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41 王宮お抱えの魔道具師 

 馬車から下りるとアルデラはクリスに尋ねた。


「クリスはどこに行くの? 私はこっちにある魔道具屋に行くわ」


 方向が違うならここで分かれて別々に用事を済ませたほうが早い。アルデラは手に持ったバスケットを確認するように少し持ち上げた。


(念のために黒魔術用の道具は一式持ってきたからね)


 クリスは驚いた表情を浮かべると「偶然だね。私も魔道具屋に用があったんだ」と言いながら微笑んだ。


「そうなの?」


 クリスが魔道具屋になんの用事があるの?とも思ったけど、気にしても仕方がないので二人で並んで歩き出す。


「アルは魔道具屋には良く行くの?」

「いいえ、この前ノア達と一緒に買い物に行ったときに偶然見つけたの。お婆さんが一人でやっているお店なんだけど……」


 記憶を頼りに大通りから路地裏に入りウロウロしていると、『魔道具・薬草』と書かれた看板を掲げる古びた店にたどり着いた。


「ここよ」


 年季の入った扉を押すと扉に付けられたベルがカランカランと音を出す。アルデラが店の奥にいる店主に『お婆さん』と声をかける前に、お婆さんは「また来たのかい?」とあきれているような声を出した。


 アルデラが「迷惑だったかしら?」と確認すると、顔を上げたお婆さんは「ああ、お嬢さんかい。別の客と間違えたよ。すまないね」とため息をついた。


「何かあったの?」

「まぁね」


 お婆さんは店のカウンターの下にある荷物をゴソゴソと動かした。


「はい、これ。これを取りに来たんだろう?」


 お婆さんの手には公爵家当主の証しのブローチが輝いている。


「そうよ。今日はお金を払いに来たわ」


 アルデラがお金を払うとお婆さんは「はいよ」とブローチを返してくれた。


「やれやれ、お嬢さんに返せてホッとしたよ。そのブローチは預かり物だから譲れないって何度も言ったのに『譲ってくれ』って毎日店に押しかけられてね。困ってたんだよ」


「そうなのね……。迷惑をかけたわね」


「いいのいいの。お嬢さんにちゃんと返せて良かったよ」


 お婆さんに「今日はこれで帰るのかい?」と聞かれたので、アルデラは首を左右に振った。


「ううん。またアクセサリーを買いたいの。見せてくれる?」

「はいよ。ちょっと待っててね」


 お婆さんが店の奥に行くと、今まで店内を珍しそうに眺めていたクリスが近づいてきた。


「アル、アクセサリーを買うの?」

「そうよ。夜会に行くときに護身用につけて行くの」


「なら、私が選んで良いかい?」

「……どうしてよ?」


 箱をかかえたお婆さんが戻ってきた。お婆さんは、一つずつ丁寧に箱を開けてカウンターの上に並べていく。


「ここらへんは、前にお嬢さんが買ってくれたものと同じ効果だね」


 前にここで購入した魔道具アクセサリーは、魔術強化効果と魔術の代償として使えるものだった。


「うん、どれも良いわね」


 クリスが青い宝石がついたネックレスを指さした。


「アル、これはどう?」

「問題ないわ」


 クリスが「じゃあ、青色でそろえよう」と言うので、アルデラは「どうして? 赤も良いわよ?」と聞くと、なぜかお婆さんが笑い出した。


「お嬢さん、青を買ってもらっときな」

「え? 自分で買うわよ」

 

 お婆さんは「いいや、買ってもらいな」と笑っている。


 困ってクリスを見ると「店主はよくわかっている」と微笑んだ。


「そうだろう? お嬢さんは少し鈍いねぇ」

「そういうところが良いんですよ」


 アルデラを他所に、二人は和やかに会話をしながら買い物を終わらせた。


「はい、どうぞ」


 結局クリスに青い宝石がついたアクセサリーを一式買ってもらってしまった。


「ありがとう」


 アルデラがお礼を言うと、クリスからは「こちらこそ」と返ってくる。


「どうして青色なの?」


 クリスは少し悩んだあとに「ノアの瞳と同じ色だから」と教えてくれた。


「それを言うなら、貴方の瞳も同じ青色じゃない」


 クスッと笑ったクリスは「家族でおそろいってことだよ」と楽しそうだ。


(よくわからないけど……。クリスも今はお金があるんだし、大人しくもらっておいたほうがいいわね)


 買ってもらったアクセサリーと公爵家当主のブローチをバスケットに入れると、魔道具屋の扉が勢い良く開いた。


「お婆さん、今日こそあのブローチを譲ってください!」


 店中に響いた大声に驚いていると、黒いフードマントを被った男がカウンターへと駆け寄る。


「お金ならいくらでも払います! あれはっ、あのブローチはっっ!」


 カウンターを飛び越えそうな勢いの客に、お婆さんはため息をついた。


「だから、あれは預かり物だから譲れないって言ってるだろう? それに、もう無くなってしまったよ」

「ええええ!?」


 叫びながら頭を抱えた男は、静かになり少しうつむいたあとに、バッと激しく後ろを振り向いた。


「そこの貴女、あのブローチを持っていますね!?」


 アルデラに飛び掛かってきそうな勢いの男をクリスがやんわりと制止する。


「店内で騒ぐのは迷惑だよ。それに女性に声を荒げるのは失礼だ」


「すみません! でも、僕にとってとても重要なことなんです!」


「外で話そうか」


 クリスに連れられ外に出た男はいきなり地面に両膝をついた。


「お願いします! お嬢様、あのブローチを僕に譲ってください!」


 男が勢い良く頭を下げたのでフードを落ちて顔が見えた。気弱そうな男の顔はどこかで見たことがあるような気がする。


(この人、誰だっけ?)


 アルデラが悩んでいると、クリスが「もしかして君は、王宮お抱えの魔道具師殿かな?」と聞いてくれた。


「あ、そうだわ!」


 ブラッドからの報告で『陛下が身につける魔道具をすべて作っている』と書かれた人物がこんな顔をしていた。


 魔道具師は「そ、そうです! だから、そのブローチがどうしても必要なんです!」と涙目になっている。


 アルデラはバスケットの中からブローチを取りだした。


「これは公爵家当主の証しのブローチなの。だから、誰にもお譲りすることはできません」


「知っています! だからこそ、ほしいんです! それは、マスターが作られた魔道具ですから!」


「マスター?」


 魔道具師は首が取れそうなほど、激しく何度も頷いた。


「マスターは、公爵家の初代ご当主様の呼び名です! ご本人が『マスターと呼べ』と言っていたらしく。彼は真の天才なのです! いや、天才なんて生ぬるい! 彼は創造主そのものです!」


 感極まった魔道具師の頬に涙が流れた。


(そういえば初代公爵に創られたというセナも、初代公爵のことを『マスター』って呼んでいたわね)


「えっと……初代公爵ってことは、数百年前の人の話よね?」


「はい、数百年たった今でも、マスターが作った魔道具より素晴らしいものは生み出されておりません。マスターの作られた魔道具はまさに神々の創造物レベルなのです!」


「だから、このブローチを譲ってほしいと?」


「無理でしたら少しの間で良いので貸してください! マスターの創られた魔道具を研究するのが長年の夢なんです! 陛下にもお願いしているのですが、まったく取り合ってもらえず……」


 陛下と言う言葉にアルデラの心は動いた。


(そっか、この人、この国の王様のお気に入り魔道具師なのよね。味方にしておいて損はないかも?)


「わかったわ。貸してあげる。ただし、絶対に壊さないでね」


 ブローチを魔道具師の手のひらに置くと「あ、あ、ありがとうございます!」と魔道具師は平伏した。しばらくして、顔を上げた魔道具師は「それで、貴女様は?」と聞いてきた。


「私はレイヴンズ伯爵夫人のアルデラよ」


「あ、貴女様が! 公爵家のお嬢様の……。それでこのブローチを持っていらっしゃったんですね。ん? ……となると、アルデラ様が公爵家の現ご当主?」


 アルデラは人差し指を自身の唇に当てた。


「内緒よ」

「わ、わかりました!」


 魔道具師はあわてた様子で自分のズボンのポケットに手を突っ込んだ。


「あの、これ! 私の命です!」


 そう言ってアンティークな作りの懐中時計を差し出す。


「貴方の命?」


「はい、これは危険回避のために生命を一時的に懐中時計に移して保管できる魔道具です。今日は、これをお婆さんに差し出してブローチを譲ってもらおうと思っていました! この御恩は忘れません! 僕は絶対にアルデラ様を裏切りません! ブローチは必ず返します! その証拠として持っておいてください!」


「えっと……」


 いらないわと言う前に、魔道具師は「やったぁあああ!」と叫びながら走り去ってしまった。


 アルデラが呆然としながら立ち尽くしていると、隣でクリスが「また信者が一人増えたね」と訳のわからないことを言う。


「信者?」


「そう、アルを女神として崇拝する人達のこと」


「そんな人いないわ。どうしてそう思ったの?」


 クリスは優しそうに微笑むと、それ以上は何も教えてくれなかった。

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