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01 可哀想なアルデラ

 とても怖い夢を見た。


 それは、中世ヨーロッパ風の異世界で、無実の罪により投獄ののちに処刑されてしまう夢。


 早く夢から覚めようと、重いまぶたを開くと、そこには見たことのない天井が広がっていた。


(私……牢屋じゃなくてベッドの上にいる……。やっぱり、あれは夢だったんだ)


 夢の中で、臭く不衛生な牢に繋がれていたため、ベッドのやわらかさや白いシーツの清潔さがとても心地好い。


(ここはどこ?)


 少し首を右に動かすと、点滴を打たれている自分の右腕が見えた。


(点滴ということは、ここは病院?)


 それにしては、部屋の中の装飾品が豪華だった。中世の貴族が暮らしていそうな室内はとても広く、夢の続きを見ているのかと思ってしまう。


(これは……どういう状況?)


 小さなノックのあとで、だれかが部屋に入ってきた。看護師ではなく、なぜかメイドのような服を着ている。『ここはどこですか?』と話しかけようとしたのに、のどが痛くてうめき声しかでない。


 ハッとこちらに気がついたメイドは「お目覚めですか!?」と驚きながらベッドにかけよってくる。


「う、う」

「すぐにお水をお持ちしますね! 奥様!」


(おくさま?)


 慌てて部屋から飛び出したメイドは、部屋の扉を閉めることも忘れ「奥様が! アルデラ奥様がお目覚めになられました!」と叫んでいる。


(アルデラ? ……そっか、今の私の名前だ)


 この身体はアルデラという名前の女性だった。ここは、中世風の異世界でアルデラは高位貴族の公爵令嬢として生まれた。でも、そのアルデラの精神が消滅してしまい、身体を維持するために、急きょ、アルデラの前世の記憶が復元された。


(えっと、それが今の私ってこと? これは、ようするにあれだ。異世界転生ってやつだ)


 なので、今のアルデラはアルデラであってアルデラではない。


(前世の私は日本人なのよね。確か、若くして事故で亡くなってしまって……)


 でも、家族は温かく、信頼できる友達もいて、今思えば幸せな人生だった。それに比べると、アルデラの人生はひどい。


(アルデラ……可哀想なアルデラ)


 彼女のことを思うと涙があふれる。


 公爵令嬢として生まれたのに、黒髪黒目というこの世界では異質な外見だったために、家族にうとまれ、存在していないように扱われてきた可哀想なアルデラ。


 成人しても社交界デビューをさせてもらえず、厄介払いとばかりに、借金まみれの伯爵家の後妻として嫁がされた。


 今いる場所は、その嫁ぎ先のレイヴンズ伯爵家だ。


(ここでも、つらい目に遭うと思っていたのにね)


 予想外に伯爵家の人々に優しくしてもらい、アルデラは本当に驚いていた。そんな幸福も束の間、結婚から三年後にアルデラは、伯爵家の幼い令息ノアを殺害したという罪を着せられ投獄されてしまう。


 民衆に『稀代の悪女』と罵られながら、無実のアルデラが処刑されるその瞬間、黒い炎が彼女を取り巻いた。


 それはアルデラが生まれた公爵家が代々受け継ぐ秘術、黒魔術の発動だった。黒魔術を扱うには代償が必要だ。


(本物のアルデラが黒魔術の代償に自分の命を捧げて、レイヴンズ伯爵家に嫁いで来たときまで時間を巻き戻してくれたんだ)


 彼女が命を捧げてまで、時間を巻き戻して望んだことは、たった一つだけ。


 それは、復讐でもなく、冤罪をはらすことでもなく、何者かに殺されてしまったノアを救うこと。


(だから、『アルデラ』になった今の私がやることも、ただ一つ! ノアを救う!)


 ベッドから重い身体を引きはがすように起き上がると、頭がクラクラした。足を床に下ろし、なんとか立ち上がるがふらつき、点滴を腕につけたまま倒れてしまう。


 ガシャンと大きな音がした。


(痛いのは、生きている証拠。アルデラは、もういないけど、あなたの望みは私が叶えてみせる)


 覚悟を決めて顔をあげると、黒髪の美しい少女が倒れていて、こちらを見つめていた。


(……だれ?)


 不思議に思い首をかしげると、鏡の中の少女も首をかしげる。


(えっ、これって鏡だよね? ということは、もしかして、この黒髪の美少女は……私!?)


 アルデラは、公爵令嬢として生まれたのに、子どものころからお金も手もかけてもらえなかったせいで、髪はボサボサ、肌はガサガサだった。やせ細り、目はうつろでいつも同じ服を着ていた。


 それなのに、鏡の中の少女は、しっとりと濡れたような美しい黒髪を持ち、その白い肌は、陶磁器のように滑らかそうだ。


(どうして? 信じられない)


 でも、この世界では、黒髪黒目は異質で、アルデラしかいない。だから、鏡に映っている黒髪美少女が自分だと信じるしかない。


 それでも信じ切れずに、鏡に向かって手を伸ばそうとすると、扉のほうで「きゃあ」と女性の悲鳴が上がった。パタパタと複数の足音がしたかと思うと、優しく抱き起される。


「アルデラ!」


 気がつけば、倒れていたアルデラは、金髪碧眼の美しい男性の腕の中にいた。


(この人は……。たしか、アルデラの夫の伯爵様だ。まぁ、夫と言っても形だけだったけど)


 レイヴンズ伯爵の横には、伯爵と同じ金髪碧眼の可愛い男の子がいる。


「アルデラさん!」


 まるで天使のように愛らしい男の子は、小さな手でアルデラの左手を握りしめた。


(ノア……!)


 伯爵の幼い令息ノアを見ると涙がこぼれた。時間を巻き戻す前の世界では、ノアは、何者かに殺害され、その罪をアルデラが着せられてしまう。


(今度は、絶対に守るからね。絶対、に……)


 急にまぶたが重くなり、目の前が白くなっていく。


「アルデラ!」

「アルデラさん!」


 遠くで名前を呼ばれたような気がしたけど、答えることができずに、アルデラは気を失った。

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