増える楽しみと怠け者
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さて、これで当初の目的だったあたしの従魔契約は済んだわね。
しかしまだ召喚石は余りに余っている。初回特典で十回回せたのは良いんだけど、それが従魔となってくるとちょっと多く感じるわね。アイテムだったら、効果を確認して後は無限ポシェットの肥やしにするんだけど……
「残った召喚石はどうしようかしら? お父様には何体かと契約して貰うとして……それでも余りそうなのよね。ねえお父様、いっそのこと残りの八体全員を契約する?」
「う~ん、さすがにそれは遠慮したいかな。僕も従魔を持ったことが無いから、いきなり沢山の従魔と契約するのは怖いし。まずは一体か二体ぐらいと契約して様子をみたいな。セレナはどうだい? まだドッグ系とかウルフ系とか君が気に入りそうな従魔もいるよ?」
「私も今はエルザだけで十分ね。その内余裕が出来たら増やすかもしれないけど、取り合えず今は遠慮するわ」
むぅ……そうなると、今消費出来そうなのは召喚石二個かそこらって感じか……
そうすると少なくとも五個以上は余るのよね。
まあ別に後に取っておくのでもいいんだけれどね? お父様もお母様もいずれは増やしていこうって考えてるみたいだし。
でも、こう……お預けをくらった気分というか。召喚される存在の正体がとても――すっごく気になるというか。
「後で使用人たちにでも契約して貰おうかしら? サーラには護衛戦力増強の名目で少し多めに契約して貰うとか――」
「クレハ? どうかしたのかい?」
「――いいえ、何でもないわ。じゃあ一先ずお父様は残りの召喚石から二つ選んで召喚してみてちょうだい。あたしももう少し気楽に呼び出せる従魔ともう一体ぐらい契約しておくわ」
「そうだね、確かにタウロ様はそう気軽に呼び出せる存在じゃないからね。それじゃあ僕は――この二つにしてみようかな」
そう言ってお父様が持っていったのは、鳥が描かれたバード系の召喚石と、狼が描かれたウルフ系の召喚石だった。
「ちなみにその二つを選んだ理由は何かあるの?」
「もちろんだよ。主な目的としては連絡手段を担ってくれる従魔が欲しいと思っていたんだ。バード系は言わずもがなだし、ウルフ系の魔物には足が速いのが多いからね。馬を走らせるよりも、こちらの意思を理解できるウルフ系の従魔の方が効率がいいと思ったんだ」
なるほど。てっきり領地の防衛戦力としてドラゴン系の召喚石とかを使うかと思ってたけど、案外無難なところにいったわね。
それにバード系もウルフ系も、従魔として契約されることが多い種類だ。そういう意味では、一番安定して使うことが出来そうな二種とも言える。
「クレハが先に召喚するかい?」
「あたしはもう少し選びたいから、お父様が先でいいわよ」
「それじゃあお言葉に甘えて、召喚させてもらうね!」
なんか普段よりもお父様のテンションが高い気がする。
なんだかんだ一歩引いたような立場で見ていたけど、意外と従魔召喚に興奮しているのかもしれない。自分で言っていた通りお父様も従魔は持ったことが無いようだったからね。
あたしもさっきは、どんな存在が出てくるのかというワクワクと、初めての召喚の緊張が自分で想像していたよりもあったもの。
じゃあ、お父様が召喚に専念している間にあたしももう一体契約する従魔を選んでしまいましょうか。
まず、やっぱり条件としてはタウロよりも気軽に呼び出せること。
その点では残りのどれを選んでも大丈夫だとは思う。もう一つの人型に関しては思う所があるので、それは始めに除外しておく。
すると現状で残っているのは、ドッグ系、ラビット系、スライム系、インセクト系、ドラゴン系の五種類の召喚石になる。
そうねえ……やっぱりドラゴン系は除外かしら? ドラゴンってことは基本的に身体はかなり大きいはず。力に関しては申し分ないかもしれないけど、逆にちょっと強すぎて自分が巻き込まれかねないのは、ちょっとね。
ああでも、素材という面で見ればドラゴンってすごい有用なのよね~……
もし従魔になったらあれやこれや融通してくれないかしら?
だ、ダメよ! 初心を忘れちゃいけないわ! あくまで今回欲しいのは気軽に呼び出せる存在なのよ!
ドラゴンと契約したとしても、街中とかでおいそれと呼び出せないわ。
そうすると、残った四種類なんだけど……問題になるのが大きさね。
魔物の中には信じられないぐらい巨大な種や個体だって存在する。まさかそういうのが当たるとは思えないけど、これまでを踏まえると万が一ということもある。
まかり間違ってもそんなのが現れないのを選ばなくちゃいけない。
そう考えれば、必然と召喚すべきなのは決まってくるわね。
よしっ、これにしましょう!
「じゃあ、これからよろしく頼むよ! 『クロ』、『ヨル』!」
あたしが召喚石を選んでいる間に、お父様は自分の従魔契約を終わらせていたようだ。
その傍らには、真っ黒な毛並みの狼がいる。そして肩には、茶色に所々グレーが混じった梟が止まっていた。
どうやら無事に二体ともに契約を結ぶことが出来たらしい。
「お父様、無事に終わったみたいね」
「クレハ、二人ともとってもいい子だったからね。何事も無く終わったよ。ちゃんと紹介するね――」
そう言うとまず、黒い狼の方を前に出す。
「この子が『クロ』。種族は『影狼』といって、影から影に移動できる影移動っていう特殊な魔法が使えるんだ。しかもクロはかなりそれが得意な方らしくて、かなりの距離を影移動できるんだよ」
「ほほう、影移動……特殊な魔法……」
続けて、肩に乗っていた梟を前に出す。
「こっちの子が『ヨル』。『夜梟』という種族で、とっても夜目が効くんだよ。だから日中だろうと夜だろうと構わず飛ぶことが出来る優秀な子なんだ。あと、ヨルの目は力は弱いけど魔眼のような力を持っていて、なんと壁の向こうとかを透視することが出来るんだ!」
「なるほど、透視ねぇ……」
どちらもお父様が望んだ通り、伝令役としては非常に役に立ちそうね。
意外にもお父様の引きが強くて驚いたわ。
それにしても……影移動の特殊な魔法に、透視が出来る魔眼ね……
「――とっても素敵な従魔ね! 羨ましいわ!」
「そう思うかい? 僕も最初は従魔を持つのに不安だったんだけど、こうして契約してみると案外いいものなんだよ! ほら、この子は僕の娘のクレハだよ。仲良くしてくれると嬉しいな」
「ええ、あたしもあなた達とは仲良くしたいわ――これからよろしくね?」
うんうん、是非とも仲良く二人の魔法と魔眼について調べてみたいわ。
あら、どうしてそんなに怯えたような目を向けられるのかしら? まだ何もしてないじゃない。
……手を伸ばしただけで、二匹ともお父様の影に隠れてしまった。
「あ、あれ? もしかして案外人見知りだったのかな?」
「……そうかもしれないわね。お父様、もしよければ今度二匹と一緒に遊んでもいいかしら? もうちょっと仲を深めたいと思うの」
「そういうことならもちろんいいよ!」
何やら二匹とも全力で頭を横に振っているけれど……ふふ、もう無駄よ。
お父様には許可をもらったもの。いずれ一緒に仲良く研究でもしましょうね?
「それで、クレハの方はもう決まったのかい?」
「ええ、あたしはスライム系にしてみるわ」
「なるほど、確かにスライムはいいかもしれないね。目立たずに服の中とかに潜ませることも出来るし、いざという時は縄や手錠を溶かして脱出の手助けにもなる。さすがクレハだね、よく考えました」
そう言って頭を撫でてくるお父様。
まあ確かにそういうのも考慮してスライムを選んだ部分もあるけど――
「子ども扱いは止めてちょうだい! 全くもう……」
取り合えず、これ以上時間を掛けてしまうとお昼になってしまう。
さっさと召喚することにしましょう。
そうしてタウロの時と同じように、召喚石に魔力を込めてスライム系の魔物を召喚する。
案の定というか、結界の中に現れたのはやっぱりスライムだった。
ただ少しだけ違和感があったのは、本来青とか緑とかに色づいているはずの身体が無色透明だったこと。
一瞬、召喚されたことが分からなかったぐらいに向こう側が透けて見えていた。
「おお、これは珍しいねえ」
「本当ね。『無垢なスライム』なんて、滅多に見かけないもの。本当に透き通ってるのね~」
お父様とお母様は目を丸くして、結界の中にいるスライムを見ていた。
ああ、なるほど無垢なスライムだったのか。図鑑とかだと、透明度とかは表現出来てなかったから実際に見るとこんな感じなのね。
「ということは、この子って生まれたばかりってことよね? この召喚石ってそんな魔物まで対象にしているの?」
「いえ、一概にそうとも言い切れないわね。生まれたてにしては内包してる魔力が多いのよ。ひょっとすると、生まれてから何も食べないまま成長したんじゃないかしら? 本当に稀にだけどいるのよね。そんな個体が。私は一度だけ見たことがあるけど、バルドはどう?」
「僕は話に聞いただけで、見たことはないね。うん、確かにセレナの言った通り持ってる魔力量がかなり多いね。これで生まれたばかりって言うのは無さそうかな」
「で、でも生まれてから何も食べないって……そんなことあり得るの?」
「正確には何も食べないんじゃなくて、物を食べないって言った方がいいかな? そういう個体は物じゃなくて、周囲に漂っている魔素を食べてるんだよ。本来なら食べた物によって性質を変えるんだけど、魔素だけを食べ続けたから生まれた頃と同じ無垢な状態のまま成長するんだ」
「へぇ~……そんな性質もあるのね……」
そうしていると、結界の中のスライムと繋がった感覚があった。
スライムと意思疎通出来るか心配だったので、一言声をかけてみる。
「スライムさん、あたしの声は聞こえてるかしら?」
『……うん』
良かった、お互いに意思は通じてるみたいね。
「今日はあなたと従魔契約をしたいと思って召喚させてもらったの。あたしはクレハ・カートゥーンよ。あなたは?」
『……めんどくさい』
「はい……?」
『……めんどくさい』
ものすごくやる気の無い気怠そうな声でそんな風に返って来た。
「じゃあ従魔契約にはあまり乗り気じゃないってこと?」
『……ダラダラしたい』
「ちなみにあなたのいうダラダラってどんなこと?」
『……ご飯いがい、ずっと寝てたい』
あ、ダメだわこれ。
完全に言ってることがダメ人間のそれだもの。駄目スライム?
スライムとしてはそれが普通なのかもしれないけど、このスライムと契約したところで役立ちそうには思えない。
「そう、じゃあ諦めるわ。突然呼び出してごめんなさいね。今元居た場所に帰すか『……まって』――」
そうして、召喚石を地面に叩きつけようとした時だった。
突然駄目スライムから静止の声がかかった。
「どうかしたの?」
『……美味しそうな匂いがする』
「美味しそうな、匂い?」
何のことかしら……?
……ああ、もしかして昼食の準備をしてる匂いのこと?
「多分、家の料理人が昼食を作ってる匂いだと思うわ」
『……人間の料理、おいしい。三食食べさせてくれたら、契約する』
「いや、別にいいから『三食食べさせてくれたら、ちゃんと仕事する。お願い?』……ちゃんと仕事するの?」
『する。だからご飯ちょうだい』
……――
「……分かったわ。その代わりサボったりしたらすぐに契約破棄するからね!」
『……おーけー」
まあ、お試し採用ってことでいいか。いざという時はコイツは首にして、タウロに頼ればいいし。
そんな訳で、あたしは新しい従魔として無垢なスライムの『ナノ』と契約を結んだ。
名前に関しては怠け者の先頭と最後の文字を取った。全くもってこのスライムにはピッタリの名前だと思ったわ。
そうして、午前中の大きなイベントだった従魔召喚会は終了した。
残った召喚石はあたしが保管して、必要に応じてお父様やお母様に渡すことになった。
帰って来たらサーラにはドラゴン系辺りと契約してもらって、素材を回収できるようにして貰おう。
そこに関してはまだ諦めてないのよ? もちろんお父様の二匹の従魔のこともね?
その時、背筋に悪寒を感じたメイドと、影狼と夜梟がいたとかいなかったとか。
ちょこっと魔物解説コーナー
・影狼 Bランク
群れでは行動せず、基本的に言葉通りの一匹狼。影移動を用いて相手に死角に移動して、急所を狙う《暗殺者》として恐れられている魔物。ただし必要が無ければ襲い掛かったりはせず、こちらから手を出さないか腹が減っていなければ攻撃はされない。意外と温厚な一面も持っている。
・夜梟 Cランク
戦闘力という面ではさほど高くない。しかし戦場が夜となると、牙を剥き始める。例え光が一切ないような暗闇でも相手の位置を完全に把握し、一方的に襲撃される。透視の力を持つが、その力は弱く壁一枚程度しか見通すことが出来ない。さらに射程距離にも制限があり、手近にある障害物にしか使えない。日中は普通の梟と変わらない程度の力しかないので、夜に出会った時は警戒すべし。
・スライム
食べたものによって身体の性質を変化させる特殊な生体を持った魔物。有名なのが水辺に生まれ、水を取り込み続けた青スライムや、野草を食べ続けた緑スライムなど。クレハが契約した個体はスライムの中でも極度の面倒臭がりであり、すべてのスライムがああではない。スライムへの風評被害みがいな存在なので、そこのところは勘違いしないように。勘違いしないように!




