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44 かかっていなかった

(面倒ごとを自分で増やしてしまったわ……。でも、これ以外の解決方法が思いつかなかったのよね……)


 アルデラは従順になったキャロルを見てため息をついた


(魅了の効果が切れるのは、クリスを参考にするとだいたい一週間)


 アルデラは、ぼんやりしているキャロルの肩に手を置いた。


「今から私が言うことをしっかり聞くのよ?」

「はい、アルデラ様」


「貴女は一週間ごとにレイヴンズ伯爵家を訪ねてきなさい。そして、私に会うの」

「はい、アルデラ様」


 人形のような受け答えをするキャロルは、誰がどう見ても様子がおかしい。


(クリスのときは、こんな感じじゃなかったのに……。これじゃあ、怪しまれるわ。あ、そうだ!)


「キャロル、貴女はここで頭を打って気を失ったの。それをクリスと私が見つけた。もし誰かに『前と違う』とか『何があったの?』って聞かれたら『頭を打ったせいで、記憶が混乱している』と答えなさい」

「はい」


「だ、大丈夫かしら……?」


 アルデラは不安に思いながらも、とりあえずキャロルを連れてクリスとブラッドの元へ戻った。


 合流した後二人に『高位貴族が従者を使ってキャロルに接触してきたこと』と『キャロルが味方になったこと』そして、『黒幕の高位貴族を捕まえたいこと』を簡単に説明した。


 ブラッドが「その高位貴族は、キャロルを使ったらおびき出せますね」と言う。


「そうなの。本人がくるかはわからないけど、キャロルがクリスを紹介するならその場に関係者が現れるはず。とにかく、キャロルを見張っていると向こうから必ず接触してくるわ」


「その役目、私が引き受けます」

「お願いするわね。ブラッド」


 アルデラはキャロルを振り返った。


「キャロル、貴女はいつも通りに過ごして。そして、またさっきの従者に会ったらすぐにブラッドに報告するのよ」

「はい、アルデラ様」


 キャロルの機械的な反応を見たクリスに「もしかして、キャロルにも何かしたの?」と聞かれた。


「ちょっとね。まぁずっとこのままではないわ」

「ふーん……」


 クリスが小声で「もしかして、キャロルにもキスしたのかい?」と言ったので、アルデラはあきれた顔をした。


「していないわよ。キャロルはどこかの誰かと違って素直で従順だったから」

「じゃあ、もし今後、私以外に素直で従順じゃない人が出てきたらするかもってこと?」


「まぁ……できる限りやりたくないけど、可能性はゼロではないわね」


 なぜか急に不機嫌になったクリスを無視して、アルデラはブラッドに話しかけた。


「ブラッド、くれぐれも気をつけて」

「はい。必ず犯人との繋がりを見つけます」


 キャロルとブラッドの背中を見送ると、クリスは二人が去ったほうとは違う方向を見ていた。


「クリス?」


 名前を呼ぶとニッコリと微笑みかけられる。


「ねぇアル。今日はちょうど『一週間』の日だよ」


「……ああ、そうだったのね」


 クリスにかけている主従関係を強いる黒魔術は、一週間ごとにかけ直しが必要だった。だからその度にクリスとキスをするというおかしなことになっている。


「あれはもう必要ないわ。どうせ今日、サラサに解いてもらうつもりだったから……」


 話している途中なのに、クリスに優しく腰を引き寄せられた。驚いて顔を上げるとキスされる。


「!?」


 アルデラはクリスを力いっぱい突き放した。


「必要ないって言ったでしょう!?」


 クリスは「私には必要だったんだよ」と、少しも悪びれた様子がない。


(もう、本当にやりづらいわ。キャロルはあんなに従順になったのに……クリスはどうして? 早くサラサに会わないと……)


 早足でパーティー会場に戻る途中でコーギルに出会った。


「あ、コーギル。ちょうど良いところに! サラサに会いたいの」


 コーギルは「あー……えっと、サラサはアルデラ様の部屋に待たせています」と教えてくれた。


「そうなのね。私の部屋なら場所がわかるわ。ありがとう」


「どういたしまして」と答えたコーギルと視線が合わない。


「何か問題があったの?」

「……いえ」


「そう、じゃあ私は行くわね。クリスも一緒にきて」

「はいはい」


 さっきの不機嫌そうな顔がウソのようにクリスはニコニコと微笑んでいる。不思議に思いながらも二人で部屋に入ると、サラサが居心地悪そうに部屋の端っこに立っていた。


「サラサ」


「は、はい!」


 ビクッとふるえながら返事をしたサラサの前にクリスを立たせた。


「確か白魔術師は魔術の解除もできるわよね?」


 サラサが小さく頷いたのでアルデラは安堵した。


「良かったわ。じゃあ、この人にかかっている黒魔術を解いてほしいの」


「え?」


 サラサが驚いたので、アルデラは「できないの?」と慌てた。


「いえ、かかっていないの」

「……え?」


 今度はアルデラが驚く。


「その……その人は黒魔術にかかっていないわ。だから、解除はできません」


 サラサにハッキリと言い切られて、アルデラは固まった。


「クリスが……黒魔術に、かかっていない?」


 アルデラの頭の中で、小さな疑問が素早く組み立てられていく。確かにクリスは黒魔術にかかりにくかった。かかったあとも、すぐに解けそうになったり、言うことを聞かないこともあったりした。それに比べるとキャロルはまるで人形のようにすぐに従順になった。


「かかって……いない。そう……なのね、かかっていなかったのね!?」


 クリスの顔を見ると今までの出来事が思い出された。いきなりクリスの口に指を突っ込んだり、無理やりキスしたり。


「あ、ああ……」


 恥ずかしくて全身が燃えるように熱い。


「でも……だったら、どうして? どうしてクリスは今まで私の言う通りにしていたの?」


 クリスは微笑みを浮かべながら床に両膝をついた。そして、すがるようにアルデラの右手を握りしめた。それは前にアルデラが『クリスが壊れた』と思った時と同じ光景だった。


「アル、私は弱くて愚かな人間なんだ。大切な一人息子のノアを守ることすらできない。君に導いてもらわないと正しい道が歩めないんだ」


「そ、そう……。クリスはノアを助けたいから、私の言うことを聞いていたのね」


 アルデラが無理やり納得しようとすると、クリスはアルデラの手の甲にキスをした。


「君を愛しているんだ。アル、私と本当の夫婦になってほしい」


「……は? だって、貴方、私のことが嫌いよね? ブレスレットも受け取らなかったじゃない」


 クリスは少し顔を背けると「あれは、アルに『お兄様』と呼ばれて嫌な気持ちになってしまって……」と言いながら頬を赤く染めた。


「は? え? ちょっと待って。話がわからないわ」


 アルデラが混乱している横で、サラサが「わたくし、もう帰って良いかしら?」と居心地悪そうに呟いた。

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