大人たちの会議風景
昨日は更新できずすみません!
お待たせしました、更新します!
カートゥーン男爵領のバルド・カートゥーンの執務室では、現在領内で起こっている魔物の大移動への対策会議が行われていた。
集まっている面子は、領主のバルドを始めその妻セレナ・カートゥーン、執事のダグラス、そして領内における警備部隊の隊長の男だった。
「さて、次に全員に現状を正しく認識して貰う為の情報共有を行っていくよ」
そう言うとバルドは机の上に長机に広げられた領周辺に地図を使って説明を始める。
「皆も分かっているだろうが、現在カートゥーン領はダーナプレタ商業連合で起こった事件の煽りを受けてこれまでに無い魔物の脅威に晒されている。具体的には先日サーラが持ち帰ってくれた情報を踏まえると――既にこの辺りまで影響が出始めている」
すると、地図上に魔物の形を模した木人形を配置する。
場所はダーナプレタ方面にある龍族の住む山脈とカートゥーン領、その中間よりも明らかにカートゥーン領側だった。
「こんなに近くにまで来ているのか!?」
「サーラが言うには、足の速い魔物を中心に何種かここら辺にはいない魔物がいたらしい。先遣隊、というには表現が違うと思うけど敢えて表現するなら本隊のそう遠くないところにまで来ているはずだ……それも先遣隊からほど近い場所ぐらいには」
「「……」」」
バルドのその言葉に全員が沈黙する。
ダーナプレタ商業連合で騒ぎがあったのは、ざっと数週間前ぐらいのこと。
そこから考えれば、この侵攻速度もなんらおかしいものでは無かった。しかしその事実を改めて突き付けられると、どうしても苦い顔になってしまうのも致し方ないだろう。
「それで、魔物の規模はどの程度なのかしら……?」
セレナの問いに、バルドは少し間を置いてから重くなった口を開く。
「……確認されているだけで、少なくとも一万を超える群れだと想定している。その膨大な数の魔物がカートゥーン領に向けて真っすぐに進んできている。予想される到達までの日数は――おおよそ、十日だ」
「十日って……」
「もちろん予想だから遅くなる可能性もある……逆に早まる可能性も同様だ。ざっくりとした目安だと思って欲しい」
「あまり時間は残されていないということですか……バルド様、王都への援軍要請の方はどうなっておりますか?」
ダグラスが言った通り、バルド達は今回の魔物の大移動を察知してすぐに王都へ使いを送っていた。
内容は領地防衛の為の援軍を国に派遣して欲しいという旨である。
カートゥーン領には騎士団は存在しない。
別にこれは何もおかしなことじゃない。男爵家など爵位の低い貴族家では、騎士団すら持たない家も多いのだ。
人材集めや使える予算など様々な理由があるが、カートゥーン領もその例に洩れなかった。
その代わりにあるのが『警備隊』だ。
自警団のような存在で、そのメンバーは主に領民で構成されている。というより当然ながら領民しか所属していない。
しかしその規模は百人未満しかいない少人数の集団であり、戦闘のプロという訳でもない。
普段は農民として畑を耕したりしている兼任団員がほとんどだからだ。
故に、王都から派遣されてくる戦力は現状のカートゥーン領にとって必須と言えた。
もしそれが出来ないなどと言われた結果の事態など想像したくも無い……
しかしその懸念は次のバルドの一言で杞憂として片づけられることになる。
「返答は既に貰っている。王都から騎士団を派遣してくれるそうだ。しかし動かす数が数だけに十日以内に間に合うかは怪しいらしい。だから救援が到着するまでは少なくとも私達だけで、領地と領民を守る必要があるんだ」
その言葉を受けて口を開いたのは警備隊隊長の男、名を『ケイン』という。
この男は警備隊の中でも数少ない警備隊に所属する前は、戦闘を生業としていた男だった。
「だが、どうする気なんだ? 領地の戦力なんて一万の魔物を前にしたら、無きに等しいってもんだ。それに……トンデモねえのが紛れてるって聞いたぜ?」
ケインの言っているトンデモない魔物とは――要塞のことである。
要塞――それはAランクのフレイムドラゴンや、Sランクの魔物ですら及ばない真に天災と分類される魔物だ。
強固な外皮を持ち、あらゆる攻撃を通さぬ姿。そして何より山の如きその巨体からついた名前が要塞、フォートレスであった。
しかし天災に分類される魔物の中でも、要塞は比較的温厚な部類に属する存在だった。
故にこちらから攻撃をしなければ無暗に辺りを荒したり、暴れまわったりはしない。
だが、その巨体はただ歩くだけでも周囲に住む生き物にとっては天災となりうる。
そしてその歩みは、そう簡単には止まらない。
故に天災、故に災害なのだ。
「もし本当に要塞が来るつーなら、俺らみたいな主戦力はそっちに掛かりきりになるはずだ。間から抜けてくる魔物の対処はどうしても手が少なくなる。大将、領民の避難は出来ねえのか?」
「もちろんそれも考慮に入れているよ。でも避難先が問題でね……周辺の領地は何処も魔物の侵攻に備えて避難民を受け入れられそうに無いんだ。かといって侵攻の影響が及ばない程に遠くへの避難には、準備も時間も足りない」
「そうか……苦しいところだな。何とか領民だけでもと思ったんだが……」
ケインは例え要塞がやって来ようとも、むざむざやられるようなことは無いと思っていた。
何せこちらにはあのバルド・カートゥーンや、セレナ・カートゥーンが居るのだから。
そして嘗ては、そんな二人と肩を並べて戦った自分を含めた仲間たちもいる。
しかし、かといって余裕を保ちながら戦える相手かと言われるとそうでは無いだろう。
となれば間違いなく自分達が抜けた分、他が手薄になる。
だからこそのケインの問いであったが、返って来た言葉は一筋縄ではいかない返答だった。
それを聞いて唸るケインに、バルドは少しだけ頬を緩めて言葉を続けた。
「まあケインが言った通り要塞については、その姿が確認されているのは事実だ。しかし奴はその巨体故に足がかなり遅い。来るとしても魔物の群れの最後の方と共になるだろうね。だからそこまでに他の魔物の数を減らすことが出来れば、クレハの考案した結界で領地を守ることは可能だと思ってるんだ」
ここでクレハの話題が出たことで、話が少しそちらにズレる。
「そういやあ聞いたぜ大将。クレハ嬢ちゃんが王都でえらい活躍をしたそうじゃねえか! その上、今回の騒動についても何か考えてくれてるんだろう? まったく末恐ろしい嬢ちゃんだぜ!」
「そうやって甘いこと言うからあの子の暴走癖が治らないのよ? 全く、五歳になってスキルも頂いたのだからもう少し落ち着いてくれると安心して見ていられるんだけどねえ」
「そう言うなってセレナ姐さん。これまでクレハ嬢ちゃんが作ったもので領内の生活がかなり便利になったのは知ってるだろう?」
「だからこそ困っちゃうのよ。ジュリアやフローラの時もそれなりに大変だったけど、クレハの場合はその方向性も度合も全然桁違いなんだから!」
「ま、まあまあ落ち着いてよセレナ。ちょうどいい時間だしそろそろ休憩にしようか! ダグラス、お茶の準備をしてくれるかい?」
「畏まりました」
ここまでかなり長時間の会議をしているので、全員そろそろ集中力が散漫になってくる頃合いだった。
さらに話題がクレハに映ったのもあって、バルドは少し休憩を挟むことにした。
ダグラスが淹れたお茶を飲んで一服する。
「それで? クレハ嬢ちゃんは今回は何をしてるって? さっきも結界がどうのって言っていたが」
「ああ、実はこの前僕達と一緒にこの領に来た魔道具職人さんと街全体を覆うような結界を発生させる魔道具を作ってるらしいんだ。サーラが外に出ていたのもその材料集めが当初の目的だったんだよ」
「は~……そりゃまた何というか、とんでもねえな……」
ケインはバルドの口から飛び出した言葉に目を丸くして驚く。
「しっかし、そんな魔道具が出来るもんなのか? だって街全体を覆うなんて、あまりにも規模がデカすぎて実感が湧かねえっていうかよぉ」
「その点については私が確認したわ。計画とか設計図とかも見せてもらったけど、理論上は可能だったわ。強度的には私の全力の半分ぐらいなら耐えられるものになるんじゃないかしら?」
「そいつはすげえや! セレナ姐さんの全力の半分ってことは、そこらの有象無象の魔物じゃびくともしないってことだろう? なるほどそれなら後ろを気にせず戦うことが出来そうだな!」
「でも、僕等だってそれに頼り切りになる訳には行かないからね。ちゃんと対策は考えておかないといけない。その為の会議なんだからさ」
「そりゃあもちろんさ! たった五歳の嬢ちゃんに頼り切りなんて情けねえにも程があるもんな!――そう言えば王都はどうだった? ジュリア嬢ちゃんとフローラ嬢ちゃんは元気だったかよ?」
「ああ、ケインは前回帰ってきた時に会えなかったんだっけ。うん、二人とも元気だったよ! それに増々美人になっちゃってもう心配で心配で……」
それを聞いた面々は「また始まったか」という顔になる。
その視線はこうなる話題を振ったケインを非難するように集まっている。それを自覚しているからか、ケインは視線を合わそうとせずにすいっと逸らした。
「やっぱり騎士団にも魔術師団にも男は多いだろう? もし二人のあまりの可愛さに我慢できなくなった奴等が居たらと思うと全く気が気じゃないよ! やっぱりまだ二人には王都は早かったんじゃないかな? ねえどう思う??」
「うるさいわよバルド! いい加減に心配しすぎなのよ! それに、そんな輩が居たとしてもあの子たちをどうこう出来るわけないって……あの子たちの実力は良く知ってるじゃないの!」
「そうは言うけどさ? やっぱり男なんてやつは皆飢えた狼なんだよ? 腕っぷしじゃなくても騙されて連れてかれたりなんかしたらって――」
「だからそれが子ども扱いし過ぎなのよ! あの子たちを信じてあげることも私たち親の役目でしょう? 口を開けば娘たちの話しかしないんだから。こんなんじゃあの子たちが彼氏なんかを連れてきた日には「そんなの認めないよ!!! 僕を倒せるぐらいじゃないと断じて認めないからね!!!」――もう……」
「いいじゃねえか姐さん。俺だって嬢ちゃんたちが中途半端な男を連れて来ようものなら叩き出してやりたい気持ちは分かるぜ! ダグラスさんだってそう思うだろう?」
「まあ、概ね同意ですな」
「男共は……はあ……」
そんな益も無い会話をしながら休憩をしていると、セレナの様子がおかしくなる。
何やら虚空に目を向けたまま固まっているのだ。
「お、おい姐さん? どうしたんだ……?」
「ああ~、多分従魔と話してるんじゃないかな? 少しすれば戻ると思うからちょっと待ってよう」
バルドの言った通り、数分するとセレナは様子は元に戻った。
「セレナ、今のはエルザと話していたのかい?」
「ええそうよ。ちょっと前にエルザに周辺の様子を見てくるように頼んでいたの。その報告を今してもらっていたところよ」
「やっぱりそうか。それでエルザは何て?」
ケインは話についていけなくなりつつも、ともかく話を聞こうを口を挟むことなくセレナの言葉を待つ。
「ええ、やっぱり予想通り魔物の群れは十日程でこっちに到着しそうな勢いらしいわ。規模に関しては、道中で意外と散らばっているらしくて少しだけどこっちに来る魔物は少なくなるかもしれないだって」
「そうか。多少でも数が減ってくれるのは有難いね。それにしても到着予定は変わらず、か」
「ああ、それについて何だけどエルザが大群の真上に雨雲を出して進軍速度を遅らせてくれてるみたいなの。だから、あと三日は稼げるって今言ってたわ」
「「「……」」」
「ふふ、やっぱりエルザは可愛い上に凄いわね。戻ってきたらご褒美を奮発しなくっちゃね」
それを聞いたバルド達は何とも言えない気持ちになる。
しかし進軍速度が落ちるのが事実なのであれば、それは朗報だ。
「よ、よし。三日分の時間が増えたってことだね! それなら王都からの援軍も何とか間に合うかもしれない。じゃあ僕等も対策会議を再開しよう! エルザが作ってくれた時間を無駄にしない為にも、出来る対策は全てうっておかないといけないからね!」
そうして領を纏める大人たちの会議は続く。
その背後では、さっきまで話題に上っていた少女がトンデモないものを作り上げているとは知らずに……
それがお披露目されてしまうのか、それとも日の目を見ることなく終わるのか。それはここにいる大人たちの肩にかかっているのかもしれない。




