平民なのよ」
「「え」」
驚く二人を無視して続ける姫。酒はもう無くなりおかわりと酒のつまみを頼みだした。
「あたしの歌には呪いを解く力があるって言われて、それを政治利用する為に姫にされたの」
おかわりがきて、それをまた一気する姫にユーリアが「姫、そのへんで……」と止めるが止まらない。おつまみのナッツも止まらないみたいでポリポリ食べている。
「実際は歌ったら鳥とか動物が来てくれるぐらいなんだけどね?村で気持ち良く。るんるり歌ってたらそれ見た貴族に奇跡だって言われちゃって……」
奇跡の歌姫。そう言われ貴族の養子されお稽古三昧。苦しい日々。姫を演じさせられ毎日の様に舞踏会などで歌わされた。お屋敷に集まる動物。歌う鳥。鳥もまたっすか?何て言いたげだった。
帰りたくても燃やされた村。悲劇のお姫様。
そこで会ったのが呪いの王子。無表情で無感情の王子。歌姫の歌に一目惚れ。涙を流して感情を取り戻す。ただの偶然。だけど知らぬ周り。呪いを解いた姫。哀れ偽物の姫。国の利益の為に隣国に嫁がされ自分の意思なく婚約者。
だけど麗し王子様。あっという間に恋をした。甘い言葉。同じく歌で返すプリンスと幸せに暮しました。と、ならぬのが現実。
自分よりもインパクト大な異世界少女に奪われて今は寂しくヤケ酒。嗚呼、恨み酒。パチパチと拍手する二人。飲んでいるのにくるくる回りそのシーンを一人で演じその内容を歌ったからだ。
「あれだけ私のカナリア毎日歌っておくれ。その美しい歌声で癒しておくれって言ってたのに……」
それはつい三日ほどの前の話。朝に彼女の膝に頭を乗せ庭で歌を聴く王子が来なかったのだ。何故か一日歌を聞かないと無感情になる王子を心配して見に行けば知らない少女といた。
「あの王子……歌は?」
笑顔の王子。今日は歌を聞いていないのにさわやかに笑っている。
「ああ、君の歌をレコードに録音したのを聴いたから必要ないよ。これからもいらないからね」
自分には歌しかない。それしかない。それしか愛される所がないのだ。そう気付けばその場から逃げていた。
そしてお茶会に呼んでいた親友のルルに会った。泣くばかりのルルの話を聞けば同じ境遇の二人。実はもう一人いるらしい。最後の被害者が現れお茶会と言う名の傷の舐め合い会が始まったのだった。
「ルイお兄様もそうだった……あんな事を言う人ではなかったのに……」
ルルがそのお兄様との思い出を語る。家督を継ぎ父の仕事を継ぐ筈だった大好きな兄が突然。騎士になると家を出てしまった。娘の私ではと父は養子を貰い娘だからと蔑ろにされ母は見て見ぬふりをする。
そんな孤独な自分の前に現れたのがお隣の屋敷に住む。ルイお兄様だった。
不在の兄の代りに愛してくれる人。父よりも母よりも愛をくれた。色んな事を教えてくれる。毎日の着るドレス。似合う色。物。付き合う友人。お兄様は正しい。正しい事をすると褒めてくれる。
そんな日々にいつからかお兄様がいないと何も決められない人間になっていた。でも、それでもルイお兄様が良いと言うから彼女はそう生きていたのだ。
あの日までは……。
「お兄様。あの。今日の舞踏会行っても良いと思う?」
「いいんじゃないか……」
いつもと違う返事。いつもなら誰が来てるのか調べて、もしも行くなら誰と話すか教えてくれるのにとルルは首を傾げる。
「あの、じゃあ、ドレス……」
「……ルル」
重いため息の後で見た事の無い瞳で見つめられた。冷たい。突き放す目。
「それくらい自分で決められない?ボクは忙しいんだ」
ごめんなさい。と謝る間もなく彼は家を出ていく。窓から見れば見知らぬ少女と笑いながら話していた。くだけた友人みたいな。それ以上にも見える顔でだ。
誰かに聞いて貰いたくて仲良しのユーリアにお手紙を書いた。そうしたら彼女も同じ。聞けば盗ったのは同じ女性だった。
「あんな平凡な女のどこがいいんだか!王子もルイ様もテスも!感性を疑いますわ!」
飲みたくなったのかユーリアも酒を頼んだ。紅茶に少し入れる程度だがブランデーを入れる。彼女にしては珍しい。
「もう、逆らえないって思ってたのに……」
ユーリアは語る。彼と自分の思い出の話。ユーリアは幼馴染のテスをかまってやってた。自分の家よりも劣るがそこそこの家の男。ダサい眼鏡をした。ひ弱そうな男だが顔が良かった。
「僕、ユーリアみたいな怖い子。苦手なんだ。好かれちゃったらどうしよう」
テスがそう陰で友達に言ってのを聞いた。ユーリアは好きな子ほどいじめたい。嫌がる顔が大好きな女の子なのだ。
「わたくし、あなたが大好きよ!光栄に思いなさいな。今日から毎日好きと言ってあげる!」
「そんな!みんなに誤解されちゃう」
めそめそめそと泣く姿のなんと可愛い事か!
「わたくしとテスは好き合っているわよ!相思相愛よ!」
「ああ……皆が僕らをラブラブの恋人だって言ってる!ユーリア、君は何てことを言うんだ」
聞こえる様に言ってやれば実は顔が良いテスはモテなくなった。いい気味だ。
今度は「このままじゃ婚約者にされてしまう」そんな事を相談してるのを聞いた。なので何度も父と母にお願いして、お稽古も増やす約束で何とか婚約者にしてもらう事に成功。嫌がらせの為なら努力はする女。ユーリア。
「……キスは本当に好きな人と結婚式場でしたいからしないでね?」
婚約者はあくまで仮だ。だからこんな事を言う。なので情けない整った顔の唇にキスしてやった。これで、もう逃げられないだろう。彼は顔を真っ赤にして顔を押さえてしゃがんで泣いた。いい気味だ。
「だめ……そんな事されたら、僕、もう。お婿にいけなくなっちゃうよ。パパになっちゃう!」
「ば、馬鹿ね!わたくしが嫁にいってやるのよ!わたくしをママにするのよ!」
最後の希望も断ってやった。これはこちらも痛い目にあったが何とか出来た。出来たと思う。奴が駄目だと言う言葉の通りにやった。自信が無い。ふとアリアを見ればルルの耳を塞いでいる。
「どうしましたの?」
「まさかの自覚無し!ルルにはまだ早いよ!」
こほんとアリアがルルの耳から手を放して続けてと言う。なのでユーリアは続けた。
「テス!わたくしには秘密で町に行きたいと話していたようね?わたくしも行くわ!」
ある日の午後。勝手知ったるテスの部屋にノックも無しに入る。すると睨まれた。あのテスに睨まれたのだ。
「やめて、大切な人と行くから……」
ダメだよ。そんな。とは言われた。だけどやめろとは言われた事が無かった。弱い。弱すぎる抵抗に口では言っていても実は自分が好きなのでは?と思った事もある。
だけど、そんな彼が強い意志で自分を拒否したのだ。誰よりも最優先する自分を無い者の様に扱い。お洒落をして眼鏡もあのダサいのは外している。
気付けば泣いてしまい行動が遅れた。慌てて追いかければ楽し気に笑う二人。思えば彼は自分には苦笑いしかしてなかった事に気付く。愛されていない。だけど自分は愛してたんだと気付く。止まらない涙が誰よりも彼を愛してたと語っていた。
こうして負け犬三人組が誕生した。
沈黙が流れる。歌を聴きに来た鳥や鹿やウサギが心配している。イノシシやクマ等の猛獣は心配だけど驚かせるからと木の陰で待機だ。
「そうよ。あたしには歌があるわ!」
立ちあがる姫。やってみたかった大きなテーブルに乗る。慌てて上の物を退ける執事。そしてアリアは歌う。結婚が駄目になり国に帰されたらまた利用される日々。それはもうごめんだ。
なら、吟遊詩人になり歌で稼ぎながら旅をする。国に帰る途中で行方不明だと言えばよい。
「そんなに上手くいくかしら?」
「やってみないと分からないわ!貴女も!」
アリアは否定的な言葉を呟くルルの手を引き。テーブルに乗せる。アリアは歌う。今まで決められなかった事を自分で決めれるのは素敵な事。何色が好き?
「え、えっとピンク!」
ならこれからはそのドレスを好きに着れる。いつも着ている紫のドレスはもう着なくていい。自分で決めれる。好きな物も好きな人との交流も好きに出来るんだ。アリアの歌は力がある。それはハイになっただけで気のせいだが、ルルは何だか出来る気がしてしまった。
「私もなれる。出来るわ!自由に!」
らららと二人手を取って踊る。そんな二人を見てユーリアは寂しげに顔を背けた。
「……わたくしには無理よ。できない」
突然。当たるスポットライト。良く歌う王子と姫が居るので用意されている。
「何故?貴方はそんなに魅力的なのに!」
「え!」
周りを見れば頷く動物。執事やメイド達。そして二人の友。
「そんな……わたくしは意地悪な女で……」
そんな事はない。気のキツイ女性が好きな男もいる。その綺麗な金の髪。猫みたいなつり目。頭の大きなリボン。好きな人に堪らない。そういうジャンル。実は人気。
「この赤と黒のどぎついドレスも?」
「そう!ドレスも!素敵な個性!」
椅子に乗り自らテーブルに乗ったユーリアも歌う。今度は素直になって本当に好きになってくれる人を愛してくれる人を探したい。と高らかに……。
泣きながら歌い。笑い。ダンスをして忘れよう。こんな恋もあったのだと笑うのだ。くるくると回りテーブルに寝転がる三人娘。互いに目を合わせ笑い合う幸せな時間。最高の思い出。
……さて、ここで幸せとは正反対の人物達を紹介しよう。この辺りでは激重くそデカ感情三銃士と呼ばれている人物達だ。
幼い頃に別荘で見た森で歌う姿を見て一目ぼれ。初めての恋煩いに眠れず何も手に付かず無感情に過ごしていたら見つけた運命の人。
くれぬなら国を亡ぼすとまで言い無理やり手に入れ。逃げ道を無くすために燃やした村。実は村人は他に逃がされてたが最後の切り札に残している。
この国の瞬きもしないで目を見開き。ぶつぶつと何かを言い爪を噛む王子。リツ。
「私のカナリア私のカナリア私のカナリア。私のカナリア!!飛ばさせない羽を砕いてでもいかせない。いかせない。いかせない!」
一目見た時に嫁にしようと決め。依存している実の兄をそそのかし、その位置についただけでは飽き足らず。父も母も操り孤立させ自分だけに依存させた。危ない紫の瞳のお兄様。笑顔だけど目は笑ってない。ルイ。
「再教育が必要だね。可愛いボクのルル。すぐにお嫁さんにして一生管理してあげよう」
大大大好きな幼馴染。あまのじゃくだと有名な彼女の性格を利用しモテる彼女の為に牽制しまくりさせまくり。
彼女を尾行させ。聞こえる位置で本音とは違う事を言う作戦で最後には逃げられない事までして手に入れてるつもりだった。髪をかきむしり伊達の眼鏡を床に叩きつける男。テス。
「他に男なんかできるわけねぇだろ!オレの女なんだよ。お前は!セックスしまくってるんだぞ?どんだけしてると思ってんだ!最初の婚約から仮なんてされてないんだよ!気付けよ。アンポンタンが!」
この激重三人は実は被害者である。とある長寿の女神様の「異世界の娘のドキドキはらはら逆ハーレム・ラブロマンス見たいのじゃ!」の言葉で恋の魔法にかけられていたのだ。
その子を好きになる登場人物。顔が良いせいでちょっと好きになるスパイスをかけられメンバーにされた。
スパイスはその異世界娘の「は?誰とも結婚せんし。ウチ、実家のたこ焼き屋継ぐからその使命とやら終わったし帰るで?」の一言で解けたらしい。
女神の言い方では恋のスパイス。彼らからすれば呪いの力で蔑ろにしてしまった愛する婚約者を慌てて探せばこのどんちゃん騒ぎ。一部始終を見てしまった。
外堀埋め。逃げられない様に対策を講じた。数年かけた者も居る。なのに数日でたった数日でこれだ。堪ったもんじゃないのは彼らの台詞である。
その後。女神は処刑……とはいかないが死ぬかもしれない事を沢山された。詳しくは恐ろしくて言えないが女神曰く。「わし不死身じゃなきゃ死んどるぞ!」と言う様な事をされたらしい。
三人娘のその後だが……まあ、メリーバットエンドに近いが幸せに暮している。めでたしめでたし。