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35 猫には猫を

 アルデラは、そっとノアの額に手のひらを当てた。


(熱はないわね)


 先ほどまで笑顔で食事をしていたくらいだから、体調が悪いわけではなさそうだ。ノアはアルデラの手にふれると、「姉様の手、あったかいです」と力なく微笑んだ。

 いつも笑顔で元気なノアが、こんなに落ち込んでいるのは珍しい。


(もしかして、ノアの元気がない理由って……)


 チラリとキャロルをみると、ノアがまたうつむいた。ノアが落ち込んでいるのは、どうやらキャロルが来たことが原因のようだ。


「ノア、食事は終わった? 先にお部屋に戻る?」


 そう声をかけると、ノアはパァと表情を明るくする。


「はい!」


 アルデラは、ノアの手を引いてキャロルがいる部屋から出た。そのとたんに、ノアはあからさまにホッとしている。その右手には、前にアルデラがプレゼントしたシルバーチェーンのプレスレットが輝いていた。


(つけてくれているのね。だったらノアが危険な目にあったら、すぐにわかるはずなのに)


 しゃがみ込んでノアと視線を合わせると、アルデラは「ノア、何か嫌なことされた?」と、小声で聞いてみた。


 ノアはブンブンと音が鳴りそうなくらい首を左右にふる。


「何も! 叔母様は、何もしてません……」


 ノアの口から出た『叔母様』という言葉で、ノアに悲しい顔をさせた人物がわかった。


「そう、じゃあ、セナにも聞いてみるわね」


 そう言ったとたんに、廊下の柱の影からセナが音もなく出てきた。セナにはノアの護衛をお願いしていたから、ずっとノアの側にいたはずだ。


「セナ、ノアはどうして元気がないの?」


 セナは、あまり抑揚のない口調で「アルデラと同じ」と教えてくれた。


「私と同じ?」


 言葉を繰り返すとセナがコクンと頷く。


「……視界に入れない、会話をしない、存在を認めない」


 セナの言葉で、急にアルデラの可哀想な子ども時代の記憶が蘇った。アルデラは家族からいない者のように扱われて育った。


(あれを、キャロルが、ノアにした?)


 先ほどの食事では、とても楽しそうに見えたのに。


 アルデラの疑問は、ノアの言葉で解決した。


「叔母様は、とても優しいです。……その、父様が一緒にいるときだけ……」


(なるほど、クリスがいるときだけノアに優しくして、クリスがいない所では、ノアを無視しているってことね)


 その態度の違いに、幼いノアは戸惑い、どれほど傷ついただろう。胸がしめつけられるように痛い。

 お守り代わりに持ってもらっているブレスレットでは、身体の傷はわかっても、心の傷まではわからない。


 アルデラは、ノアをそっと抱きしめた。


「つらかったわね。よく今まで我慢したわ。ノアは、とても強い子ね」


 ノアの大きな瞳にみるみると涙が溜まっていく。ノアがコクンと頷くと、ボロッと涙がこぼれた。


 アルデラは、そっと指でノアの涙をぬぐうと、明るく微笑んだ。


「私の大切なノアをいじめた、いじわる叔母さんは、私が追い出してあげるわ。だから安心して、セナとお部屋にいてね」


 アルデラがセナをみると、セナは『わかっている』とでも言うように頷いた。セナがノアの側にいてくれるおかげで、アルデラは自由に動ける。


「セナ、いつもありがとう」


 セナは少しだけ口元を緩めたあと、ノアと手を繋ぎ去っていく。二人の背中が見えなくなると、アルデラはブラッドを振り返った。


「ブラッド、あの女が本当にノア殺害の犯人なのか確かめましょう」

「はい。でも、どうやってですか?」


 先ほど見た、クリスの前で話すキャロルはとても穏やかだった。ブラッドが声を聞いても、はっきりと『犯人です』と言い切れないことの予想はついている。


「たぶん、あの女、猫をかぶっているんだわ」

「猫、ですか?」


 キャロルはノアを邪魔だと思っているけど、クリスの前ではノアにも優しくする。その行動理由は、どういう事情かはわからないけど『クリスの前では良い顔をしたい。好意的に思われたい』からに違いない。


「猫には猫をぶつけるのよ」


「は、はぁ?」と不思議そうな顔をしているブラッドに、アルデラは「笑っちゃだめよ」と先に忠告しておく。


「今から私が空気を読めないふりをして、あの女を怒らせるわ」


 多少バカっぽく見えるかもしれないけど、ノアのためにはやるしかない。アルデラはため息をついたあと、覚悟を決めた。

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