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43 過去の伯爵家で起こった悲劇

 その日の琥珀宮は昼間のようにライトアップされ、多くの人であふれていた。琥珀宮に入るために馬車が何台も連なっている。


(中に入るには待つしかないのね)


 アルデラ達が乗っている馬車に誰かが近づいてきたかと思うと、御者に向かって何かを話しかけた。ほどなくして、馬車は列を抜け出し、別の入口へと案内される。


 その様子を見ていたクリスが「私達は特別待遇のようだね」と呟いた。そして、「王族や高位貴族を待たすわけにはいかないから、別の入り口を作ったり、時には時間をずらして招待したりするんだよ」と教えてくれる。


「なるほどね」


 クリスにエスコートされながら馬車から下りると、アルデラ達はすぐに琥珀宮の中へと招き入れられた。


 夜会が開かれている会場に入ると、遠くにサラサが見えた。真っ白なドレスに身を包んだサラサは招待客に笑顔を振りまいている。


 クリスが「まずは主催者に挨拶に行こうか」と言ったので、アルデラは大人しくついていった。


 サラサに近づくとサラサよりも早く、護衛として後ろに控えていたコーギルがこちらに気がついた。


(コーギル、ものすごく何か言いたそうな顔をしているわね……)


 ブラッドの姿が見えないので、まだ琥珀宮に戻ってきていないのかもしれない。


 サラサもこちらに気がついた。それまでの聖女のような笑顔が消え、見る見ると顔が青ざめていく。


 アルデラはサラサにニッコリと微笑みかけた。


「お久しぶりです。サラサ様」


「あ……アル」


 サラサは引きつった笑みを浮かべている。クリスが「今日はお招きくださり、ありがとうございます」とお礼を言うと「来てくれて嬉しいわ」と棒読みの言葉が返ってきた。


 サラサの周りには次から次へと招待客が来るので、アルデラはこそっとサラサの耳元で囁いた。


「サラサ様、あとからお時間をくださいませ」


 顔面蒼白で小さく頷いたサラサを残して、クリスと共にその場から離れた。


「あれは……」


 そう呟いたクリスの視線の先には、クリスの前妻の妹でノアの叔母のキャロルがいた。キャロルはこちらに気がつくと近づいてくる。


「アルデラ様。お会いできて嬉しいですわ。今ちょうど、貴女の話をしていたところなの」


 にこやかに微笑むキャロルの後ろで、数人の女性達が意味ありげな表情を浮かべている。


 キャロルが「クリスとアルデラ様って、とっても仲が良いのですよねぇ?」と言うと後ろの女性達がクスクスと笑う。


「アルデラ様は、言動がとても独特で可愛らしいとキャロル様から聞きましたわ」


 プッとキャロルが噴き出した。


(なるほど。キャロルは、あのぶりっこ演技を本当のアルデラだと思っているのね。それをバカにしてみんなに言いふらしたってこと? まだ懲りてないのね)


 クリスを見ると『どうする?』と言うように微笑みかけられた。アルデラは『もうぶりっこはしないわよ』という意味を込めて優雅に微笑み返す。


「皆様方、初めまして。アルデラと申します」


 キャロルが「え?」と驚いている。


「私の言動が独特……ですか? 田舎の公爵領で育ったせいでしょうか。お恥ずかしい限りですわ」


 キャロルの後ろの女性達が「あら」「まぁ」と視線を交わした。その中の一人が「ウワサは当てにならないわね。どなたかがアルデラ様のことを陥れようとでもしたのかしら?」とキャロルをにらみつけた。


 顔を赤くしたキャロルは「失礼します!」と乱暴に言い捨ててその場から去っていく。残された女性達は「キャロル様って、どうしていつもああなのかしら?」「本当に……」とあきれているようだ。


 アルデラは女性陣に「私達も失礼します」と微笑むとクリスと二人でキャロルのあとを追った。


 庭園に続く回廊の途中で、琥珀宮の騎士服を着ているブラッドが追いかけてきた。


「アルデラ様!」

「ブラッド!? 琥珀宮に戻っていたのね」

「はい」


 ブラッドはクリスに「少しアルデラ様を借りるぞ」と許可を取ったが、クリスは「ダメだよ」と笑顔で断った。


「クリス、今は冗談を言っている場合じゃ……まぁいい」


 ブラッドはアルデラに向き直ると報告を始めた。


「しばらくキャロルを見張っていたのですが、不審な交友関係はありませんでした。むしろ、親しい人すらいないといった感じですね」


「なるほどね……」


 先ほどの女性陣の口ぶりでは、キャロルはどうも嫌われているようだ。


(美人なのに、あの性格じゃあね……)


 アルデラは「こうなったらキャロル本人に聞くしかないわね」とため息をついた。


「私がキャロルを問い詰めるから、クリスとブラッドは人がこないように見張っていて」

「わかりました」

「わかったよ」


 キャロルを探して庭園の奥に行くと、暗がりでキャロルは誰かと話していた。話し相手の姿はこちらからは見えない。聞き耳を立てても会話の内容までは聞き取れない。


(仕方がないわね)


 アルデラは右耳のイヤリングを外した。魔道具であるイヤリングを黒魔術の代償として使おうと思った瞬間にキャロルは会話を終えてこちらに歩いてきた。


 バッタリと鉢合わせてしまった。キャロルが驚き悲鳴を上げようとしたので、アルデラは慌ててキャロルの口を手で塞ぐ。


 こちらに向けられた瞳は恐怖と憎悪に満ちている。


(これは、問い詰めるくらいじゃ話してくれそうもないわね)


 アルデラは右手に持っているイヤリングを代償に『キャロルが何を企んでいるのか教えて』と願った。


 パキッと手のひら上のイヤリングが割れたけど黒い炎は現れない。


(そっか、キャロルは黒いモヤに包まれていない一般人だからより多くの代償が必要なのね)


 もう片方のイヤリングとネックレスを追加で代償に捧げると、ようやく代償に捧げたアクセサリーが黒い炎に包まれた。


 キャロルの瞳がトロンとし表情から憎しみが消えた。アルデラがキャロルの顔の前で手を振ってもまったく反応がない。


「えっと、キャロル?」


 声をかけると「はい」と機械的な返事が返ってきた。


(これは……キャロルを無理やり洗脳したってことかしら?)


 魅了や洗脳系の黒魔術がややこしく大変なことはクリスの件で経験済みだ。


(どうりで代償が大きいと思ったわ)


 魔道具をすべて代償に捧げたとしても長時間の洗脳は無理だろう。アルデラはキャロルに率直な質問を始めた。


「貴女はどうして伯爵家にきたの?」

「クリスに……会いたくて」


「会ってどうしたかったの?」

「今度こそ、私を選んでほしかった」


「貴女は子爵家に嫁いでいるのよね?」

「そう。口下手で陰気な男。あんなの私に相応しい夫じゃない」


「クリスは相応しいの?」

「そうよ。お金を持っていたらの話だけどね」


「お金を持っていないクリスはいらないの?」

「……だって、貧乏だなんて私に相応しくないもの。昔のクリスは本当に素敵だったわ。だけどお姉様が嫁いだの。お姉様はいつもそう」


「いつも、何?」

「いつも私のほしいものを奪っていく。私と似た顔なのに皆お姉様だけを愛するの」


「姉が憎い?」

「憎いわ。死んでくれて清々した」


「ノアも憎い?」

「憎いわ。だって大嫌いなお姉様の子どもだもの」


「ノアを殺したいの?」


 少し黙り込んだキャロルは「わからないわ」と答えた。


「でも、貴女は殺したい」

「貴女って、私のこと?」


 キャロルは小さな子どものようにコクンと頷いた。


「殺してどうするの?」

「私がクリスと結婚するわ。今度は私がお姉様よりも貴女よりも幸せになるの」


 キャロルの言葉を聞いて、アルデラは『ここまでは予想通りね』と思った。


「今、誰と話していたの?」

「初めて会った知らない男。『自分は高位貴族の従者だ』って名乗っていたわ」


「何を話していたの?」

「協力しないかって言われたわ」


「具体的には?」

「私はクリスを手に入れたい。彼の主はノアを殺したい」


 アルデラは全身が粟立つのを感じた。ノアの殺害犯に近づけたことでかすかに手がふるえる。


「……どうしてノアを?」

「知らない」


「二人で何をするつもりなの?」

「彼の主は、資金援助を理由に伯爵家に恩を売って近づきたいんですって。それで、私に『クリスを紹介してほしい』って。クリスは長い間社交の場に出てこなかったから」


「でも、クリスは商売で成功して、もうお金に困っていないわよ? どうやって恩を売るの?」

「そう、ね……? でも別に今からでも遅くないって言っていたわ。お金はあって困るものではないし……?」


(何だか、ハッキリしないわね。きっと話しているキャロル自身が、よくわかっていないせいだわ)


 アルデラは気になっていたことを尋ねた。


「ねぇキャロル。私やノアを殺したら、クリスが貴女を愛してくれるって本当に思っているの?」


 キャロルは夢見るように少しだけ口の端を上げた。


「大丈夫よ。さっき魔法の薬を貰ったから」


 キャロルの手のひらには小さな小瓶があった。小瓶の中には透明な液体が入っている。


「これは?」

「これを飲ませるとクリスは私のものになるんだって」


「もしかして……その怪しい薬を本当にクリスに飲ませるつもりなの?」

「もちろんよ。少しずつお茶に混ぜて飲ませると良いらしいわ」


 キャロルの満足そうな顔を見て、アルデラの中で一つの謎が解けた。


 それは、消えてしまった本当のアルデラが時間を巻き戻す前のこと。無実の罪でアルデラが悪女に仕立てられ処刑されるとき、どういうわけか、クリスはアルデラを助けてくれなかった。


(今考えるとおかしいわ。クリスの性格だったら、たとえ私のことが嫌いだったとしても優しさと哀れみで助けてくれそうだもの。あのとき、助けてくれなかったんじゃないのね……。きっと過去のクリスはキャロルに薬を盛られて、アルデラを助けられる状態じゃなかったんだわ……)


 この薬がどういうものかは分からないが、人体や精神に悪い影響を与えることは確実だ。


(時間が巻き戻る前、キャロルとアルデラは出会っていない。そうなると、キャロルが資金援助をエサにクリスをどこかに呼び出していたのね。そのたびにクリスは薬を少しずつ盛られていったんだわ。過去のキャロルもお金のないクリスはいらないけど、資金援助を受けたお金のあるクリスはほしかったのね)


 アルデラはボーッとしているキャロルから薬の入った小瓶を取り上げた。


(そうなってくると、従者の主の本当の目的は『キャロルを使って、クリスをノアから引き離すこと』なのね。資金援助の話もキャロルを納得させるためだけのものなのかもしれない)


 その結果、薬を盛られた過去のクリスは伯爵家を守ることができなかった。ノアは殺され、ノアを守ろうとしたブラッドも犯人達に殺された。そして、ノア殺しの罪をなすりつけられ悪女としてアルデラが処刑された。


 これがあの天使のように優しい人達が暮らすレイヴンズ伯爵家で起こったことだ。本当のアルデラが魂を代償として黒魔術で時間を巻き戻さなければ、これから実際に起こるはずの悲劇。


(どうして……? いったい誰がなんのために、こんな恐ろしいことを?)


 アルデラはふるえる身体を両腕で押さえつけた。


(絶対にそんなことはさせないわ!)


 キャロルをにらみつけると、まだ黒魔術の効果が切れていないようで虚ろな瞳をしていた。


(この女をこのままにしておけない)


 目の前にいるキャロルは黒いモヤをまとわない一般人だ。でも、彼女はこれから確実に罪を犯していく。それがわかっていても、まだ罪を犯していない人間はたとえ黒魔術であっても簡単に罰することはできない。


「ああっもう! 本当に仕方がないわね!」


 アルデラは自分の指を思いっきり噛んだ。そして、血の滲んだ指をキャロルの口の中に突っ込むと、自身の血を代償に黒魔術を発動させる。


「キャロル、私に従いなさい!」


 この場で罰せられないのなら、キャロルが愚かなことをしないように、魅了して無理やり支配下に置くしかない。


 ボーッとしているキャロルの口から指を引き抜くと、キャロルは「はい、アルデラ様」と無表情に呟いた。

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