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20 公爵家当主の護衛【セナ視点】

 懐かしい香と共に、擦り切れた数百年前の記憶が蘇った。自分を作り「セナ」と名付けた青年は、アルデラと同じ黒い髪に、黒い瞳を持っていた。


(マスター……)


 マスターは優秀な黒魔術師だった。黒魔術は詠唱なしで使えるので『最強の魔術』と言われていたが、そんな最強の黒魔術でも、発動させる前に術者が攻撃されれば負けてしまう。


 その弱点を補うために、セナは作り出された。


「お前はセナだ。よろしくな」


「はい、マスター」


 マスターは基本、王宮にある研究室にこもりきりだった。人が嫌いで話すのも嫌い。一人で研究さえしていればいい、そんな人だった。


 でもある日、研究室に一人の女性が迷い込んだ。マスターはすぐに追い返したが、次の日も、また次の日も女性は研究室に遊びに来た。


 マスターは困っていたけど「彼女には、強く言えない」と言っていた。なぜなら、その女性がこの国のお姫様だったから。それだけではなく、マスターが強く言えない理由は、他にもあったような気がする。


(お姫様が来ると、マスターの心拍数が上がる)


 そんな二人が恋に落ちるのは早かった。もちろん、国王は許さなかった。二人を引き離すために、マスターに軍隊をむかわせた。


 マスターは黒魔術を使い王国の軍隊をたった一人で全て倒して、そのまま謁見の間に乗り込んだ。


 ふるえあがる国王をしり目に、マスターは聞いた。


「今ここで俺に国を乗っ取られるか、可愛い愛娘を俺に差し出すか、どちらか選べ」


 国王は自らの命乞いをしながら、お姫様をマスターに差し出した。二人は微笑み合い幸せそうに抱きあった。


 お姫様と結婚したマスターは公爵の地位を与えられた。国王は、たった一人の黒魔術師に攻め落とされた事実を隠ぺいするために、マスターを英雄に担ぎ上げた。


 マスターもそれに同意し、黒髪を染めて別人を装った。


 その後、『悪の黒魔術師と、それを倒した正義の魔術師が同一人物だった』ということは、一部の王族と、代々、公爵家当主を継いだ者だけが知ることになった。


 月日は流れ、マスターは年を重ねた。マスターが愛したお姫様は、去年の暮れに亡くなってしまった。


「セナ」

「はい、マスター」


「いつか俺のように黒い髪と黒い瞳を持った子孫が現れる。その子が現れるまで、この公爵家を守り、そして、いつかその子に出会ったら、その子を守ってくれ」


「はい、マスター」


 マスターは、にっこり微笑むとこの世から姿を消した。


 王族は、脅威だった最強の黒魔術師がいなくなったことに安堵し、公爵家から、再び強力な黒魔術師が現れることを恐れた。そして、豊かな公爵領を潰すより味方に付けるために、公爵家を優遇し、黒髪の子どもが生まれないように公爵家当主に監視させた。王族にとって黒髪は悪だった。しかし、心配をよそに、黒髪の子どもはまったく生まれなかった。


 セナは、マスターの言いつけを守り、代々の公爵家当主に仕えた。長い月日が流れ、「使い魔」と呼ばれ、自分の名前が「セナ」だったことも忘れた頃に、アルデラが生まれた。


 王族から危険視されている存在してはいけない黒髪の赤子に、公爵家夫妻は恐怖した。


 母親が「いやぁ! どうして!?」と叫んでいる。


 そんな中、別室に放置されている赤子をセナはこっそりと見に行った。


(小さい)


 そっと白い頬を指でつつくと、フニッと柔らかい感触がする。


(ずっと、あなただけを、待っていた)


 赤子が小さな手で、セナの指をぎゅっとつかんだ。そのとたんに、とっくの昔になくしてしまった、嬉しいとか、温かいという感情を急に思い出した。


 セナは願った。


(早く大きくなって。当主になったあなたに、お仕えしたい)


 赤子の父と母は、赤子を殺そうとしたが、黒魔術に守られているし、セナも陰ながら守っていたので、全てうまくいかなかった。


 公爵家では、『赤子を放置するように』と言われていたが、赤子のことを可哀想に思った使用人達が、こっそりと最低限の世話をしてくれた。


 その頃のセナは、人目を忍んで、黒髪の赤子に会いにいくのが日課だった。抱っこしたり、見よう見まねでオムツを代えたり、ミルクをあげることもあった。


 公爵は、すくすくと育つ赤子に恐怖を抱きながらも、「殺せないなら飼い殺すしかない」と思い、ようやく赤子に「アルデラ」と名付けた。そして、アルデラが十五歳で黒魔術に目覚めなかったことを大いに喜んだ。

 

(まだ、目覚めるはずがない。だって、身体が十五歳じゃないから)


 栄養の行き届いていないアルデラは、黒魔術の発現が遅れていた。そのことに気がつかず、公爵はアルデラを伯爵家に嫁がせた。公爵は嫁がせた先でも、アルデラがひどい目にあわされると思っていたようだ。なんなら、自分の代わりにアルデラを殺してくれたらいいとすら思っていた。


 しかし、アルデラの夫になる伯爵は、とても優しそうな人だった。


(良かった。ここにいるより、幸せになれそう)


 セナは、アルデラの存在を恐れた現公爵家当主によって、魔道具により絶対服従を誓わされている。アルデラを助けたくても助けられなかった。 


 公爵家から出て行くアルデラを木の陰に隠れて、そっと見送った。


(さようなら。どうか、幸せになって)


 それから、たった一年後にアルデラと再会することになった。黒魔術を使えるようになったアルデラは、公爵家当主に相応しかった。


 今、セナの目の前に、あの黒髪の少女がいることが夢のようだ。


「セナ?」


 アルデラに不思議そうに名前を呼ばれて、セナはハッと我に返った。そういえば、三人で買い物に来ていた。今は、帰りの馬車の中だ。


 ノアは、はしゃぎ疲れたようで、アルデラの膝枕で眠っている。


「セナ、どうしたの? ぼんやりして」


「マスター」


 懐かしい記憶に引っぱられて、ついそう呼ぶと、少女は楽しそうに笑う。


「本当にどうしたの? やめてよ、アルデラって呼んで」


「はい、アルデラ」


 ずっと陰ながら成長を見守ってきた黒髪の少女が笑ってくれる。


 アルデラを見ていると、マスターにも感じたことのない、温かい気持ちがいつも湧き起こる。彼女を守りたい。いつも幸せでいてほしい。


「アルデラ、幸せ?」


「もちろん! セナはどう?」


「すごく、幸せ」


 アルデラは「良かったわ」と微笑んでくれる。


 セナは、『この笑顔を守るために自分がこの世に存在している』と確信していた。

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