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24 とても良いこ【ノア視点】

 アルデラと別れると、ノアはスキップしていた。自分が跳ねる度に、アルデラにもらったブレスレットも一緒に跳ねてくれる。


(元気になったアルデラ姉様は、ぼくのこと、いつも『大切だ』って言ってくれる)


 そう言われると、ノアは嬉しすぎて少しだけ涙が出そうになった。


 *


 ノアが物心ついたころには、母は病に侵されていた。それがノアの日常で普通のことだった。


 でも、周囲の大人達はノアを見て「可哀想」だと涙を流す。


(ぼくは、別に可哀想じゃないのに)


 母の体調が良いときは、ノアは母の部屋を訪ねた。母に喜んでほしくて、お花を摘んだり、楽しいお話をしたりするようにした。でも、母はいつも悲しそうに微笑んで「ノア……ごめんね」と言った。


(ぼくは、謝ってほしいわけじゃないのに)


 ノアが成長するにつれて、母の病気は悪化していった。母を悲しませないように、父やメイド達がいろんなことを教えてくれた。


「母様は、身体が弱いから無理をさせてはいけない」

「母様の前では、いつも笑顔でいなければいけない」

「母様が悲しくならないように、外見のことは決して言ってはいけない」


 やってはいけないことがどんどんと増えていく。気がつけば、ノアは別に楽しくもないのに、いつもニコニコと笑っていた。笑っているのに、それでも皆が「ノア坊ちゃんは可哀想だ」と憐れんだ。


 父はいつも「良い子だ、ノア」と褒めてくれた。メイド達も「ノア坊ちゃんは、本当に良い子だから」と言っていた。


(ぼくが、良い子じゃなくなったらどうなるんだろう?)


 母が亡くなったあとは、大人達はひどく落ち込んだ。皆、めそめそと泣いていたし、父はしばらく魂が抜けたような顔をしていた。ノア自身も悲しかったし、たくさん泣いた。


(でも、ぼくは『もう無理に笑わなくていいんだ』って、少しだけホッとしたんだ)


 そんなことを考えてしまう自分は悪い子なの? わからない。だれも教えてくれない。大人達は、自分達が悲しむことに精一杯で、誰もノアの側にいてくれない。ノアはそのときになって、ようやく気がついた。


(そっか、ぼくは良い子だから『ほっておいても大丈夫な子』なんだね)


 そうしているうちに、父が再婚することになった。


「ノア、新しい母様が来るよ」


 父にそう告げられたとき、ノアはゾッとした。


(またずっと笑わないといけないの? また、ぼくは可哀想になるの?)


 固まってしまったノアに、父は優しく微笑んだ。


「母様というより、姉様かな? いろいろ事情があってね、とっても可哀想な子なんだ」


「可哀想?」


 父は悲しそうな表情で頷いた。


(ぼく以外にも可哀想な子っていたんだ)


 とたんに新しい母様に興味が湧いた。年は十六歳で、名前はアルデラというらしい。


(どんな子かな? どんな風に可哀想なんだろう? ぼくみたいに母様が病気だったのかな?)


 そうだったら、お友達になれるかもしれない。ワクワクしていると、ある日『アルデラ』がやって来た。初めて会うアルデラは亡くなった母のように痩せていた。でも、母とは違い歩けるし、ご飯もしっかりと食べられるようだった。


 アルデラが来たとたんに、大人達は急に元気になった。


 皆が「アルデラ様を元気にしなくては!」と生き生きし出した。明るい雰囲気に嬉しくなって、ノアは花を摘んでアルデラにあげた。


 アルデラは驚いたようで、なかなか受け取ってくれなかったけど、「お花、嫌いですか?」と聞くと小さく首を振って、差し出している花をおずおずと受け取ってくれた。


 そして、少しだけ口の端を上げてアルデラはこう言った。


「あ、ありがとう」


 それは温かい春の風が吹いたようだった。そして、ノアは気がついた。


(そっか、ぼくは、ずっとこの言葉がほしかったんだ)


 母にも「ごめんね」ではなく、「ありがとう」と言われたかった。


 それからのアルデラは何をしても、すぐに「ありがとう」と言ってくれた。今まで誰も言ってくれなかった言葉を簡単にくれるアルデラをノアは大好きになった。


 そんなある日、大好きなアルデラが倒れた。ノアはその日から少しも笑えなくなった。毎日アルデラの部屋に行ったけど、アルデラは目を覚まさなかった。母のようにずっと点滴を打たれている。


(どうしよう……このままアルデラさんが起きなかったら)


 不安でどうしようもなくて、毎晩、一人でこっそりと泣いていた。こんなことになって初めて『ぼくは、なんて可哀想なんだ』と思った。


 父はアルデラが倒れた原因を探しているようで、本を読んだり、医者を招いたりしていた。


(ぼくが、お医者さんだったら良かったのに)


 お医者さん以外にも、病気や怪我を魔法で治せる白魔術師というすごい人達がいるらしい。


(ぼくは大きくなったら、お医者さんか白魔術師になります。そして、たくさんの人を助けます。だから、神様、どうかアルデラさんを助けてください)


 一生懸命にお祈りをしていたら、願いが通じてアルデラが目を覚ました。その日から、ノアはお医者さんか白魔術師になるための勉強を始めた。


 父に本を借りたけど、難しくてよくわからなかった。十三歳になったら学校に行って勉強ができるらしいけど、それだと遅すぎると思った。


 ブラッドは「本当なら、坊ちゃんには、家庭教師をつけるんですけどね」と言っていた。『お金がないからつけられない』ということらしい。


(困った……)


 神様と約束したのに、守れそうにない。


(ぼくが約束を破ったら、またアルデラさんが倒れたらどうしよう)


 泣きたくなっていると、実家に帰っていたアルデラが『セナ』という人を連れて帰ってきた。


(こんな人、初めて見た)


 真っ白な髪に、薄い水色の瞳が、こちらをジッと見つめている。


(この人は、怖い人? 怖くない人?)


 そんなことを考えていると、セナが紙につつまれたキャンディをくれた。


(キャンディをくれる人は、怖くない人だ)


 お礼を言うと、セナは少しだけ笑ってくれた。


 アルデラは「忘れ物をしたから、二人で仲良く遊んでいて」と言って行ってしまった。


(遊びたいけど、今は勉強をしなくっちゃ。でも、どうしたらいいんだろう?)


 ノアがため息をつくと、セナが「どうしたの?」と聞いてくれた。


「あのね、ぼくね、お勉強がしたいの」


「お勉強?」


「うん、ぼくね、お医者さんか白魔術師にならないとダメなの。そうしないと、アルデラさんがまた倒れちゃうから」


 セナは少しだけ目を見開いて「それは、大変」と呟いた。


「アルデラさんには内緒だよ?」と伝えると、セナは大きく頷く。


 セナは「勉強、教える」と言った。


「え? セナが教えてくれるの?」


 無言の頷きが返ってくる。


「セナ、お勉強できるの?」


「……たぶん」


 とても不安な返事だったけど他に方法がないので、ノアは「お願いします」と頭を下げた。


 あとからわかったけど、セナは天才だった。どんな文字で書かれた書物でも読めたし、庭に生えている全ての草花の名前を知っていた。教える言葉がたどたどしい以外は完璧な先生だった。


「セナ、今日はこの本について教えて! アルデラさんのために」


「うん、アルデラのために」


 それは二人の合言葉だった。大好きなアルデラのために一生懸命、勉強をした。ときどき、アルデラが遊んでくれる日は、最高のご褒美だった。


 ある日、父に呼ばれて書斎に行くと「今まで苦労をかけてすまない。これからは、ノアに家庭教師をつけようと思うけど、どうかな?」と言われたけどすぐに断った。たぶん、セナほどの天才はお金では雇えないと思ったから。


 アルデラは買い物にも連れて行ってくれた。ほしいものを全部買ってくれた。「変なおもちゃね」と言いながらも、ノアがほしかった勉強に必要な器具もたくさん買ってくれた。


(これでまた、勉強ができる!)


 本当に嬉しかった。でも、買い物が終わるころに、アルデラに「強くなって、ノア」と言われた。


(そっか、勉強だけじゃダメなんだ! ぼくは、強くなってアルデラさんを守れるようにならないと)


 そうしたら、アルデラは倒れないし、ずっと側にいてくれるかもしれない。そうだったらとても嬉しい。


 *


 アルデラからブレスレットを貰ったノアは、スキップをしながら考えた。


(ぼくは、もう『良いこなノア』じゃない。アルデラ姉様が、ぼくを『大切なノア』にしてくれたから)


 このブレスレットがその証拠だった。だから、こんなにも心が弾む。


(あーあ、父様とアルデラ姉様が、本当の夫婦だったら良かったのに)


 そうしたら、ずっとアルデラはこの家にいてくれる。父はアルデラのことを「母様じゃない」と言っているから、いつかアルデラが出て行ってしまうのではないかと少しだけ不安だった。


(あ、そうだ! もし無理だったら『ぼくのお嫁さんになって』って言ってみようかな?)


 父とアルデラは十歳、年が離れている。そして、アルデラとノアも十歳の年の差だ。


(問題ないよね? アルデラ姉様が、ぼくの母様になってくれても、ぼくのお嫁さんになってくれても、どっちでもすごく嬉しい!)


 軽やかにスキップして、ブレスレットを揺らしながら、ノアは天使のように微笑んだ。

これは、私が上手く書けなかったんですが、ノアは伯爵家で、無視されたりひどいめにあったりしていません。

ただ、伯爵家にお金がなく、人も少ない中で、ノアは「良いこだから、ほっておいても大丈夫ね」と後回しにされがちだった。というお話です。

しかも、ノアはいつもニコニコと笑ってくれるので、疲れた大人達が「ノアは大丈夫」と決めつけてノアの心に寄り添わなかったという。

だからノアは、自分を一番に考えてくれて「大切だ」と言ってくれる今のアルデラが大好きです。

ちなみに、ノアは、父も伯爵家の皆のことも大好きです。

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