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42/61

42 やりづらい

「私の買い物は終わったわ。次はクリスの番ね」


 クリスは「私の買い物も終わったよ」とおかしなことを言いだした。


「ずっと私と一緒にいたのに……いつの間に?」


 魔道具屋ではアルデラのアクセサリー以外を買っている様子はなかった。アルデラが不思議に思っていると、クリスは「私の用事はアルにアクセサリーを買うことだったから」と教えてくれる。


 ニッコリと微笑みかけられて、アルデラの表情は曇った。


(これは……一刻も早く黒魔術を解いてあげないと……)


「何か美味しいものでも食べようよ」と言うクリスの腕をアルデラは引っ張る。


「帰りましょう」

「え?」


「早く帰るの!」


 不満そうなクリスを引っ張りながら歩き伯爵家の馬車に押し込めた。続いてアルデラも乗り込もうとすると、中からクリスが手を引いてくれる。


 それはまるで愛おしい恋人をエスコートするように優しかった。


(クリスは私のことが嫌いなのに……。人間の感情を黒魔術で、ここまで操ることができるなんて……)


 クリスの変貌ぶりを見て改めて黒魔術の凄さがわかった。それと同時に恐ろしさも感じてしまう。


 ――バケモノ


 今なら、アルデラの両親がアルデラに言った言葉の意味が少しだけわかってしまう。代償さえ支払えばなんでもできてしまう黒魔術は人が操るには力が強すぎる。


(でも、このバケモノの力でノアや大切な人達を守れるなら、私は喜んでバケモノになるわ)


 帰りの馬車の中でもクリスと二人きりは、やっぱり気まずかった。


 *


 あっと言う間に、サラサ主催の琥珀宮で開かれる夜会の当日になった。


 前日から侍女のケイシーを筆頭にメイド達に磨きに磨かれたアルデラの肌は、どこもかしこもツルツルになっている。全身から甘く良い香がするし、黒髪は濡れたようにしっとりとしていた。


(これは……すごいわね)


 姿見に映ったドレスアップ済みの自分を見てアルデラは驚いた。元から美少女だったアルデラを大人っぽくして、そこに少し妖艶さを加えたような女性が立っている。


 ケイシーやメイド達は『やりきった』とでも言いたそうに頷き合った。


「アルデラ様、本当にお似合いです」

「奥様、とってもお美しいです!」


 みんなが一通り褒めてくれたあとに、ケイシーが質素な箱から青いネックレスを取りだした。


「本当にこのネックレスで良いんですか? もっとゴージャスなのもありますよ?」


 確かにそのネックレスやイヤリングは魔道具なので華やかさは足りないかもしれない。でも、これ以外をつける気はない。


「これが良いの」

「でも……」


 渋るケイシーに「それ、クリス様が買ってくださったの」と伝えた。


「まぁまぁまぁ! ではこれにしましょう! ゴージャスではないですが、その分上品ですものね」


 ようやく納得してくれたケイシーに、ネックレスとイヤリングをつけてもらい夜会用のアルデラが完成した。


「ありがとう」


 アルデラがお礼を言うと、ケイシーはそっとアルデラの右手を両手で包み込んだ。


「私達はみんなアルデラ様の味方ですよ」


 その言葉でこれから向かう場所が『夜会』という名の女達の戦場だったことを思い出した。ケイシーは、今まで一度も社交の場に出たことのないアルデラを心配してくれているのかしれない。


 アルデラはケイシーを安心させるためにわざと不敵に微笑んだ。


「大丈夫よ。私は誰にも負けないわ」


「その意気です!」


 自室から出るとノアとセナが待っていてくれた。


 ノアはパァっと顔を輝かせる。


「アルデラ姉様、とっても素敵です!」

「ありがとう」


 セナも「アルデラ、お姫様みたい」と褒めてくれる。二人に癒されながらもアルデラは、セナに目配せした。


 セナには事前に『私が留守の間、ノアから離れないで。ノアを守ってほしい』と伝えておいた。


(セナのおかげで私は思いっきり犯人探しができるわ)


 心の中でセナに感謝していると、ノアが「姉様、エスコートさせてください」と騎士のようにひざまずいて右手を差し出した。一生懸命に背伸びしている様子がとても可愛い。


「ふふっ、よろしくね」


 差し出された右手にアルデラが左手を重ねると、ノアは「へへっ」と嬉しそうに笑った。エスコートというより二人で手を繋いで玄関ホールまで歩く。


「あ、父様!」


 ノアが手を振ったその先に、光り輝くような王子様がたたずんでいた。


(クリス……)


 金髪碧眼の王子様には白い服のほうが似合いそうなのに、クリスが着ている服は、黒く上品な光沢を持つ生地に銀糸で大胆な刺繍が施されている。


 ノアが「姉様と父様、おそろいですね!」と無邪気に微笑んだ。ノアの言う通り、クリスの服装は明らかにアルデラのドレスを意識していた。


(ま、まぁ、形式上は夫婦なんだから、これくらいは普通よね……たぶん)


 クリスは「貴女にふれる許可をください」と言いながらアルデラに頭を下げる。


「は、はぁ……?」


 意味が分からず適当に返事をすると、ニッコリと微笑んだクリスに右手を取られた。そして、そのまま手の甲に顔を近づける。


(ああ、手の甲へのキスね。さっきのは『挨拶しても良い?』って意味だったのね)


 実際には唇をつけず儀礼的に行うものだけど、クリスの唇がアルデラの手の甲に押し付けられた。


「!?」


 驚いてクリスを見ると、『何か問題あるかな?』とでも言いたそうな笑顔が浮かんでいる。


(クリスがこうなったのは、全部、私のせいだけど、本当にやりづらい……)


 苦笑いを浮かべたアルデラは、満面の笑みのノアとセナに見送られ、クリスにエスコートされながら伯爵家を後にした。


 クリスと乗り込んだ馬車の中では、「今日のアルは夜の女神のように美しいね」や「他の誰にも見せたくないな」などと言う恥ずかしすぎる言葉を浴びせ続けられアルデラの精神は削られていった。


 褒められ慣れていないので、悔しいが顔が赤くなってしまう。クリスに「赤くなったアルも可愛いね」と微笑まれて、アルデラは拳を握りしめた。


(この男……一回殴ったら、静かになるかしら……?)


 疲れ切ったアルデラが物騒なことを考えだしたころ、ようやく馬車が琥珀宮にたどり着いた。

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