帰り道での遭遇
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今回のお話はメイドのサーラ視点となっていますので、ご注意下さい!
その日、私はようやく素材集めを終えてカートゥーン家のお屋敷への帰路についていた。
こうなったのは数日前、クレハお嬢様が魔道具職人のミランダにとある魔道具製作を依頼したことが切っ掛けだった。
とある事情で貴族に目を付けられた王都の中でも指折りの魔道具職人であるミランダを、クレハお嬢様は一計を案じて救った。そして王都にいられなくなったミランダを自分の父親が収める領地であるここにお連れになったのだ。
クレハお嬢様にとっては、王都でも指折りの職人だったミランダを領地に呼び込むことが出来るまたとない機会と思ってのことだったのかもしれない。
しかし、ミランダにとっては命を救われた上にこれまで同様に魔道具作りを継続できる天の助けとも言える提案だった。もちろん王都で築いた人脈や名声など、失うものは多かったはずだ。けれど、私は古い友人であるミランダが助かったことが何よりも嬉しかった。
きっとミランダ本人も同じだろう。あのままでは間違いなくフルハルト家の連中に殺されていたに違いないのだから。
……まったく、クレハお嬢様には恩ばかりが増えてしまう。
まだたったの五歳だというのに、あの行動力は何なんだと改めて思ってしまった。
悪い意味ではないんですよ。単に、呆れているだけで。
それから色々あって、カートゥーン領で魔道具作りを再開したミランダの元にクレハお嬢様が今回の依頼を持ち込んだというのが今回の経緯だった。
そして、更に色々あって私自らが素材集めをすることになった。
まさか魔物の大移動の影響が商品にまで及び始めているとは想像もしていなかったのだから。しかも取り寄せにかかる時間も不明だと言われてしまっては、自分で調達した方が早いと思ってしまうのも仕方ないことでしょう。
もっとも、クレハお嬢様のお傍を離れる選択はあまりとりたくなかったのですが……致し方ありません。
「それにしても、思ったよりも早かったですね……」
素材の調達が、という話ではない。
クレハお嬢様や、旦那様たちが心配しておられた魔物の大移動の兆候が、である。
素材集めをしながら感じたことだったが、明らかに普段よりも魔物の数が増加していた。
他にもここら辺ではあまり見ないような種であったり、少しばかり珍しい魔物もその姿を確認していた。
まだ大騒ぎするような規模の話では無かったが、確実にそして着実にその影響は周辺で起こり始めている。
もしかするとクレハお嬢様が考えていたよりも、状況はもっと早く進展しているのかもしれない……
とにかく、私が実際に見てきた領地周辺の現況に関しては戻ってから旦那様や奥様に報告しなくては。
恐らくだが、お二人が私に今回の素材集めの許可を出されたのもそこら辺の情報が欲しいという一面があったはずだ。
カートゥーン領は、規模で言えばかなり貴族の中でもかなり小さい方に含まれる。男爵家という爵位の低さもあるが、それよりも領地の場所が場所という理由も大きいだろう。
だからこそ、動かす事の出来る人材も自然と限られてしまう。
本音を言ってしまえば、もう少し人手が増えてくれると私もクレハお嬢様のお世話に専念できるので嬉しいのですが……まあ今後の課題ですね。
あっ、アリシアを呼ぶのは絶対に無しです。
アレを呼ぶと面倒臭いことこの上無いですからね。
と、そんな事を考えていると目の前に突然魔物が飛び出してくる。場所はお屋敷まであと少しというところの街道だった。
出てきたのは、ここらでは特に珍しくも無い魔物であるグレイウルフだった。個としての戦闘能力は低いが群れで行動するので、対処が面倒な魔物だ。
それが十匹程、街道を歩く私の行く手を遮るように現れた。
「街道だというのにこの数、それに周りにも何匹か隠れているようですし。まったく、面倒ですね……」
これは、報告を急いだほうが良いかもしれない。
そう判断した私は戦闘を回避することを選択する。
「少しだけ、威嚇しますよ――」
私は周囲のまき散らすように殺気を放出する。
するとグレイウルフはぶるりと身を震わせ、後ずさりし始める。
グレイウルフはそれなりに頭のいい魔物だ。
相手が格上だと分かれば、わざわざ襲い掛かってきたりはしない。むしろ危険を避ける為に逃げ出すはず。
そう考えての威嚇だったのだが――
「変ですね……? 確かに怯えているのに、何故か逃げない……?」
殺気を飛ばした影響は確実に出ている。
未だに身体の震えは止まらず、こちらを見る視線にも怯えが主になっている。にも拘らず、グレイウルフは逃げ出さずにその場から動かない。
それどころか、野生の本能に逆らってでも私を襲おうとしている。
妙だと思って、グレイウルフを観察する。
そしてすぐに一つ、気付いたことがあった。
グレイウルフたちは、どの個体も体が骨張って見える程にガリガリだったのだ。
そこから推測できることは――奴等が空腹だということ。
なるほど、それなら合点がいく。
いかに頭のいい魔物と言えども、所詮は獣に過ぎない。飢餓感という状態には逆らうことが出来なかったのだろう。
「これは面倒ですが、討伐すべきですかね。あの状態では見境なく周辺を荒しかねない。ですがこちらも急いでいるので、手早く片付けさせてもらいます」
私は背負っていた袋をドサリと地面に下ろす。
「いきます――」
その言葉と同時に地面を蹴って、正面にいたグレイウルフに肉薄する。
「一匹」
そして頭部に拳を叩き込んだ。
グレイウルフは地面に頭をめり込ませて、人間で言うと土下座のような状態になって動かなくなる。
「二匹、三匹、四匹――」
そして止まることなく、残りのグレイウルフにも同じように攻撃を加えて一撃で絶命させる。
すると三分の二程を倒したところで、ようやくグレイウルフたちも何が起こっているのか理解し始める。
「まあでも、もう遅いですけどね」
さらに加速して、逃げられる前に全てのグレイウルフを始末し終える。
「さて素材は……面倒ですから、死体の処理だけしておきますか」
そうして辺りに散らばるグレイウルフの死体と集め終えようとしていた時だった。
視界の端に何かおかしな物が映るのが見えた気がした。
でもそんなはずが無い。何故なら見えたのは空中、それもちらりと見えたのは人に似たような影をしていたから。
もっと言えば、見えてはいけないはずの人物の姿が見えたような気がしたから。
少し――いえ、非常に嫌な予感がしながらソレが見えた方向に改めて視線を向ける。
「ああ……本当にどうして、大人しくしていて下さらないのですか……」
その人型はこちらに近づいてきているように見える。
というか確実にそうなのだろう。間違いなく私の方に向かって飛んできている。
そしてソレが、すぐそこにまでやって来ると――
「やっぱり、サーラだったのね! その様子を見ると素材集めは終わったみたいね。お疲れさま!」
「……お嬢様の方こそ、その様子を見るとまた何か仕出かしたのですね」
そんな風に声をかけてきた。
私の背丈の倍以上もある巨大な人型の肩に乗った、クレハお嬢様がそこにいた。
信じ難い、いいえ信じたくない光景に呆気にとられつつも何とか返答する。
「仕出かしたとは失礼しちゃうわね。これも来るべき魔物の侵攻に対する備えの一つよ?」
「ああ、そうでしたか……」
何がどうなったらこんな動く鉄の塊のような存在が出てくるのだろう……?
やはり、アレなのでしょうか? 少し前からクレハお嬢様の行動をさらに悪化させた<ガチャガチャ>というスキルが原因なのでしょうか……?
「ところで、そのグレイウルフの死体はどうするの? 領地に持って帰る?」
「い、いいえ。特に必要な素材もありませんし、帰り道を急いでいたので、処理だけして終わろうと思っておりましたが――それがどうかしましたか?」
「ふ~ん、ねえサーラ。その処理私に任せてもらえない?」
「えっ?」
クレハお嬢様の口から飛び出したのは予想外の一言だった。
「魔物の死体の処理を、ですか? それは構いませんが大丈夫ですか? きちんと処理しないとアンデッド化したりしてしまいますが……」
「大丈夫よ。要は死体が残らないようにすればいいのよね――」
そう言うと、私が集めたグレイウルフの死体の前に人型を降ろすクレハお嬢様。
「ちょうど良かったわ、魔物にも通じるかどうか試したいと思ってたのよ。さあ、試作一号機の性能テストね!」
するとクレハお嬢様は、人型の肩からふわりと飛び降りて少し距離を取る。
私も護衛と見物を兼ねてクレハお嬢様の隣に並ぶ。お嬢様は何やら、手元にある光る板のようなものを弄っていた。
「お嬢様、一体何を?」
「あのゴーレムを操作してるのよ。これからちょっとグレイウルフの死体を燃やすから熱くなるけど、注意してちょうだい」
「は? ゴーレム? 燃やす? 一体どういう――」
私の疑問に答えることなく、ゴーレムと呼んだあの人型に光る板を使って命令を出したようだった。
そしてゴーレムの口が開くと中に青白い光が生じる。その光が一際強く光ったと思った瞬間だった。ゴーレムの口から凄まじい熱量を持った閃光が放たれた。
僅か数秒の出来事であった。にも拘らず閃光が通り過ぎた後には、グレイウルフの死体は跡形も無く消滅して無くなっていた。
「は……?」
私は目の前の光景が中々理解できずに、そんな情けない声が口から洩れる。
「ふむ、やっぱり威力の調節が出来ないわね。こんな風に使う分にはいいけれど、素材ごと全部を燃やしちゃうんじゃちょっと使い難いかしら? それに魔力の消費も大きいし、そんなに頻繁には使えない。使いどころは限られるというか、使い難いわね」
「お、お嬢様……? 今のドラゴンのブレスのようなものは何なのですか……?」
「もちろんブレスじゃないわよ? ああでも、ブレスの仕組みを知らないから完全に違うとも言えないかもしれないけど。で、あのゴーレムに仕込んだのは本で読んだ火魔法の術式ね。まあちょっと手を加えて、高温と圧縮化はしたけれど。でも突貫で作ったからまだまだ改善点は多いわね」
「で、ではアレはお嬢様がお作りになったのでしょうか?」
「そうよ。領地の防衛戦力の手助けにならないかと思って」
なるほど……アレはガチャガチャのアイテムではなく、お嬢様がお作りになったと……
どうして急にあんなのが作れるようになっているんですか!? というか私が留守にしていた、たった数日のうちにどうしてあんなものが完成しているんですか!?
もうお嬢様がトンデモなさ過ぎて怖い!? でもあんなを平然と作ってしまうクレハお嬢様はやっぱり凄い!?
もはや自分でも何を言っているのか分からなくなってきましたが、それよりも今は――
「ところでお嬢様」
「何かしら?」
「お屋敷を離れてここにいることは――もちろん旦那様や奥様も把握なさっているんですよね?」
「……」
そう問われると、すうっと目を逸らすクレハお嬢様。
なるほど、それを見ただけで無断でここに来ていることが理解できる。
「では、さっさと帰りましょう。この無断外出についてもきちんと報告しなければいけませんので」
「ひ、一人じゃないわよ!? ちゃんとサーラの姿が見えたから来たんだし!? そ、それにナノだって一緒なのよ!?」
「ナノ……?」
「ええ、そうよ! ほら!」
するとクレハお嬢様のスカートの裾から、無色のスライムが転がり出てきた。
「スライム! お嬢様危険ですから離れて下さい!」
「ああ、大丈夫よ。コイツはあたしの従魔だから」
「従魔、ですか……?」
「ええ、ガチャガチャの新しい機能なの。サーラにも後で説明するわね」
「なるほど<ガチャガチャ>関連でしたか」
であれば、突然従魔が出来たとしても納得――出来る、かもしれない。
「それより、サーラの方はちゃんと例の素材は集まったんでしょうね? まああなたのことだから心配はしていないけれど」
「もちろん、きちんと全て集めて参りました。ついでに少し珍しい魔物もいましたので、そちらの素材もお嬢様へのお土産として持ち帰って来てますよ。後でお見せしますね」
「本当!? ありがとうサーラ! それじゃあ一緒に帰りましょう!」
きっと帰ったら怒られることになるのでしょうが、既にそのことは頭から消えてしまったようですね。
まあクレハお嬢様らしいと言えばらしいですが。
さて、私も報告したいことが色々ありますが、聞きたいことも色々出てきましたね。
ここ数日で何があったのか、後程ジックリと聞かせていただきましょう。
ええ、ジックリと、ね?




