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09 アルデラVS公爵①

 黒いモヤをたどって行くと、ある部屋の前にたどり着いた。


(ここね)


 扉の隙間から黒いモヤがドンドンと漏れ出ている。アルデラはノックもせずにいきなり扉を開け放った。


 とたんに、ブワッと黒いモヤが噴き出す。


「うっぷ!?」


 さすがに気分が悪くなっていると、ブラッドが前に出た。ポケットに入っているネックレスのおかげで黒いモヤがブラッドを避けている。


 ブラッドの後ろから見た部屋の中は、部屋中に黒いモヤが漂い、天井や床には複数の黒い手のようなものがうごめいていた。


(安っぽいホラー映画みたい)


 不思議と怖いという感情は湧かない。正体がわからないものは怖いけど、アルデラは黒いモヤの正体も対処法も知っているので、恐怖の対象にならない。


(こんな状態を、そのままにしておくなんて……公爵は何を考えているのかしら? まさか『この黒いモヤが見えていない』なんてことは無いでしょうに)


 この黒いモヤは、人間の負の感情でできている。その中でも、どす黒いモヤは他人からの憎悪だ。だから、人に恨まれれば恨まれるほど、身の回りにまとわりついてくる。そして、この黒いモヤを祓う一番てっとり早い方法は、『人に感謝されること』だった。


(ようするに、戦場で千人の兵士を殺しても、その結果、自国の数十万人の民を守ったのなら、その人物の周りには黒いモヤは現れないってことなのよね)


 アルデラは改めて公爵の書斎を見た。黒いモヤが暗雲のように広がっている。


(いったい何をしたらこんなにも人から恨まれるの? お金があるんだから、寄付の一つでもすれば、この黒いモヤも薄れるのに)


 黒いモヤのその奥には、書斎机に肘をついている中年の男がいた。とても身なりが良く、夫人と同じように彼の周りだけ黒いモヤが避けている。


(コイツが公爵……アルデラの父親ね)


 公爵は立ち上がると、こちらに蔑むような視線を送った。鋭い目をした冷酷そうな男だった。


「衛兵は何をしている? まったく無能な奴らだ」


 吐き捨てるようにそんなことを言う。


 アルデラは微笑みを浮かべながら書斎に入り、公爵に近づいた。側にブラッドがいるおかげで、黒いモヤが左右に避けて行く。


「お久しぶりです。お父様」


 嫌がらせのためにわざとそう言った。とたんに公爵の目が釣り上がる。


「汚らわしい! 今すぐ出て行け!」


 怒りに任せて机の上にあった本をアルデラに投げつけて来た。本はアルデラに当たることなく、素早くブラッドが受け止める。


(想像通りのクズっぷりね)


 ここまで来ると、むしろ楽しくなって来る。目の前のクズをどう痛めつけてやろうかとワクワクした。


(私、悪女の素質があるわ)


 新しい自分を発見しながら、アルデラはバスケットの中からビンを取りだし、貯めておいた黒髪を全て床にバラまいた。


「これから、公爵が一番、恐れていることを起こして」


わざと声に出してそう願う。そのとたんに、床に散らばった黒髪が黒い炎に包まれた。


「なっ、に!?」


 公爵は「貴様……まさか、黒魔術が使えるのか!?」と青ざめた。


「まぁ、私も公爵家の血が流れているので」


 アルデラが淡々と答えると、公爵は「ウソだ!」と叫んだ。


「はぁ? 私の存在を認めたくないのはわかるけど――」


 公爵はアルデラの言葉をさえぎり、勢い良く書斎机の引き出しを開けた。


「黒魔術は、必ず十五歳に発現するのだ! それ以前でも、それ以降でも黒魔術に身体が耐えられない!」


 そう叫びながら、引き出しから魔法陣のような円が書かれた紙を取りだした。


「貴様は黒魔術の素質は持っていたが、黒魔術は使えなかった!」


 アルデラは、「なるほど、アルデラが十六歳になって黒魔術が使えないとわかったから伯爵家に押し付けたってこと?」と首をひねった。


(おかしいわね? 黒魔術で、公爵の一番恐れていることが起こるように願ったのに何も起こらないわ)


 代償の黒髪は黒い炎に包まれた。黒い炎は、黒魔術が成功した証しだ。


 公爵は高笑いをすると「どうやら、こけおどしだったようだな! 本当の黒魔術を貴様に見せてやろう」と魔法陣がかかれた紙を投げ捨て部屋にバラまいた。


(何?)


 バラまかれた紙からは、ほんの僅かな魔力を感じる。公爵は何かブツブツと呪文のようなものを唱えた後に「その女を殺せ!」と叫んだ。


 バラまかれた魔法陣がわずかに白く光ったけど、何も起こらず光が消えていく。アルデラは床に落ちていた紙を一枚拾った。


「何これ? 黒魔術じゃないわ」


 確かに呪いか何かを発動させる魔法陣のようだけど、本物の黒魔術の足元にも及ばない影響力だ。その証拠に、アルデラがかけた「公爵が一番、恐れていることを起こして」という術に敗れて発動しなかった。


「なん、だと!?」


 驚愕している公爵を見て、アルデラは『ああ、今のこの状況こそが、公爵が一番恐れていたことなのね』と納得した。


(公爵は、私に『黒魔術で負けること』を恐れている。だったらもっと見せてあげなくっちゃね)


アルデラがバスケットからハサミを取りだし、自分の黒髪を切ろうとすると、ブラッドがその手を止めた。


「髪がいるのですか?」


「ええ、そうよ」


「誰の髪でもかまいませんか?」


「そうね、誰のでもかまわないわ」


それを聞いたブラッドは一つにくくっていた緑の髪を、自分の剣で根元からザックリと切り落とした。


「え?」


 驚くアルデラに、ブラッドは輝く笑みを浮かべながら、切り落とした緑色の髪束を手渡した。


「アルデラ様。どうぞ、これをお使いください」


(ちょっ、怖い怖い!)


 公爵に向けられる殺意より、味方のブラッドの謎の忠誠心のほうが百倍怖い。


「あ、ありがと」


 ぎこちなくお礼を伝えると「お役にたてて光栄です」と、短髪になってしまった頭を下げた。


(ま、まぁ、こんなにたくさんは、いらなかったんだけどね……)


 その言葉をアルデラはそっと飲み込み、髪束から少しだけ髪を引き抜いた。そして、公爵に意地悪く微笑みかける。


「貴方のは、どうやら黒魔術ごっこのようね。私が本物の黒魔術を見せてあげる」


 ブラッドの髪を代償として、アルデラは『黒いモヤの実体化』を願った。


 緑髪が黒い炎に包まれたとたんに、公爵が「うわぁああ!? なんだこの黒いものは!?」と叫んだ。そして、初めて見たように部屋中を見渡している。


「ウソでしょ? これすら見えていなかったの?」


 黒いモヤから人の形をした物体がうめきながら、どんどんと湧き出てくるけど、公爵には近づけない。おびえる公爵の胸元で、琥珀色のブローチが輝いていた。


(あのブローチのせいで、黒いモヤが近づけないのね)


 アルデラが「ブラッド、公爵の胸元についているブローチを奪える?」と尋ねると、ブラッドは「はい」と返事をして、素早く公爵と距離を縮めた。そして、息をつく間もなく、公爵のブローチを引っつかみ、ブローチの付いている公爵の服を剣で切り裂いた。


 そのあまりの大胆な行動に、ブローチを奪われた公爵はもちろんのこと、命令したはずのアルデラもポカンと口を開けた。


 ブラッドは琥珀色のブローチを片手に、アルデラの側に戻って来る。


「どうぞ、アルデラ様」


 ブラッドにブローチを渡されて、アルデラは我に返った。


「あ、ありがとう」


 受け取ったブローチは、手のひらほどある大きなもので、太陽の形を銀細工で作ったものだった。太陽の中心には、透き通った琥珀色の石が嵌められ、その中には、公爵家の蛇の紋章が刻まれている。ちなみに、ブローチの裏側には、ブラッドが切り取った公爵の服の切れ端がついていた。


(……この石からすごい力を感じる)


 よくわからないけど、強力な魔道具のような気がする。

※長くなったので、中途半端ですが次回に続きます。

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