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14 伯爵【クリス視点】

 書斎部屋からアルデラとセナが出て行くと、クリスはブラッドと二人きりになった。


 ブラッドが「あの馴れ馴れしい護衛は、アルデラ様が公爵家でつらいめにあわされている時に、アルデラ様を助けていたらしいぞ」と教えてくれる。


「彼女にも味方がいたんだね。良かった」


 そう言いながら、クリスはアルデラと出会った日のことを思い出していた。


 妻が病にかかったとわかったとき、何をしてでも治そうと思った。良いといわれるものは全て試したし、最新の医療を取り入れ治療に当たった。


 いくらかかっても良い。妻さえ生きてくれればそれでいいと、なりふりかまわずお金を使った。五年もの闘病生活ののち、妻が亡くなり、伯爵家には膨大な借金だけが残された。


 どうしようもなくなり、公爵家にお金の工面を願いに行ったところで、「お金を貸してやる代わりに」と、アルデラを後妻に迎えるように言われた。


 聞けばそのアルデラは十六歳になったばかりで、二十六歳のクリスとは十も年が離れている。


『それは余りにアルデラが可哀想だ』と思ったが、こちらから断れることではなかった。引き合わされたアルデラは、とても不健康そうだった。深くうつむきこちらを見ようともしない。一目で望まれていない子どもだとわかった。


 公爵が「汚らしい黒髪だろう?」と吐き捨てるようにいった。


(ああ、そういうことか)


 ただ髪が黒いだけでアルデラは迫害されているらしい。


(ここにいるよりは、うちに来たほうがこの子にとっても良いかもしれない)


 そういう事情で、アルデラとの再婚を受け入れた。結婚式も何もせず、アルデラは捨てられるように身一つで伯爵家を訪れた。荷物すら何も持っていなかった。


(可哀想に……。ここで少しでも幸せになれればいいけど)


 そう思って、アルデラには自分のことは「兄と思うように」と伝えておいた。しかし、アルデラが伯爵家に来てからすぐに変化は訪れた。


 妻が亡くなり一年がたっていた。未だにお金もなく、陰鬱な空気が漂う屋敷内が急に活気づいたのだ。


 残っていたわずかな使用人達は、やせ細ったアルデラを見て「彼女を元気にしなければ!」と一致団結しはじめた。


 料理長は、お金がない中、工夫して健康な料理を考えるようになった。メイド達は妻が着ていなかった服やドレスをアルデラが着られるようにと裁縫に精を出した。


 使用人達が何かをするたびに、アルデラはオドオドしながら「あ、ありがとう」と言った。それを聞いた使用人達はもっと喜んでもらおうとまた張り切り出す。


 気がつけば、息子のノアもアルデラに懐いていた。


 妻は、ノアが産まれた一年後に病に倒れた。ノアは、いつもベッドで横になっている母しか記憶にないだろう。


 病に倒れる前の妻はとても美しい人だったが、病に倒れてからはやせ細り土気色の顔をしていた。ある日、久しぶりに鏡を見た妻が、静かに涙を流したので、妻の部屋の鏡は全て外した。


 五歳になったノアにも「女性に外見のことを言ってはいけない」と伝えた。その時は、わかったような、わかっていないような顔をしていたが、賢いノアは母を悲しませるような発言を決してしなかった。


 闘病生活中はずっと無力感にさいなまれた。苦しむ妻を見て、何度も代わってあげたいと思った。


 妻が亡くなったとき絶望に包まれたが、心のどこかでホッとしている卑怯な自分もいた。それは、使用人達も同じだっただろう。その後は、皆が、妻を救えなかった罪悪感に苦しんだ。


 だからこそ、少しずつ健康になっていくアルデラに夢中になった。彼女を健康にすることで、亡くなった妻への罪悪感は確実に薄れていった。


(アルデラを助けるつもりが、助けられた)


 そういう理由もあって、アルデラが嫁いで二カ月たったある日、急に倒れたときも見捨てようなどとは少しも思わなかった。


 幸いにも、ここには治療器具はたくさんあるし、治療方法も知っている。妻にも使っていた高価な魔力の点滴をアルデラにも使うと決めたとき、ブラッド以外は誰も止めなかった。


 点滴を打ち始めると、アルデラの顔色はみるみると良くなっていった。


(大丈夫かもしれない)


 そんな期待を抱えたまま、あっと言う間に三か月が過ぎた。ベッドに横たわるアルデラは健康そのものに見えたがそれでも、起きる気配がない。


(彼女は、一生このままなのだろうか?)


 そんな不安が頭を過ぎったとき、アルデラが起きたと報告を受けた。


 元気になったアルデラは、まるで別人のようだった。見た目が美しくなったのは、もちろんのこと、オドオドした態度がなくなり、堂々と話す彼女に眩しさすら感じた。


(良かった……)


 心からそう思っている。


 ただ、長年の友ブラッドに、アルデラの護衛を任せたとたんに、急に「アルデラ様!」と熱心にアルデラに仕え始めたり、アルデラを昔から知っている護衛のセナとアルデラが、とても親しそうだったりするのを見て、動揺してしまっている自分もいた。


(何だ、この動揺は?)


 アルデラが皆に好かれて幸せそうなら、それでいいはずなのに。


 書類作業を始めたブラッドが「セナは使えそうだが、アルデラ様に馴れ馴れしいのが気に食わん」と眉間にシワを寄せた。


(そういう君は、アルデラが倒れたとき『見捨てよう』と言っていなかったか?)


 のどまで出かかった意地の悪い言葉に、クリスは驚いた。


(何をイライラしているんだ、私は?)


 クリスは謎の苛立ちを忘れるために、目の前の仕事に無理やり没頭した。

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