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46 優しい日常

 琥珀宮で開かれた夜会から帰る馬車の中。


 アルデラはつい先ほどクリスに言われた言葉を思い出していた。


 ――君を愛しているんだ。アル、私と本当の夫婦になってほしい。


 どうしてクリスからそんな言葉が出てきたのかは未だにわからない。わからないけどアルデラは今の気持ちを素直にクリスに伝えた。


「さっきの返事だけど……。貴方のことは嫌いじゃないわ。助けてもらって本当に感謝している。実は貴方に憧れのような淡い恋心をいだいていたこともあるの。でも……今は違う」


「うん」


 クリスはいつも通り穏やかな笑みを浮かべている。


「今はそれどころじゃなくて……。私はやらなければならないことがあるの。どうしても、それをやりたいの」


 ノアの命を救うこと。今はそれ以外、考えることができない。


「だから、貴方の気持ちには応えられない」


「わかったよ。言ってくれてありがとう」


 馬車の中に沈黙がおりた。アルデラは心が痛いような申し訳ないような不思議な気持ちを味わっているとクリスが口を開いた。


「そんなに気にしなくていいんだよ。今まで通りにしてほしい」

「でも……」


「本当に気にしなくていいんだ。だって君のやりたいことがすべて終わったら、また告白するだけだから」


 驚いてクリスを見ると、ニッコリと微笑まれた。


「クリス……貴方って意外と神経が図太いのね」


「まぁこう見えて、いろいろと苦労をしてきたからね」


 クリスが冗談っぽくそう言ったので、どちらともなくクスクスと笑い出した。そのあとはたわいもない会話をした。クリスの商売の話やノアが赤ちゃんのころどれほど可愛かった、など。


 アルデラはふと、クリスと二人きりなのに気まずいとか、やりづらいと思っていない自分に気がついた。


 クリスと共に馬車から下りて伯爵邸に足を踏み入れたとたんに、アルデラは急激な眠気に襲われた。


(あ……そうか、黒魔術を使ったから……)


 黒魔術を使ったあと、必ず同じ場所の夢を見る。


*


 気がつくとアルデラは畳が敷かれた和室にいた。前の夢と同じようにその和室にはテレビが一台置かれている。そして、そのテレビを噛りつくように観ている黒髪の少女がいた。


「アルデラ?」


 黒髪の少女が振り返った。それは毎朝、鏡で見ている顔だった。


「やっぱり、貴女が本物のアルデラなのね……」


 こくんと頷いた少女は同じ年のはずなのに、どこか幼く見えた。本当のアルデラはテレビを指さしながら「ずっとここから見ていたよ。お姉さん、カッコイイね! すごいね!」と嬉しそうな顔をする。


 そして、「お姉さんなら……ノアを助けられるよね?」と心配そうな顔をした。


「助けるわ、必ず」


 本物のアルデラは、ホッと安堵のため息をつく。


「ねぇアルデラ」

「なぁに? お姉さん」


 黒曜石のように綺麗な瞳が不思議そうにこちらを見つめている。


「私は貴女も助けたいの。どうしたら、貴女はここから出てこれるの?」


「無理だよ。私の魂はもう消えちゃったから……」


「でも、貴女はここにいるわ。私が黒魔術を使うたびに貴女の存在がはっきりとしてくるような気がするの」


「それは……お姉さんがずっと私のことを気にしてくれるから……。お姉さんは黒魔術を使うたびに無意識に私のことを思ってくれているの。『助けたかった』って。その思いがあまりに強すぎて、黒魔術が少しずつお姉さんの無意識の願いも叶えてしまっている。これはとっても危険なことよ」


「どうして? 貴女が助かるならそれでいいじゃない」


 本物のアルデラは泣きそうな顔をした。


「だって、私を助けるための代償をお姉さんは払っていないもの。私の魂を助けるには、お姉さんの魂が必要になるのよ? それに、もし私の魂が復活しても同じ体に二つの魂は入れないわ」


「どちらかが消えないとダメってこと?」


 本物のアルデラは一生懸命首を振る。


「違うわ! 私はもういないの! だから、お姉さん、もう私を助けようとしないで。ここはとっても楽しいわ。私はここからお姉さんの活躍をずっと観ているから……」


 健気なアルデラを見ていると、涙があふれてきた。


「でも……ここには貴女しかいないじゃない。ここはとっても寂しいわ。アルデラ、私は貴女にも幸せになってほしいの」


「お姉さん……」


 本物のアルデラはこくんと頷いた。


「わかった。私もお姉さんに助けてもらって幸せになる。私も何か方法がないか考えてみる。だから、約束して。お姉さんは自分を犠牲にしないって。お姉さんも必ず幸せになるって」


「わかったわ。約束する。必ず貴女を助けて、私も幸せになるわ」

「そうそう!」


「「だって、時代劇では悪人は退治されて、善人は幸せにならないとね!」」


 二人の声がそろって微笑みを交わし合った。


*


 カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。伯爵家に着くなり倒れ込んだアルデラを誰かが自室のベッドまで運んでくれたらしい。


「待っていてね、アルデラ……必ず貴女も助けてみせる」


 アルデラは頬に流れる涙を手のひらでぬぐった。


 ブラッドから手紙が届いたのは、その三日後。


 手紙を手にしたアルデラは「早いわね……」と呟いた。予想通りノア殺しの犯人は再びキャロルに接触してきたようだ。そして、ラギー商会を名乗りクリスとの面会を求めている。


 ブラッドの説明によると、ラギー商会はかなり手広く商売をしている豪商らしい。


(なるほどね。巻き戻す前の過去では貴族に相手にされなくなったクリスを商会が援助したのね。商売で成功した平民が、没落したとはいえ伯爵のクリスに『貴族社会への足がかりがほしい』と言えば自然な流れだわ。それに、クリスが商売に成功した今でも、ラギー商会が成功している貴族にコンタクトを取るのはおかしいことではない)


 犯人はかなりやり手のようだ。そして、予想通り権力者なことは間違いない。


 アルデラは手紙の返事を書くためにペンを取った。


(犯人をノアがいる伯爵家に入れるわけにはいかない。どこか別の場所で会ったほうがいいわ。最悪、私が黒魔術を使って多少の被害が出ても問題がないところ……。琥珀宮ね)


 表向きはクリスとサラサは商売を通じて交流があることになっているから怪しまれることはない。会合の当日は琥珀宮の使用人達には、暇を出せば彼らが怪我をすることもないだろう。


(まぁサラサには、立ち会ってもらうけどね)


 彼女は白魔術師なので自分の身くらいは自分で守れるだろう。書いた手紙をメイドに手渡すと、キャロルとブラッドがいる子爵家に届けるように伝えた。


「会合の日までに、ノアを守るためにできる準備はすべてしておかないと……」


 アルデラは伯爵家の使用人達に「爪や髪を切ったら、捨てず集めてほしい」とお願いした。かなり気持ち悪いお願いな自覚はあったけど、みんな快く引き受けてくれた。


(本当に良い人達ね。えっと、あと私ができることは……)


 一人でブツブツ言いながら廊下を歩いていると「姉様!」と声をかけられた。アルデラが振り返るとノアが天使のような笑みを浮かべて手を振っている。その後ろには相変わらずセナの姿があった。


「おはよう、ノア。セナ」

「おはようございます、姉様」

「おはよう、アルデラ」


 ノアとセナから放たれる癒しオーラにアルデラはホッとした。ノアに「姉様、手を繋いで良いですか?」と聞かれたので「もちろん」と答える。


「え!? 姉様、ここ、怪我していますよ!?」


 ノアが指さしたその箇所は、キャロルを洗脳するために自分で指を噛んだときにできた傷だった。


「ああこれ、別にたいしたことない……」

「ダメです!」


 ノアが急に大きな声を出したのでアルデラは驚いた。


「姉様、傷口は消毒しましたか? 消毒しないと菌が入って膿むこともあるんですよ!?」


 そう言いながらノアがアルデラの指を両手で包み込んだ。ノアが祈るように目を瞑ると淡く白い光と共に怪我をしている指が温かくなる。


「これって……?」


「白魔術です。まだ簡単なことしかできませんが」


 ノアは恥じるように下を向いた。


「すごいわ、ノア! 白魔術なんて本当に選ばれた一部の人しか使えないのに!?」


 アルデラがノアをぎゅっと抱きしめて頭をヨシヨシとなでると、ノアはアルデラの腕の中で顔を赤く染める。


「す、すごいですか?」

「すごいわ!」


「あの、実は、ぼくお医者さんになるための勉強もしていて……」

「ええっそうなの!? ノアは可愛くて性格が良いだけじゃなくて、勉強や日々の努力までできるのね! すごすぎるわ!」


 ノアは「えへへ」と嬉しそうに笑っている。


「セナがぼくの先生になってくれたんです」


「そうだったの!? あ、でも言われてみれば、アルデラも子どものころにセナにいろいろ教えてもらっていたものね。セナって人に教える才能があるのね! セナもすごいわ!」


 興奮を抑えきれず話していると、セナは少しだけ瞳を細めて口端を上げた。

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