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07 公爵家で隠されていた無残な事件

 なぜかキラキラした瞳で見つめてくるブラッドから視線をそらすと、「これはいったい何の騒ぎ?」と言う声が辺りに響いた。


 見ると階段の上で、真っ赤なドレスを着た年配女性が、背後にメイドを三人も引き連れて、こちらを見下ろしている。


 床に倒れている執事っぽい人が「お、奥様」と呟いた。


(ああ、この人がアルデラの母親か)


 アルデラは遠目で何回か見たことがある程度だったので、顔も知らずいつも派手なドレスを着ているくらいの情報しかなかった。夫人が階段を下りてくると、香水の臭いが辺りに漂う。


(う、強烈な臭い)


思わず顔をしかめると、夫人は背後のメイドに「衛兵を呼びなさい」と、きつい口調で指示を出す。


(それは面倒ね)


アルデラが「ブラッド」と声をかけると、ブラッドは「はっ!」と小さく一礼してから、衛兵を呼ぼうと駆けだしたメイドの腕をつかんだ。


「ひっ!」


 おびえるメイドに「暴れなければ何もしない」とブラッドは淡々と告げる。


 アルデラが「お久しぶりです」と言いながら、黒髪をかきあげると、夫人は目を大きく見開いた。


「その汚らわしい黒髪、その薄汚い黒い目は……まさか……」


(この女、実の娘にすごいこと言うわね。ここにいるのが転生者の私で良かったわ)


夫人はおぞましいものを見るような目をこちらに向けた。


(ふーん? これはこれは)


 夫人の周りには、どす黒いモヤが見えている。それは、ブラッドのような疲労からくるものではなく、他者からの強烈な恨みや憎しみからできていた。


(こんなのに囲まれて、どうして平気なのかしら? この女は公爵家に嫁入りしただけだから、黒魔術は使えないはず……)


 どす黒いモヤは夫人にふれることができず、その周りをフワフワと漂っている。夫人が身につけるゴージャスなネックレスが黒いモヤを遠ざけているように見えた。


(これは、あの宝石のおかげのようね? 黒魔術が代々伝わる家系だから、黒魔術を防いだり、怨念を弾いたりするアイテムを持っていてもおかしくはないか)


 黒いモヤを観察していると、不思議なことに執事っぽい人を取り囲む黒いモヤが少しずつ夫人へと流れて行く。


(ん? これってもしかして、実行犯より主犯の方が、罪が重いってことかしら?)


 この世界では、どうやら主に逆らえないという主従関係においては、罪は主が背負うものらしい。


(なるほどね。じゃあ、この女にも、アルデラを虐げた罪を償ってもらいますか!)


 アルデラはバスケットからビンを取りだすとフタを開け、爪を床にぶちまけた。


「な、何を!?」


 たじろぐ夫人にニッコリと微笑みかける。


「あの女を取り巻く憎悪を実体化して」


 そう願うと床に散らばった爪が黒い炎に包まれた。夫人の背後に控えていたメイド達の間で悲鳴が上がる。


 ズッズズッと何かを引きずるような嫌な音がしたかと思うと、爪が燃えた箇所から黒いモヤに包まれたメイド数人が現れた。彼女達は頭をカクカクと動かしながら、身体を引きずるように夫人に近づいていく。その様子は、まるでゾンビ映画のようだ。


 夫人の後ろにいたメイドの一人が「ベッタ!?」と叫んだ。

メイドは「あ、貴女、田舎に帰ったはずじゃ!?」と、とても驚いている。


 アルデラが「その人、死んでるわよ。しかも、夫人にものすごく恨みがあるみたい」と言うと、メイド達は青ざめて夫人を見た。


 ゾンビメイド達は『い、イタい』やら『クルしい』とつぶやきながらフラフラと夫人に近づいていく。


(この女、メイドを何人か手にかけているわね。とんでもない殺人犯だわ)


 夫人はキッとアルデラを睨みつけてきた。


「こんな子ども騙しで、私がおびえるとでも?」


 そう言うと、彼女が身につける宝石達がキラリと光る。


「なるほどね」


 仕方がないので、もう一つのビンを開けて、貯めていた黒髪を少し取りだした。そして、夫人を守る宝石達に「それ、守る価値があるの?」と問いかける。


 手の中の黒髪が黒い炎に包まれたとたん、夫人に仕えているはずのメイドの一人が夫人に飛びかかり、夫人の髪をひっぱりネックレスを引きちぎった。


「ベッタを、こ、殺したのね!? 私の親友、ベッタを!」


 メイドは泣きながら夫人につかみかかっている。


「や、やめなさい! い、いたっ!?」


 夫人が残りのメイド達に「何をしているの!? 早くこの無礼なメイドを取り押さえなさい!」と叫んだが、メイド達は冷たい視線を返すだけだった。


 メイドに突き倒された夫人の上に、ゾンビメイド達が覆いかぶさって行く。


「あ、あぁああっ!?」


 夫人の絶叫が辺りに響いた。


「あらあら、貴女の魂が想像以上に汚くて恨まれているから、この程度で簡単に奪えちゃうみたい」


 床に倒れてゾンビメイド達に押しつぶされている夫人は必死に右手を伸ばした。


「た、助けて!」


 アルデラは夫人を無視して、ゾンビメイド達に話しかけた。


「どうしたい?」


 ゾンビメイド達は、ゆっくりと首を振る。


『タスケテ、ない』

『たくさん、タスケテ、いった』

『タスケテ、くれなかった』


 夫人に命乞いをしながら死んでいった彼女達を思うと、ふいに涙が滲んだ。必死に涙を引っ込めると、アルデラは床に這いつくばる夫人を見下ろし優雅に微笑む。


「だ、そうよ?」


「あ、ああっ。こ、殺すべきだった! バケモノのお前を、産んだ瞬間、すぐに!」


「本当にそうね。どうして殺さなかったの?」


 ふと、アルデラが処刑される瞬間に黒魔術が発動したことを思い出す。


「もしかして、殺せなかった?」


「そうよ! このバケモノ!」


 アルデラの中に眠っていた黒魔術は、ずっと静かにアルデラを守っていたようだ。


「なるほどね。でも私より、貴女の方がずっとバケモノに見えるわ。このどす黒いモヤがその証拠」


 全身がどす黒いモヤに包まれ、夫人は絶望の表情を浮かべた。そして、ゾンビメイド達と共に黒いモヤの中へと沈んでいく。


 沈んでいくゾンビメイド達にアルデラが「恨みを晴らしたら、そんな犯罪者のことは忘れて、貴女達は天国に行くのよ」と伝えると、ゾンビメイド達はコクリと子どものように頷いた。


 完全に夫人の姿が沈み切ると、辺りに静寂が訪れた。

 ガヤガヤと入り口のほうが騒がしくなり、衛兵たちが駆け付ける。


「これはいったい何の騒ぎです!?」


 未だに床に倒れている執事っぽい人を衛兵が抱き起した。執事っぽい人が何かを言う前に、夫人に仕えていたメイド達が口を開く。その中には、ブラッドに手をつかまれていたメイドも含まれていた。


「お静かに!」

「大切なお客様がお越しです!」

「ご無礼のないように!」


 そう言うと三人のメイドは、アルデラにうやうやしく頭を下げた。


 衛兵たちも、「それは失礼いたしました」と返し、慌てて頭を下げた。執事っぽい人だけが何かを言いたそうな顔をしている。


 メイド達が「どうぞ、お客様。こちらへ」と二階へ案内してくれた。その途中で、「ベッタのかたきをとってくださり、ありがとうございました」と涙を流しながらお礼を言われた。


 お礼を言ったメイドは遠慮がちに「あの、当家のご令嬢アルデラ様、ですよね?」と確認される。


「いいえ、私はレイヴンズ伯爵夫人のアルデラよ」


 アルデラはニッコリと微笑んだ。

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