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34 甲高い声の女

 久しぶりに訪れた琥珀宮は、以前より明るい雰囲気になっているような気がした。使用人たちは、一度外れたはずの首輪をまたつけていた。ただし、首輪の中心には宝石がついていない。


 出迎えてくれたブラッドに尋ねると「あれは魔道具ではありません。不審がられないように、できるだけ今まで通りを装ってつけさせています」と教えてくれる。


 ブラッドは、サラサが前にアルデラのために用意してくれたレースとフリルが溢れた部屋に案内してくれた。アルデラの後ろで、コーギルが「いつ見ても、この部屋すごいっすね」とあきれている。


「アルデラ様、これを」


 ソファーに座るなり、ブラッドは片膝をつきアルデラに紙束を差し出した。受け取り確認すると、貴族の名前が並んでいる。


「これは?」


「サラサと関りがある者達です」


 多くの名前の横には×マークがついている。


「このマークは?」


「それは、私がサラサの護衛騎士のふりをして立ち合い、声を確認した者達です」


 ブラッドはノア殺害の犯人の声を覚えている。


「ありがとう。今のところ見つかっていないのね。やっぱり、もっと多くの人に会わないといけないわね」


「その件ですが、サラサは毎年この時期になると、琥珀宮で夜会を開くそうです。名だたる貴族や王族も参加するとか」

「好都合ね。私もクリス様と一緒に参加するわ。招待状を送っておいて」

「はい」


 ブラッドはもう一枚の紙を取りだした。そこには気弱そうな男が描かれている。


「この人物は?」


「この者は、王宮お抱えの魔道具師です。庶民の出ですが、王国一の魔道具師と言われています。今では、陛下が身につける魔道具は、ほぼすべてこの者が作っているそうです」


 以前、サラサに『首輪の魔道具をどこで手に入れたの?』と聞いたとき、サラサは「それは、陛下の……」と口を滑らせている。


「首輪の魔道具を作ったのが、この人ってことね」

「そうです。それは、サラサ本人からも確認が取れています」


 アルデラはブラッドを見つめた。


「そんなこと、よくサラサが教えてくれたわね」


 アルデラが『もしかして、サラサを殴って聞き出したのかしら? ブラッドならやりかねないわね』と、自分のことを棚に上げて考えていると、ブラッドは「サラサもアルデラ様には、歯向かわないほうが良いと理解したのでしょうね。最近は従順ですよ」と無表情に答えた。


「そう。なら、いいけど」

「ただ、サラサは信用できません。所詮、殺人鬼です」


「そうね」


 サラサの罪は重すぎる。それなのに、王族に守られたサラサを法で裁くことはできない。過去のアルデラも無実の罪を着せられて処刑されたことから、この国では法律がまともに機能しているとは思えない。


「ほんと……嫌な国」


 アルデラの独り言には、誰も否定も同意もしなかった。


「じゃあ、私は帰るわ」


 アルデラが立ち上がると、コーギルが「え!? もうですか?」と驚きの声を上げる。


「早く帰らないと、ノアとの夕食に間に合わないから」


 コーギルは「今、着いたばっかりなのに」と文句を言っている。


「大丈夫よ。貴方には、このままここに残ってもらうから。ブラッドの指示に従って」

「え!?」


 実はここに来たもう一つの理由はこれだった。このままコーギルを伯爵家に置いておくと、無自覚女たらしによる被害者が増えてしまう。


(さすがのコーギルも、ブラッドが近くにいたら大人しくしているでしょう)


 コーギルがまるで恐ろしいものをみるようにブラッドを見た。それを無視してブラッドが「アルデラ様、伯爵家までお供します」と頭を下げた。


「それは困るわ。ブラッドが、ここでサラサを見張っていてくれないと不安だもの」


「はい、もちろんです。アルデラ様を伯爵家に送り届けたあと、私はすぐに琥珀宮に戻ります。実は私の愛馬を伯爵家から、こちらに連れてこようかと」


 伯爵家の馬車同様、ブラッドの馬も、借金生活の中でも手放さなかったものの一つのようだ。


「わかったわ。私が乗って来た馬車で一緒に伯爵家に戻りましょう」


 コーギルが「え? 俺、一人でここに残るの不安なんですけど……」と言うと、ブラッドはコーギルに首輪を制御するための魔道具を渡した。


「心配するな。サラサの性格は、私よりお前のほうが詳しいだろう? 何かあればそれを使え。俺も今日中には戻る」


「うう……アルデラ様。この魔道具って、魔術師じゃなくても使えるんですか?」


 この世界の人間には多かれ少なかれ体内に魔力が流れている。それをうまく使いこなせるのは、ごく一部の人間で魔術師と呼ばれる。そして、魔術師でなくても身体に流れるわずかな魔力で魔術師のような力を発揮できるのが魔道具だった。


 魔道具は、誰でも買える安価なものから高価なものまで揃っている。安価なものは、おまじないや気休め程度の効果しかないけど、高価なものになるほど、その威力も上がっていく。


「そうよ。魔道具はコーギルでも使えるわ」


 ただ、アルデラがサラサから魔道具の所有権を奪い宝石を黒く染め変えたように、コーギルがアルデラから魔道具の所有権を奪うことはできない。そういうことができるのは強力な魔術師だけだ。


 コーギルは「ブラッド先輩、早く帰って来てくださいよ!」と言いながら見送ってくれた。


 帰りの馬車では疲れが出てしまい、アルデラは熟睡してしまった。


「アルデラ様、着きましたよ」


 ブラッドに声をかけられアルデラは目覚めた。テレビが置いてある和室の夢は見なかった。今まであの不思議な夢をみたのは二回。公爵家からの帰り道と、琥珀宮で倒れたとき。


(もしかして、黒魔術を使ったあとに寝るとみるのかしら?)


 だとすれば、今後もまたあの夢をみることができるかもしれない。もう一度、あの夢を見て和室にいた少女が本物のアルデラなのか確認したい。


 アルデラは、ブラッドの「来客のようですね」という声で我に返った。


 急いで琥珀宮から帰って来たものの、日は暮れて辺りは暗くなってしまっている。ただ急いだおかげで夕食の時間にはギリギリ間にあいそうだ。


「ノア、お腹を空かせてないかしら? もう時間も遅いから、ブラッドも夕食を食べてから戻ってね」

「はい」


 ブラッドにエスコートされ馬車から下りるとアルデラは食事をする部屋へと急いだ。

 灯りが灯るその部屋からは楽しそうな声が聞こえてくる。


(クリスとノアは、もう席についているのね)


 食事をする部屋の前で侍女のケイシーに出会った。ケイシーは「お帰りなさいませ」と頭を下げる。


「アルデラ様。今日は、急な来客がありまして、実は……」


 そう言ったケイシーの視線の先を追い、その先にいた人物を見て、アルデラは息をのんだ。


 すでに食事が並んだテーブルには、クリスとノアが座っている。そして、もう一人、金髪碧眼の美しい女性が座っていた


 その美女は、屋敷の奥に飾られた肖像画と同じように儚げに微笑んでいる。


(あれは……クリスの亡くなった奥さん……)


 美しい金髪を持つ人達が、穏やかな笑みを浮かべながら、同じテーブルを囲むその様子は、温かい家族そのものだ。


 楽しそうな笑みを浮かべていたノアが、こちらに気がついた。


「アルデラ姉様!」


 席から立ち上がり、こちらに駆けてくるノアをクリスが優しい声で「ノア、お行儀が悪いよ」とたしなめる。


 その様子を見ていた美女が「ノアは、まだ子どもだもの。あれくらい元気なほうがいいわ」と慈愛に満ちた表情で微笑んだ。


 トンッとアルデラの腰に抱きついたノアは、なぜかうつむいて顔を上げない。


 アルデラが呆然としていると、背後からブラッドに手首をつかまれた。驚き振り返ると、ブラッドの顔がすぐ側にあった。


 耳元で「あの女の声、とてもよく似ています」と囁かれる。


 言葉の意味を理解出来ずにいると、ブラッドは無言でノアをみた。


「もしかして……」


 あのクリスの奥さんが、『夢の中に出てくる、ノアを殺した犯人と一緒にいた甲高い声の女』とでも言いたいのだろうか。


 その考えを肯定するように、ブラッドは真剣な表情で頷いた。動揺からか、アルデラの手首をつかんでいる右手が微かにふるえている。


 戸惑うアルデラにケイシーが「あの方は、亡くなった奥様の妹君キャロル様です」と教えてくれた。


「妹……?」


「はい、ノア坊ちゃんの叔母にあたります」


 アルデラは、もう一度、前妻にそっくりなキャロルをみた。キャロルの周りには、『人から恨まれると湧く黒いモヤ』や、『人から感謝されると浮かぶ輝く光』もみえない。


 それは、今まで一般的に過ごして来たということで、キャロルはごくごく普通の人だ。


(彼女が……犯人?)


 キャロルはアルデラなど少しも気にしないで、クリスと穏やかに会話をしている。二人の関係は悪くないようだ。


(ノアは?)


 うつむいているノアの髪を優しくなでると、ノアはゆっくりと顔をあげた。


「姉様……」


 その声にいつもの元気はなく、表情は暗かった。

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