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11 新しい護衛

 階段を下りると先ほどの執事っぽい人が、さっきとは打って変わった様子で、媚びた笑みを浮かべていた。


「お帰りですか? アルデラ様」


 平静を装っているが手が微かにふるえている。その様子を見て、アルデラはふと思いついたことがあった。


「もしかして、兄をあの場に呼んだのは貴方かしら?」


 ビクッと執事の肩が跳ねた。


「当たりのようね」


 アルデラの兄がタイミングよくあの場にいたのが不思議だったけど、どうやら、黒魔術が使える公爵と兄を協力させて、アルデラを倒そうと思ったらしい。


「二人なら、私を倒せると思った? 残念だったわね」


 おそらく、この執事は、兄を呼びに行き、一緒に公爵の援軍に向かったところ、公爵がこれでもかとやられていた場面を見てしまったのだろう。執事の顔からダラダラと汗が流れていた。


(この人、途中で兄を置いて、自分だけ逃げたのね)


 執事はアルデラの質問には答えず、手に持っていた紙束をこちらに差し出した。


「これは?」


「公爵家の帳簿です!」


 必死に説明しようとする執事を無視して、アルデラはブラッドに帳簿を渡した。


「ザッとでいいから中を確認してもらえる?」


「はい」


 パラパラと中を流し見したブラッドは「パッと見、不正は見つかりませんね」と淡々と答えた。

 執事は「もちろんです! 私は不正など致しません!」と両手を握りしめている。


(公爵を恐れていたなら、本当に不正はしていなかったでしょうね)


 ブラッドの意見もあるし、そこは信用して良いのかもしれない。


「だったら、さっき言った通り、公爵家の私財から、すぐに伯爵家に持参金を支払いなさい」


「はい!」


「あとは、兄が十六年間に使ったお金を計算して、それも伯爵家に振り込んで。これは、何年かに分けて良いわ。詳細については、ここにいるブラッドと話して決めて。ただ、支払いのために領民の税をあげることは禁じます」


「はい!」


 元気なお返事を聞きながら、アルデラは執事に意地の悪い笑みを向けた。


「不正をしたら……どうなるか、わかっているわね?」


 青ざめた顔で、うっすら涙を浮かべながら執事は頷く。


「わかればよろしい。残念だけど、公爵に仕えている貴方の周りには黒いモヤは見えないの。貴方への憎悪は、主である公爵が引き受けていたみたい。だから、私には、貴方が悪人なのかわからない。まぁ、今までの言動を見る限り良い人だとは思えないけど……」


 アルデラの視線を避けるように、執事はうつむいた。


「だから、貴方を罰するかどうかは、次に会ったときに決めるわ。これからは、できるだけ人に感謝されるように生きることね」


 執事は深く頭を下げた。


 城内から出るとアルデラは思いっきり両腕を上げた。


「終わったー!」


 ブラッドが「お見事でした、アルデラ様!」と拍手してくれる。


「うん、ブラッドも助けてくれてありがとう! これで伯爵家の借金問題はなんとかなりそうね」


「はい!」


 満面の笑みを浮かべるブラッドは、「ところで、アルデラ様、こちらの『お姉ちゃん』とやらは、いかがしますか?」と聞いてきた。


 アルデラはお姉ちゃんを振り返った。お姉ちゃんは相変わらず黒い仮面をつけている。そっと仮面に手を伸ばしても、お姉ちゃんは少しも抵抗しない。


 仮面を外すと、人形のように綺麗な顔が現れた。白い肌と、まるでガラス玉のような水色の瞳が、よりいっそう人形っぽさを出している。黒いフードから少し見える髪は、銀色というよりは白だった。


「お姉ちゃん……だよね?」


 どうして疑問形なのかというと、お姉ちゃんはいつもフードを深く被り、うつむきがちだったので、幼いアルデラは、お姉ちゃんの顔をまともに見たことがなかった。ただ、ときどき見える顔がとても整っていたので『お姫様みたい』と思ったことを覚えている。


 お姉ちゃんは返事をする代わりに、ポケットから紙につつまれた小さなキャンディをくれた。


 そして、「大丈夫? 今は、幸せ?」と聞いてくれた。


 そのとたんに、急にアルデラの瞳に涙があふれた。


 実の両親である公爵や公爵夫人に何を言われても少しも気にならなかったのに、たどたどしいお姉ちゃんの言葉の威力は絶大だ。


「うん、幸せよ。伯爵家の人は、みんな良い人ばっかりだったの」


(本当のアルデラは、もういないけど……アルデラが伯爵家で過ごした三年間は本当に幸せだった)


 お姉ちゃんが「良かった」と呟き、少しだけ口端を上げた。


「お姉ちゃん、私と一緒に来てくれる?」


 幼いアルデラを助けてくれたお姉ちゃんには、これからたくさん恩返しをしたい。お姉ちゃんはコクリと頷いてくれた。


「公爵家当主を、守るのが役目。これからは、ずっと、一緒」


「嬉しい」


 お姉ちゃんに抱きついたアルデラに、ブラッドは遠慮がちに声をかけた。


「あの、アルデラ様。その『お姉ちゃん』とやらの骨格を見る限り、男性のように思われます」


「え?」


 驚いてお姉ちゃんを見上げると、お姉ちゃんは「性別は、ない」と衝撃発言をする。


(そういえば、公爵がお姉ちゃんのこと、『人間じゃない』って言ってたっけ?)


 そして、公爵は『代々当主を守るために作られたバケモノ』とも言っていた。


(作られたってことは、人造人間? ゴーレム? ホムンクルスとか、そういうの?)


 念のためお姉ちゃんに「お姉ちゃんって何を食べるの? あと、名前はあるの?」と質問してみる。


「木の実、とか食べる。名前は……」


 お姉ちゃんは、何かを思い出すように目を閉じた。


「マスターは、確か、セナ、と呼んでいたような?」


「マスター……それって、初代公爵ってこと?」


 セナはコクリと頷いた。


「マスターは、アルデラと同じ、だった」


「私が? 初代公爵と同じ?」


 セナはそっとアルデラの黒髪にふれる。


「この髪色と、この瞳、なつかしい」


(だから、アルデラに優しくしてくれたのかな?)


 理由はどうであれ、セナがアルデラを助けてくれたことに変わりない。


 ブラッドは咳払いをしながら、黒髪にふれるセナの手を払った。


「とりあえず、この『セナ』はアルデラ様の新しい護衛ということですね?」


「そうなるわね」


「わかりました」


 頭を下げたブラッドはセナの方を向いた。そして、「同じ護衛として共に励もう」と右手を差し出すと、セナはそれを無視して、アルデラの黒髪にふれた。その手をまたブラッドが払う。


「気安くアルデラ様の髪にふれるな! その方は私の主であるクリスの妻であり、伯爵夫人だ!」


 セナはブラッドを感情のない瞳で見つめたあと、ふいっと顔をそらした。


「き、貴様!」


 こめかみに青筋を浮かべるブラッドを見ながら、アルデラは『この二人、相性が悪いかもしれない』と、ため息をついた。

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