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23 癒しのサンドイッチ

 クリスの部屋から出るとアルデラは盛大なため息をついた。いつの間にか、日が暮れて窓の外が夕焼け色に染まっている。


(麗しい偽の夫は、遠くから見ているだけのほうが良かったわね……)


 『せっかくだから家族のように仲良くなりたい』や『兄と妹にならなれるかも?』という淡い期待を持ってしまったせいで、無駄に感情を乱されてしまった。


(クリスのことは、『ノアを守るために必要な存在』として割り切りましょう。今後、クリスが敵対したり、私の邪魔をしたりするようなら、黒魔術でもっと強力な主従関係を叩きこんでやるわ)


 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、視線の先でノアが両手を振っていた。側にはセナの姿もある。


(ノア、起きたのね)


 買い物帰りの馬車の中で、ノアは眠ってしまった。アルデラが笑顔で手を振り返すと、元気いっぱいにこちらに駆けてきた。


「アルデラさん! みーつけた!」


 ノアはニコニコと微笑みながら、チラッとアルデラが持っている革巻物を見た。そして、もじもじと身体を揺らす。


「あの、それ……」


(あ、そうだ。ノアにも渡しておかないと)


 革の巻物をほどいてシルバーチェーンのブレスレットを一本取り出しノアに見せた。


「これはね、お守りみたいなものなの。私の大切な人に持っていてもらいたくて、今、皆に配っているの。ノアももらってくれる?」


 ノアはやわらかそうな頬を桃色に染めながら「ぼくが、大切な人……」と呟いたあとに「はい!」と元気にお返事してくれた。


「ありがとう。私がつけるから、腕を出して」


「は、はい」と少し戸惑いながら出してくれた腕に、アルデラはそっとブレスレットをつけた。その際に魔力を流すことを忘れない。


(うん、拒絶反応はないわね)


 ノアはブレスレットを見ながら「わぁ」と青い瞳をキラキラと輝かせていた。


 アルデラが「邪魔だったら外してもいいからね? でも、できれば捨てないで」とお願いすると、ノアはブレスレットがついた腕を胸に抱え込んで「ええっ!? 外しませんし、捨てません!」と驚きながら言ってくれた。


(良かった。安全確認のために、何があってもノアにだけは持っていてもらわないとね)


 クリスのように拒絶されなかったことに、ホッとため息をつくと、セナに「何か、あった?」と聞かれた。


「ううん、なんでもないわ」


 セナは感情が見えない水色の瞳をこちらに向けながら、そっと腕を伸ばした。そして、よしよしと優しく頭をなでてくれる。


「アルデラ、泣かないで」


「な、泣いてないわ!?」


 驚いていると、ぎゅっと抱きしめられた。そして、まるで子どもをあやすようにまた頭をなでてくる。


「な、泣いてないったら!?」


 セナの腕から逃げようともがいても、どこにそんな力があるのか、ビクともしない。そうしているうちに、背後からノアの心配そうな声が聞こえてきた。


「アルデラさん、泣いてるの?」


「泣いてないわ!」


 アルデラの言葉をセナがきっぱりと否定する。


「泣いてる」


「そ、そうなんだぁ」


 悲しそうな声を出したノアは、後ろからアルデラの腰辺りにぎゅっと抱きついた。


「大丈夫ですよ、アルデラさん! セナはなんでも知ってて、なんでもできるんです! ぼくも勉強して賢く、そして、強くなります! これからは、二人でアルデラさんを守りますからね!」


(泣いていないのに! 違うのに!!)


 セナとノアでサンドイッチにされながら、頭をなでられていると、なぜか胸がポカポカと温かくなっていく。


(そっか、私、セナの言う通り、泣いていたのかもしれないわ)


 クリスに拒絶されて傷ついていた。涙は流していなくても、心は泣いていたのかもしれない。


 いつまでも頭をなでてくれるセナを見て、つい「セナって、お母さんみたい」と呟いてしまう。


 セナはなでるのをやめて「お母さん?」と不思議そうに繰り返した。


「あ、それ、ぼくもわかります!」


 背後からひょこっとノアが顔を出す。


「セナは、ときどき母様みたいです」


 アルデラが「そうよね」と微笑むと、ノアは顔を赤くする。


「あ、あと、アルデラさんは、その……お、お姉さんみたい、です」


「私がお姉さん?」


 ノアは赤い顔のままコクコクと頷いた。


「優しくって、とっても綺麗で……あっ!」


 ノアは言ってはいけないことを言ってしまったように口を両手で押さえた。「ご、ごめんなさい」と謝りながら今にも泣き出しそうな顔をする。


「どうして謝るの? お姉さんって言ってもらえて、私はとっても嬉しいわ」


「そ、そうですか?」


「綺麗って言ってもらえたのも、すごく嬉しい」


 ノアはパァと表情を明るくした。嬉しそうに微笑むノアの可愛い鼻をアルデラは人差し指でツンッとつつく。


「でもノア。本当に私のことをお姉さんと思ってくれているなら、『アルデラさん』じゃなくて『アルデラ』って呼んでくれない?」


 戸惑うノアに「ノアともっと仲良くなりたいの」と伝えると、ノアは口を開いた。


「あ、あ、アル、アルデラ……姉様!」


「呼び捨てで良いのだけど?」


 ノアは「む、無理です~!」と首を左右に振る。


(まぁいっか、姉様でも)


 アルデラが「仕方がないから姉様で許してあげる」と言うと、ノアはあからさまにホッとした。


「ノアとセナのおかげで元気になったわ。ありがとう」


 心からそう伝えると、二人は笑顔でアルデラから離れた。


「あ、そうそう!」


 アルデラは革の巻物から、一本のブレスレットを取りだすと、セナに見せた。


「セナももらってくれる?」


 『当然』とでも言いたそうにセナは頷く。魔力を流しながらブレスレットをつけたけど拒絶反応はない。


(結局、私を拒絶したのはクリスだけね)


 その事実も、可愛いノアと優しいセナのおかげで、もうどうでも良くなってしまった。


(さてと)


 大切な人の守りは整った。


(ノアの危険を取り除くために、白魔導師のサラサに会いに行きますか)


 長い黒髪をサラリとかきあげ、アルデラは不敵な笑みを浮かべた。

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