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30 従いなさい

 アルデラは、薄暗い室内で目が覚めた。


(サラサの用意した部屋には窓がないわね)


 そのためか、この部屋にいると、なんだか息苦しさを感じてしまう。


(窓はあったほうがいい)


 伯爵家でクリスが用意してくれた部屋には大きな窓があった。窓を開けると、心地良い風が吹き、どこからか花の良い香が漂ってきた。


(クリスは、私に良い部屋を与えてくれていたのね)


 そう思うとクリスに噛みついたことが、今さらながらに少し申し訳なく思えてきた。


(今度からは、噛みつかない方法にしましょう)


 アルデラがベッドから上半身を起こすと、部屋の隅で座って待機していたらしいブラッドが立ち上がった。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。私は何日、寝ていたの?」


「アルデラ様は、丸二日間、眠っていました。今は、琥珀宮に来てから三日目の朝です」


 アルデラが「待たせてごめんなさい」と謝ると、「とんでもありません!」とブラッドは勢いよく首を左右に振った。


(私は二日も寝ていたのね。ノアとセナが心配しているかも……)


「一度、伯爵家に帰るわ」と伝えると、ブラッドも「そのほうが良いと思います」と頷く。


「そういえば、貴方の夢に出てくるノアを殺害する犯人だけど、サラサの声はどうだった?」


 現状では、ブラッドが夢の中で聞いた声しか犯人捜しの手掛かりはない。


 ブラッドは迷いなく「やはり違いますね。サラサはノア坊ちゃん殺害の犯人ではありません。夢の中の女の声はもっと甲高かったです」と答えた。


「そう……」


 サラサが犯人だと話が早かったけど、そう簡単にはいかないらしい。


「ブラッドは、このまま琥珀宮に残ってサラサを監視して。そして、サラサと繋がりのある人物を全てリストアップしてほしいの」


「わかりました。しかし、アルデラ様、お一人で大丈夫ですか?」


「そうね、念のためコーギルを護衛に連れて行くわ」


 ブラッドは一瞬、不安そうな顔をしたけど何も言わなかった。


「ブラッド、メイドを呼んでちょうだい。着替えとお風呂を頼みたいの」


「はい」


 礼儀正しく頭を下げてブラッドは部屋から出て行った。しばらくすると、琥珀宮に仕えるメイド二人が現れた。彼女達の首には首輪が付いていない。


「首輪……じゃなくて、首飾りはどうしたの?」と尋ねると「それが、急に取れてしまって」と困惑していた。


(私がサラサの魔道具を奪ったときに、彼女達の首輪も取れたのね)


 首輪が取れてもここで働いているということは、琥珀宮での仕事はそれほどつらくはないようだ。


「サラサのこと、どう思う?」


 アルデラの質問にメイド二人は顔を見合わせた。


「その、ここだけの話ですが、二日前ほどから琥珀宮内でサラサ様について、おかしなウワサがたくさん出回ってしまって……魔力を奪っているとか、ここで働いていたら、いつか殺されてしまうとか。サラサ様に殺された人の幽霊が現れたとか」


 それを聞いたもう一人のメイドは驚いて声を上げた。


「えー!? 私は、それは『サラサ様を狙った悪い魔術師からの攻撃だった』って話を聞いたわよ?」 


「そうなの!? でも、そうよね。白魔術師のサラサ様がそんなひどいことするはずないもんね」


 メイド達の会話を聞く限り、ブラッドはサラサの悪行をうまく誤魔化せているようだ。


 その後、メイド達はテキパキとお風呂の準備をして、アルデラの身支度を手伝ってくれた。しばらくすると、姿見の中には、レースやフリルがたくさんついたドレスを着たアルデラが映った。


(また、ゴスロリ……まぁいいわ。もう帰るだけだから)


 メイド達にお礼を言うと、アルデラは伯爵家から持ってきたバスケットを手に持った。部屋の外に出ると、ブラッドとコーギルが頭を下げる。


「じゃあ、ブラッド、あとのことはよろしくね」


「はい」


 アルデラが歩き出すと、コーギルがアルデラを抜き去り、前を歩き出した。


「馬車までご案内します」


「何だか雰囲気が変わったわね」


 以前はもっと軽薄そうな雰囲気だったし、態度も口も悪かった。


 コーギルは、「心を入れ替えました……というより、ブラッド先輩に『アルデラ様に無礼な口を聞くな』ってしごかれました」と、肩を落とした。


「良かったじゃない。そっちのほうがいいわ」


「そうですか!?」


 嬉しそうなコーギルにつられてアルデラも微笑むと、コーギルは「おお」と驚いた。


「アルデラ様、笑ったほうが可愛いっすね!」


「あのね……そういうのはやめて」


 褒められ慣れていないので、居心地が悪くて仕方ない。


「あ、すんません。俺、王宮騎士団時代から今まで、女性の機嫌をとるのが仕事みたいな感じだったので」


 コーギルの言葉に、王宮騎士団の闇を感じてしまう。


「じゃあ、これからはしなくていいわ」

「はい!」


 終始ご機嫌なコーギルと一緒に伯爵家まで戻り馬車を下りると、ノアが飛び出してきた。


「アルデラ姉様!」


 ぎゅっと腰辺りに抱きつかれる。


「お帰りなさい! ずっとお帰りを待っていました!」


 大きな青い瞳をキラキラと輝かせながら、そんな嬉しいことを言ってくれる。


「ただいま、ノア」


 金髪を優しくなでると、ノアはニッコリと微笑んだ。その少し後ろにはセナが待機している。


(セナはちゃんとノアを守ってくれたみたいね)


 伯爵家に入ったとたんに、自分がホッとしたことにアルデラは気がついた。


(ここはもう、私の家なのね)


 たった三日外泊しただけなのに、久しぶりに帰ってきたような気がしてしまう。


 ノアをなでながら「クリス様は書斎かしら?」と尋ねると、可愛い笑顔と共に「はい!」と元気な声が返ってくる。


「挨拶に行くわ」

「扉の前まで一緒に行きます!」


「じゃあ、そうしましょう」


 ノアと手を繋ぎながら歩いていると、その後ろをコーギルが「俺はどうしたらいいですか?」と言いながらついてきた。


「貴方も一緒に来て。この家の当主に貴方を紹介するわ」

「伯爵様にご挨拶ってことですね」


 三人でクリスの書斎に向かい、扉の前でノアと別れた。扉をノックして中に入ると、そこには、いつもと変わらない穏やかなクリスがいた。


「お帰り、アルデラ」


 優しく声をかけられると『本当は、私のこと嫌いなくせに』と少しだけ心がすさむ。


 アルデラはクリスに向かって淑女らしくお辞儀をすると、コーギルを振り返った。


「クリス様。彼はコーギル。サラサの護衛騎士でしたが、私の護衛騎士になることになりました」


 クリスは何度か瞬きすると、「そう」と驚きを隠せない様子で答えた。コーギルは礼儀正しく礼をする。


「コーギルです。美しいアルデラ様にお仕えできて光栄です」


 アルデラは、コーギルの足を踏みながら『そういうのはやめてって言ったでしょう』と笑顔のまま小声で苦情を言う。


「いててっ、すんません!」


「もう! コーギルは出て行きなさい! 伯爵家のみんなに挨拶するのよ!」


「はーい」


「はぁ……。少しは落ち着いたと思ったのに、まだまだ問題があるわね……」


 ブツブツと文句を言っていたら、クリスに「彼と仲が良いんだね」と微笑まれた。


「仲が良い、ですか?」


「うん、そう見える」


「でしたら問題がありますね。今度ブラッドに会ったら『コーギルをもっと厳しく教育して』と伝えないと……」


「君はブラッドとも仲が良さそうだ」


「はい、彼は優秀なので良く仕えてもらっています」


 クリスは書斎机に肘をつくと、頭を抑えながら小さなため息をついた。「私は何を言ってるんだ?」と戸惑うような呟きが聞こえてくる。


(もしかして……私がクリスにかけた主従契約の黒魔術が解けかかっている?)


 クリスの指を噛んで無理やり血の契約を押し付けてから、まだ一週間ほどしかたっていない。


(もう効果が切れたの?)


 血の量が足りなかったのか、クリスの拒絶する心が強すぎるのかはわからないけど、今のクリスが葛藤しているのはわかった。


(黒魔術が完全に解けたら面倒ね)


 アルデラは書斎机を回り込みクリスの側に行くと、顔を近づけてその青い瞳を覗き込んだ。クリスが驚き椅子から立ち上がろうとしたので、両肩をつかんで阻止する。


(前はクリスの安否を知るためだけだからと、少しの血で契約したのがいけなかったのね。今度は、どこまで黒魔術をかける? クリスの自我がなくなるほどは危険よね?)


 前はクリスの指を噛んでしまったので、今度は自分の指を書斎机の上にあったペン先で差した。チクッとした痛みと共に玉のように血が溢れる。


 アルデラはその指をクリスの口元に持って行った。


「舐めなさい」


 完全に契約が切れていなければ、多少の命令は聞くはずだ。しかし、クリスは固まってしまい動こうとしない。


(手遅れだったのかしら?)


 仕方がないのでクリスの腕をつかむと、その綺麗な指に噛みついた。


「いたっ!」


 クリスの痛がる声と共に血が溢れてくる。その血を舐めながら、すでに血が出ている自分の指を無理やりクリスの口内に捻じ込んだ。


 二人の血を代償として黒魔術を発動させる。


(主従関係の強制は魅了に近いから、身体の接触や、血や粘膜接触が手っ取り早いのよね)


 もしクリスとアルデラが本当の夫婦だったら、キスでもしてしまえば、もっと強力に黒魔術をかけることができる。


(あ、でも、魅了は好意を持っている相手からかけられても効果がないんだった。私はクリスに嫌われているから関係ないけど)


 クリスを見ると、眉をひそめながら頬を真っ赤に染めていた。赤い顔のままクリスはアルデラの腕をつかむと、口からアルデラの指を引き抜く。


「アルデラ、どうして、こんなことを?」


 その声には戸惑いと、かすかな怒りが見えた。


(主に口答えするなんて……。クリスの魂は綺麗だから、黒魔術が効きにくいのかもしれない。仕方がないわ)


 アルデラは、そっと腕を伸ばしてクリスの頬にふれ、さらに顔を近づけた。クリスの青い瞳が大きく見開く。


「どうしてこんなことをするかって? 全てはノアを守るためよ」

「ノア、を?」


「そう。だから、犬に噛まれたと思ってあきらめなさい」


 問答無用にクリスの唇を奪った。『キスをする』と思うと恥ずかしいけど、『黒魔術をかけるため』と思えば不思議と少しも恥ずかしくない。


 クリスは拒絶するように全身を強張らせて固まってしまっている。それでも唇を押し付けていると、少しずつクリスの身体から力が抜けていった。


 そっと唇を離し、クリスの顔を覗き込むと、青い瞳はトロンとし熱を帯びている。


(ようやく、黒魔術がかかったわね)


 アルデラが満足そうに微笑むと、クリスは口元を手で隠し横を向いた。耳や首が真っ赤に染まっている。


(さてと。ここからが本題ね)

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