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19 ぼくは強くなります

 次の日、ノアはとても可愛かった。手を伸ばして一生懸命エスコートしてくれたし、馬車に乗る時も降りるときも手を貸してくれた。「ありがとう」とノアにお礼を言うと、嬉しそうな笑顔が返ってくる。


(可愛いわね)


 そう思っているのはアルデラだけではないようで、一緒に買い物に来ているセナもどこか微笑ましそうにノアを見ている。


 ノアはアルデラが持っていたバスケットも「ぼくが持ちます!」と言ってくれたけど、中には相変わらず髪やらビンやら公爵から奪ったブローチやらと怪しいものが入っているので丁重にお断りした。


(街の中でも何があるかわからないからね。いつでもすぐに黒魔術を使えるようにして、ノアを守らないと)


 今日は、たくさん買い物をするために、わざわざこの国の中心部まで来たので人通りが多い。


 事前に本を読んで調べたけど、この国は王城を中心として、その周りに貴族街、さらにその周りに市街地があるそうだ。そこまでが外壁に囲まれていて、それから先はそれぞれの貴族が治める領地が広がっている。そして、国境付近は外敵から国を守るために辺境伯が治めていた。


(ようするに、ドーナツがどんどんと外に向かって大きくなっていったみたいな作りなのよね)


 領地を治める貴族達は城門の近くに城や砦、屋敷を構えていることが多いので、中心部への移動はそれほど困らないようだ。そして、普段は各自領地で過ごし、社交界シーズンにだけ中心部の貴族街にある家に住み、社交界が終わるとまた領地に帰っていく者が多いらしい。


(クリスは、借金返済のために、貴族街にあった家を売っちゃったからね)


 城壁付近に住んでいるとはいえ、街に行くにもそれなりに時間はかかる。


(ノアが社交界デビューをする頃になったら、貴族街に新しく家を買うのもいいわね)


 楽しい未来を想像しながら、ノアと並んで街を歩いた。セナは黙って後ろからついて来る。セナも一緒に並んで歩こうと誘ったが「後ろにいるほうが、護衛しやすいから」と断られてしまった。


「とりあえず、服ね」


 事前に調べておいた貴族御用達の高級店でノアとセナの服を買った。


「二人とも見目麗しいから、何を着ても似合うわぁ」


 いろいろ試着してもらい、店員達と一緒になって二人の素敵さを褒めたたえる。


「今、試着したもの、全部もらうわ。買ったものはレイヴンズ伯爵家に送って。支払いは全てレイヴンズ伯爵家のアルデラ宛よ。絶対に間違えないで」


 店員にそう伝えてから店を出た。ちなみに貴族の買い物の仕方も、『ノアに恥をかかせるわけにはいかないわ!』と思い、本でバッチリ予習しておいた。


(はぁああ、楽しい!)


 服を買い終わると、露店でノアが興味を持ったものを全部買った。

 ノアが戸惑いながらアルデラを見上げた。


「こ、こんなに?」


「いいの、いいの!」


 よくわからないおもちゃや、美味しそうな食べ物をノアの両手いっぱいに乗せていく。食べ物は「食べきれません」とノアが言うので、三人で仲良く食べた。


 口いっぱいに頬張るノアが可愛らしい。


 セナを見ると、別の所を見ていたので「どうしたの?」と聞くと無言で首を左右にふった。


「なんでも、ない」


「そう?」


 セナを見ていた方を見ると、そこには路地裏に続く通路が見えた。


「セナ、あっちに行きたいの?」


「行きたい、というか、少し懐かしい匂いがした」


「懐かしい匂い?」


 よくわからないので、食べ終わるとその通路を覗いてみた。大通りから一歩出ると、とたんに人通りが少なくなり、華やかな雰囲気が消え去る。


(ふーん、スラム街ってわけではないのね)


 路地裏は想像していたよりも清潔で、どちらかというと、『表通りにはない、よりマニアックな商品を取り扱ったお店が並んでいる』といった雰囲気だ。


 危なくはなさそうなので、三人で路地裏をブラついていると、一軒の古びたお店の前でセナが立ち止まった。


「この匂い……」


 セナに言われて、鼻から息を吸い込むと、確かに少し独特な甘い香りがしている。お店の看板には『魔道具・薬草』と書かれていた。


 年季の入った扉をそっと押すと、キィと軋む音と共にカランカランとベルが鳴る。店の中に入ると、甘い香りがより強くなった。店の奥には、お婆さんが背中を丸めてまるで置物のように座っている。


「いらっしゃい」


 低くゆったりとした声だった。


「おばあさん、魔道具って何を売っているの?」


 魔道具の本はまだ読んでいないので、知識が全くない。


「なんでもあるよ。ほれ、お嬢さんがお持ちのソレみたいのなのもね」


 お婆さんは細い枯れ木のような指で、アルデラの持っているバスケットを指差した。


「あ、それって、もしかして……」


 バスケットから公爵家当主の証しのブローチを取りだすと、お婆さんは笑う。


「まぁ、そこまで高価なものは、置いてないけどね」


「じゃあ、身を守るための魔道具がほしいわ」


「はいはい」


 お婆さんはゆっくりと立ち上がると奥へ行き、三つの小箱を持って戻って来た。


「これは?」


 お婆さんが箱を開けると真紅の指輪とネックレス、イヤリングが出てきた。


「魔力強化効果があるね。あと、魔術の代償にも使える」


(『代償』ね。私が黒魔術を使うことをわかっていて進めているのね)


「男物はないの?」


「おや、お嬢さんのものではないのかい?」


「大切な人達にもプレゼントしたいの」


 「だったら」とお婆さんは、今度はお店のカウンターの下にあった荷物をゴソゴソと動かした。


「ここら辺はどうだい?」


 お婆さんが皮の巻物を開くとシルバーチェーンのブレスレットが何本も並んでいる。


「いいわね。これには、どういう効果があるの?」


「うーん、まぁお守りみたいなものさね」


 ブレスレットを手に取って見ると、少しキラキラと輝いている。


(黒いモヤから身を守るくらいの効果はありそうね)


「今見せてもらったもの、全部もらうわ。支払いは……」


「現金のみだよ」


「あら、そう。困ったわね」


 念のためにと持ってきた現金は、さきほど露店で全て使ってしまった。どうしようかと思いながら、店内に目を向けるとセナが乾燥した草の匂いを嗅いでいた。


「それが、懐かしい匂いなの?」


 セナが頷いたので、アルデラはお婆さんを振り返った。


「お婆さん、これは?」


「染料になる草だよ。潰してその汁で髪の色を変えるんだ」


「髪の色を……あれ?」


 セナに「この匂いが懐かしいのよね?」ともう一度確認する。セナは前に『アルデラの黒髪が初代公爵と同じで懐かしい』と言っていた。


「もしかして、初代公爵は黒髪を別の色に染めていたの?」


 コクリと頷いたセナを見て、アルデラはわからなくなった。


(この世界で、黒髪が珍しいのはわかるわ。白魔術師のサラサがコレクションしたがるくらいだものね。でも、アルデラの両親以外、それほど黒髪を嫌がっていないのよね。これは、どういうことなの?)


 しかも、初代公爵は黒髪だったけど、染めて別の色にしていたらしい。


(この世界の黒髪っていったいなんなの?)


 初代公爵について、調べてみたほうが良いのかもしれない。


(セナにも一度、じっくり話を聞かないと)


 アルデラが考え込んでいると、お婆さんが「買うのかい? 買わないのかい?」と急かしてきた。


「買いたいけど……現金の持ち合わせがないわ」


 仕方がないのでバスケットから公爵家の紋章が入ったブローチを取りだす。


「今はこれしかないわ」


 ブローチを見たとたんにお婆さんは笑った。


「そんなものを受け取ったら、店のもの全部渡さないといけなくなっちゃうね。そうだね、お嬢さんの黒髪を少し貰おうか」


「この黒髪に価値があるの?」


「珍しいし綺麗だし、けっこうな魔力が流れているね」


「いいわよ。どれくらいほしいの?」


 お婆さんからナイフを受け取ると、ノアが慌てて割り込んだ。


「ダメです! アルデラさんの髪を切るなんて!」


「大丈夫よ。髪はまた伸ばせばいいから」


「だったら、ぼくの髪をどうぞ!」


「それはダメ!」


 アルデラは自分でも驚くくらい大きな声が出た。ノアは驚いて目を真ん丸にしている。


「……ごめんね、急に大きな声を出して」


 ノアに謝ったあと、アルデラはもう一度ブローチをお婆さんに渡した。


「お婆さん、これを預かってて。あとから必ずお金を払いにくるから」


「はぁ、わかったよ」


 お婆さんから荷物を受け取ると、セナが全て持ってくれた。アルデラは、うつむいてしまったノアの手を引いて店から出た。


 うつむいたままのノアの前にしゃがみ込み、視線を合わせる。


「ノア、本当にごめんね。ノアの髪はもらえない。私はノアのことがとても大切なの」


 このやり直しの人生は、『ノアを救うためだけにある』といっても過言ではない。顔をあげたノアの綺麗な瞳には涙が浮かんでいた。


「ぼく……。ぼくも、アルデラさんが大切なんです。アルデラさんが来てくれたから、父様や他の皆が元気になったんです。全部、アルデラさんのおかげなんです。ぼく、アルデラさんが大好きです。だから、アルデラさんを守れるくらい強くなりたい」


 ノアは、両手をぎゅっと握りしめている。アルデラは小さなその手をそっと包み込んだ。


(ノアが強くなれば、ノアが助かる可能性が高くなるかもしれない)


 理由はなんでも良い。本当は守ってなんてくれなくていい。アルデラは、宝石のように輝くノアの青い瞳を見つめた。


「強くなって、ノア」


 ノアは力強く頷いた。


「はい、ぼくはアルデラさんのために、必ず強くなります!」


 アルデラが小指を立てると、ノアも小指をたてて絡めた


「ゆびきりげんまん、ウソついたらハリセンボンのーます」


 笑顔で約束を交わしたこの日から、ノアは強くなるために、ブラッドに剣術を習い始めた。


 また少し運命の流れが変り始めた。

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