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03 綺麗になったアルデラ

 それからのアルデラは、ベッドの上で静かに療養する生活が一週間続いた。もうすっかり元気になっていたけど、それでも、クリスもノアもケイシーも、まだ部屋から出てはいけないと言う。


(すっごく甘やかされているわね)


 そう思ってしまうくらい、この家の人たちはアルデラに優しい。朝昼晩と三食、消化によいご飯をベッドまでせっせと運んできてくれるし、アルデラが「身体を綺麗にしたいのだけど」と言うと、わざわざ部屋に簡易浴槽まで運んでくれた。


 しかも、アルデラが「一人でお風呂に入れるから!」と何度断っても許してもらえず、結局、ケイシーと若いメイドに手伝ってもらいお風呂に入ることになってしまった。


 湯船につかると気持ちよくて、アルデラの口から思わずため息がもれた。お湯の中で長く伸びた自身の黒髪がゆらゆらと揺れている。


(この黒髪、ケイシーたちは気持ち悪くないのかな?)


 さりげなく聞いてみると、ケイシーは「不思議なお色ですが、お綺麗だと思いますよ」と言ってくれた。それはウソではないようで、ケイシーもメイドもためらうことなく、黒髪にふれて丁寧に洗ってくれる。


(実家の公爵家では、あんなに嫌がられていたのに……)


『黒髪と黒目が世界中で嫌われている』というわけではないようだ。少なくとも伯爵家の人たちは、みんな気にしていない。


「だいぶ伸びましたね」


 ケイシーが言う通り、寝込んでいた三か月の間に、腰まであった黒髪はお尻辺りまで伸びてしまっている。爪も長い。


(これ、使えるわ)


 黒魔術を使うには、代償が必要になってくる。一番高価だとされるものは、人間の魂だけど、人体部位も代償としては優秀だ。なので、髪や爪は黒魔術の代償として使うことができる。


 ちなみに、黒魔術の知識は、過去のアルデラが黒魔術に目覚めたときに、頭の中に流れ込んできたので使い方は熟知していた。


 お風呂から上がると、ケイシーにお願いして伸びた分の髪や爪を切ってもらった。その際に『切った髪と爪を別々にビンにつめてほしい』という気持ち悪いお願いをしたけど、ケイシーは少し驚いただけで「はい」と答えて言うとおりにしてくれた。


 そのあとは、楽な紺色のワンピースに着替えた。ケイシーとメイドは「あら」「まぁ」と驚き急いで姿見を持ってきてくれる。鏡には驚くほど綺麗な黒髪の少女が映っていた。


 それを見たケイシーは「とってもお綺麗です」とほめてくれるし、若いメイドは「お美しいです」と頬を赤く染めている。


(本当に綺麗だわ)


 鏡に映るアルデラの白い肌は、栄養が行き届いてふっくらしている。黒髪も一週間前より、さらにツヤツヤになり、スラっとした手足は、とても健康的だ。


 ケイシーが「夜のお食事は、旦那様と坊ちゃんとご一緒しませんか?」と提案してくれた。少し遠慮してしまったアルデラが「……二人がそれでよければ」と答えると、「よいに決まっています!」と力強く返される。


 簡易浴槽を片付けると、ケイシーと若いメイドは部屋から出ていった。一人きりになったので、これまでに起こったことを覚えている限り紙に書いていく。


(とにかく、三年後、ノアがだれかに殺されるのだけは絶対に阻止しないと!)


 当時、この事件の犯人はわからなかった。伯爵家内で起こった犯行だったために『後妻としてこの家に入ったアルデラが伯爵家を乗っ取ろうとした犯行なのではないか?』というウワサがたった。世間の人々の疑いは、いつの間にか確信へと変わり、あっという間にアルデラは『私欲のために義理の息子を殺した悪女』に仕立て上げられていった。


(でも、待って。クリスやこの家のみんなは、アルデラが悪い子じゃないって知っていたのに、どうして、だれもアルデラを助けてくれなかったの?)


 なぜ無実のアルデラが処刑されるという結末になってしまったのかわからない。わからないからこそ、今度は慎重に行動して犯人を捜さなければいけない。


 そんなことを考えていると、いつの間にか日は暮れていた。ケイシーが「お食事の準備ができました」と呼びにきてくれる。ケイシーに連れられて食事をするために整えられた部屋に入ると、すでにクリスとノアは席についていた。


「遅くなってすみません」


 アルデラが慌てて頭を下げると、椅子から立ち上がったノアがトコトコと近づいてくる。


「アルデラさん、もう大丈夫ですか?」


 アルデラは膝を折りノアの視線に合わせると「大丈夫よ」と微笑みかけた。ノアは天使のように愛らしい笑みを浮かべ、自分の隣の席に座るようにすすめてくれる。


「ありがとう」


 アルデラが席につくと、真正面に座っているクリスが「顔色がよくなったね」と優しく声をかけてくれる。


「皆様のおかげです」


 そう伝えると、クリスもノアも嬉しそうに微笑んだ。


 運ばれてきた食事は美味しかったけど、伯爵家とは思えないほど質素なものだった。


(やっぱり、お金に困っているのね)


 食事が終わると、アルデラはクリスに話しかけた。


「クリス様。明日、実家の公爵家に荷物を取りに行ってもいいでしょうか?」

「荷物?」


 不思議そうなクリスに「はい、どうしても必要なものを公爵家に置いてきてしまって」と適当にごまかしておく。


「わかった。馬車の手配をしておこう。護衛を連れて行くように」

「はい」


 ふと見ると、ノアが泣きそうな顔でこちらを見上げていた。


「ノア、どうしたの?」


 ノアは、モジモジと身体をゆらしたあとに「アルデラさん、ここから出て行くの?」と悲しそうにつぶやく。


「出て行かないわ。だって、ここが私の家だもの。私の家族は、ここにいるノアとクリス様だけよ」


 表情を輝かせたノアは「すぐに帰ってきてくださいね! 約束ですよ」と小指を立てた。アルデラはその小指に自分の指をからめる。


「「ゆびきりげんまん、ウソついたら、針千本のーます」」


 可愛い約束をすると、安心したのかノアは嬉しそうにスキップしながら自分の部屋へ戻っていった。それを確認してからクリスが口を開く。


「アルデラ、一人で大丈夫かい? 公爵家には、私も一緒に行こう」


 公爵家でのアルデラの扱いのひどさを知っているクリスは、アルデラが実家に行ってまだひどいめに遭わされないかと心配してくれている。


(本当に優しい人ね)


 ただ、実家へはお金をせしめに行くので、付いてきてもらったら困る。


「いえ、一人で大丈夫です」


 丁重にお断りすると、クリスに「では、護衛を必ず連れて行くんだよ」と念を押された。


(うーん、本当にクリス様はすごい方ね)


 何がすごいかというと、このクリスと言う人は、アルデラが綺麗であろうがなかろうが、一切態度が変わらない。


(ノアも、アルデラが綺麗になる前からずっと優しいし、ここの家の人たちは本当に天界の人々かってくらい心が清らかね。実家の公爵家のヤツらと同じ人間とは思えないわ)


 アルデラは心の中で、目の前にいる金髪碧眼の美しい神クリスに『ありがとうございます』と両手を合わせた。

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