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29 悪女の休息

 「やったー!」と喜びながら、アルデラに抱きつこうとしたコーギルを、ブラッドが側面から蹴り飛ばした。


 脇腹を痛そうに抑えて床に転がっているコーギルを見下ろし、ブラッドはメガネを指で押し上げる。


「私はアルデラ様の忠臣ブラッドだ。アルデラ様に気安くふれることは許さん」


「あ……はい。すんません、ブラッド先輩……」


 ブラッドに痛めつけられた記憶が蘇ったのか、コーギルは青ざめながら素直に従った。


「二人とも遊んでないで、まだやることが……」


 ズキッと頭痛がしたかと思うと、視界が悪くなり、身体がふらつく。


「やることが……たくさん」


「アルデラ様!」と名前を呼ばれたけど返事ができない。


(しまった……黒魔術を使い過ぎたんだわ)


 いくら魔道具で魔力を増幅していたとはいえ、琥珀宮全体に黒魔術を発動させたのはやりすぎだったようだ。


 アルデラは痛む頭を抑えながら急いで指示を出した。


「ブラッド、使用人を集めて。宮殿の騒ぎを納めて……私は大丈夫。少し、寝るわ」


 プツッと何かが途切れるように目の前が暗くなった。


**


 気がつくと、アルデラは和室に置いてあるテレビの前にいた。


(私、前にも、こんな夢を見たことがあるわ)


 以前みた夢では、テレビ画面には、着物を着て刀を構える侍たちが映っていた。しかし、今回の夢では、テレビ画面にはアルデラが映っている。


 テレビの中のアルデラは、黒魔術を使い悪者退治をしていた。その画面を一生懸命、食い入るように観ている少女がいた。


「いけ! そこよ! やったー!」


 どこかで聞き覚えのある声。どこかで見たことがあるような後ろ姿。そして、和室に良く似合うその黒髪。


「もしかして、貴女……」


**


 黒髪の少女がこちらを振り返る前に目が覚めた。


 いつの間に運ばれたのかアルデラはベッドの上で横になっていた。起き上がろうとしても身体が重く起き上がれない。仕方がないので横になったまま夢について考えた。


(今のは、もしかして、本当のアルデラの魂?)


 ただの夢だとわかっている。でも、もし消えたはずのアルデラの魂が、少しでもこの世に残っているのなら、このやり直しの人生で、ノアだけではなく、今度は彼女にも幸せになってほしいと願ってしまう。


(私が大好きな時代劇の終わりは、いつも大団円なのよ。悪者が倒されて、全ての善人が幸せにならないといけないわ)


 そんなことを考えていると、静かに部屋に入ってくる人の気配がした。


 小声で「アルデラ様、丸一日寝たきりで、起きませんね」と聞こえてくる。


「元から身体が丈夫な方ではないからな」


 声の方を見るとブラッドとコーギルが水や食事を運んで来ている所だった。


「そういえば、ブラッド先輩。アルデラ様の寝顔、見ました?」


「は?」


 突拍子もない話にブラッドはもちろん、アルデラも驚いた。


「すっごい可愛いっすよ。なんか、アルデラ様って起きている時、女王様っぽいつーか、なんというか。ものすごく強いイメージあるじゃないですか? 寝顔、超天使っすよ」


「お前、主に何てことを……」


「いいから、一回だけ見てください! 本当に、本当に可愛いっすから!」


「そんな無礼なことできるか!? ちょっ、やめろ! 急に押すな!」


 体勢を崩したブラッドがベッドの端に手をついたとたんに、横になっているアルデラと視線があった。「あ」と小さく呟いたブラッドは、「申し訳ありません!」と勢いよく頭を下げる。その後ろでコーギルが「アルデラ様ったら、起きたなら、起きたっていってくださいよー」と口をとがらせる。


「どうして貴方達が給仕をしているの? メイドは?」


 その問いにはブラッドが答えた。


「ここはまだ、琥珀宮内です。念のため、アルデラ様のお世話は私達がしたほうが良いと判断しました」


 コーギルは、「でも服は、ちゃんとメイドに着替えさせてもらいましたよ」と自慢気だ。


「ブラッド。あのあと、どうなったの?」


 サラサから主導権を奪ったものの、アルデラは途中で気を失ってしまった。


「アルデラ様がお眠りになったあと、サラサを使って使用人達を落ちつかせました。アルデラ様が、『サラサをエサに、さらなる大物を釣る』とのことでしたので、私達の存在を隠しウソの情報を流しました」


 ブラッドの言う通りで大物を釣るには、サラサには今まで通り王宮お抱えの白魔術師でいてもらわなければならない。


「使用人達には、昨夜の出来事は『王家にたてつく魔術師からの攻撃』と説明し、サラサと、サラサの取り巻きの男二人には、いつも通り振る舞うように指示しました。首輪をつけられているせいか、今のところ三人とも大人しくしています」


「相変わらず優秀ね」


「恐れ入ります」


 こんなにも優秀な人材がいるのに、時間を巻き戻す前の世界線では、どうして伯爵家は没落して息子のノアを殺されてしまったのか。


(サラサは『陛下』と言っていたわ。もし、伯爵家の敵、ノアを殺す犯人が王族だったら……)


 いくらブラッドが優秀でも、一人では事件を防ぐことはできないだろう。


「コーギル、水を飲ませて」


 コーギルが背中を支えてアルデラの身体を起こし、水を飲ませてくれた。乾いた喉が潤い心地良い。ただ身体のだるさはまだ取れていない。


「もう少しだけ休むわ」


 目を閉じると心地良い闇が訪れた。


 今度は、夢は見なかった。

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