5 戦闘開始
周囲を黒い霧が覆う中、オルテッド達はバイコーンと対峙した。
バイコーンは2本の角から稲妻を発生させると、オルテッドとシルヴィ目掛けて攻撃してきた。
「魔法付与 、反射!」
オルテッドはシルヴィのハルバードに、受けた攻撃を倍にして跳ね返す反射の効果を付与した。
シルヴィのハルバードが白い光を帯びた。
迫ってくる稲妻に対してシルヴィがハルバードを振るうと、稲妻はバイコーンへと反射され直撃した。
「グギャャャャ!」
ダメージを負ったバイコーンは悲鳴を上げると、額にある小石サイズの何かを赤黒く発光させた。
次の瞬間、バイコーンは黒い霧を発生させ姿を眩ませた。
オルテッドは慌てず状況を分析する。
バイコーンには本来黒い霧を発生させる能力はない。
霧を発生させているのは、バイコーンの額に埋め込まれている赤黒い物体────、C級遺物『霧の誘い手』だろう。
以前、ダンジョンで見つけた事があったので、効果を知っていたのだ。
魔獣の中にはダンジョン内の遺物をその肉体に融合させる個体がいる。
それらは『遺物付き』と呼ばれ、同じ種族の魔獣よりも強力な個体になる。
突如、黒い霧の中から稲妻がいくつも、こちらに向かってきた。
それに反応したシルヴィがハルバードで稲妻を追い払う。
「オル、この霧だとアイツの姿が分からない」
確かにこのままだとバイコーンに逃げられてしまい、近くの村が襲われてしまう。
こちらの攻撃を当てるには、この霧を晴らすしかない。
「シルヴィ、ハルバードの付与魔法を書き換えるぞ。そしたらお前は周りの霧に向かって、思いっきり振りかぶれ」
「わかった」
「行くぞ、魔法付与、火炎、|強化『ブースト》!」
魔道具から発射された魔法がシルヴィのハルバートに付与された。
一つは物体に火属性を与える火炎。
もう一つが物体の性質を強化する強化だ。
強化の効果は、例えば剣に付与したら剣の切れ味、強度がアップされ、その剣が火属性を持っていたらその効果もアップする。
シルヴィは指示通りに周囲の霧に向かって、赤い光を帯びたハルバードを振りかぶった。
ゴオオオオオオ!!!!!
ハルバードから強化された炎の刃が放たれ、黒い霧を晴らしていく。
シルヴィは何度もハルバードを振りかざすと、周囲が炎で包まれていった。
強烈な炎によって、霧が晴れると少し離れた所にバイコーンがいた。
オルテッドがバイコーンに対して、宣言する。
「さぁ、もう隠れんぼは終わりだ」
「グオオオオ!!!!」
バイコーンは怒りの雄叫びを上げると、二本の角に電撃を纏わせて突進してきた。
ここで勝負を決めるつもりだろう。
「シルヴィ、アイツの動きを止める。 アイツの足元目掛けてブーメランを投げてくれ!」
シルヴィは頷くと、くの字の形をしたブーメランを作り出し、バイコーンの足元目掛けて投げつけた。
オルテッドはボウガン型魔道具を構え、ブーメランに付与魔法を発射した。
「魔法付与、脆弱、氷結!」
脆弱性と氷属性を付与されたブーメランがバイコーンに迫ると、ブーメランはバラバラに砕けた。
そして、砕けた破片がバイコーンの足に付着し、付与された氷属性によってバイコーンの足を氷漬けにした。
「グギャアアアア!!!」
足を封じられたバイコーンはそのまま派手に転倒した。
シルヴィはその隙を見逃さなず、大きく飛び上がった。
「これで、終わり」
シルヴィはそう呟き、赤い光を帯びたハルバートをバイコーンの首元に向けて振るう。
大きな炎の刃がバイコーンの首を跳ね飛ばし、バイコーンは断末魔も上げる事なく絶命した。
「よっしゃ! やったな、シルヴィ」
オルテッドはひょいと右手を突き出した。
シルヴィは意味が分からなかったようで首を傾げた。
「なにそれ?」
「ハイタッチだよ、勝利した記念に」
「別にそこまでする必要はないと思うけど……。 わかった。ハイタッチするね」
ばしっと、お互いの右手でハイタッチした。
バイコーンを倒した後、オルテッド達はバイコーンを狩った証として、二本の角と額にあった『霧の誘い手』を剥ぎ取った。
素材を剥ぎ取っているとバイコーンの死体は気化し、空気に溶けるようにして消えていった。
魔獣は死んだ後、一定の時間が立つと気化してしまう。
その前に必要な素材は剥いでおかないといけない。
オルテッドは剥ぎ取った『霧の誘い手』を手に持ち、軽く魔力を流すと『霧の誘い手』から少し黒い霧が発生した。
『霧の誘い手』は魔力を通すと黒い霧を発生させるC級遺物だ。
これを売ればそれなりの額にはなるだろうが、万が一強力な魔獣から逃げる時に煙幕として使えるかもしれない。
そう思い『霧の誘い手』を服のポケットにしまうと、シルヴィを連れて商人達が待つ村へと戻った。
オルテッド達はバイコーンを狩った証である角を商人である小太りの男に見せた。
小太りの男はは本当に討伐できるとは思わなかったらしくかなり驚いていたが、バイコーンが討伐された事に安堵していた。
「いやー! 助かったよ、バイコーンを討伐してくれるなんて。 これで納期に間に合うよ」
「いえいえ。それに討伐する事ができたのは、隣にいる相棒のおかげです」
「相棒ってこのお嬢ちゃんの事かい?」
小太りの男はシルヴィへと顔を向けた。
相棒と呼ばれたシルヴィはなにやら難しそうな表情を浮かべて、「う、うん」と歯切れの悪い返事をした。
オルテッドはその様子を不思議に思いながらも、小太りの男と話をし、馬車に乗せてもらう事になった。
馬車に乗り込んだオルテッドは先ほどの事が気になっていたので、シルヴィに話しかけた。
「なぁ、シルヴィ。もしかして相棒って呼ばれるの嫌か」
「え、どうして?」
「さっき難しそうな顔してたからさ」
「あ……。ううん、相棒って呼ばれるのは別に嫌じゃない。ただ戦う事しかできない私に、そう呼ばれるほど価値があるのかなって、そう思ったの」
オルテッドはその言葉を聞いて、シルヴィが今までどんな人生を歩んできたのか何となく想像ついた。
シルヴィはその高い能力に対して自己評価が低い。
その原因はきっと今まで色んなギルドを転々として、道具のように扱われてきて誰からも認められる事が無かったからだと思う。
どうしてそう思うか。
それはオルテッドもかつて同じだったから。
「なぁ、シルヴィ。少し昔話を語ってもいいか」
「うん。聞かせて」
「俺には昔、付与魔法の使い方を教えてくれた師匠がいたんだ」
「師匠?」
その言葉にシルヴィが反応してこちらを向いた。
オルテッドはゆっくりと語り始めた。
「魔獣のせいで両親を亡くした俺は、生きていくためにギルドに入りハンターになった。けれど、禄に対した魔法も覚えていない状態だったから何度も死にかけた。何度も死にかけたせいで魔力の量も人より少なくなってしまったし、待遇も良くならなかった。魔力が少ないせいで強い魔法を覚えられない俺はギルドから捨てられた。……あの時の俺は自分自身の事をクズだと思っていた。将来に希望なんて持てなかった」
自分から切り出しておいてなんだが、人に話すようなものでは無いなと思いながらも、オルテッドは話を続けた。
「そんな時、俺は師匠と出会ったんだ」
「師匠?」
「師匠と出会って俺は変わった。師匠と出会ってから付与魔法を使えるようになって、その使い方も教えてもらった。このボウガン型魔道具をくれたのも俺の師匠なんだ」
「じゃぁ、大事なものなんだ。どういう人だったの?」
「師匠はちょっと変わった所もあったけど……、まぁ、いい奴だったよ。師匠のおかげで、俺は自信を持てるようになったし、将来の事も考えるようになったんだ。師匠は俺に魔道具を渡した後、まだ誰も行ったことのないダンジョン『この世の果て』に旅立っていった」
「それで、どうなったの」
「それ以来会っていない。正直……、俺の師匠はもうこの世にいないと思っている。だから、俺はギルドマスターになって必ず『この世の果て』に行くと決めているんだ」
オルテッドは話し終えるとふぅと、ひと息をついた。
「なんか暗くなっちゃったな。ありがとうな、聞いてくれて」
「ううん、そういう誰かの話を聞くのは興味がある。知らない事が増えるのは新鮮」
「そっか。えーっと、俺が言いたかったのはお前はもっと自信持って誇っていいって事。俺なんて大した魔法は使えないけど、態度でかいだろ?」
「自分で言っちゃうの?」
「いいんだよ。自信なんて持ちすぎるぐらいんでいいんだよ」
オルテッドは声をあげて笑った。
シルヴィは声を上げる事は無かったが、その口元は微かに緩んでいた。
オルテッドたちを乗せていた馬車は「迷いの樹海」近くの街に辿り着いた。
街は多くの人が往来し、活気に溢れていた。
オルテッドはここまで馬車に乗せてくれた小太りの男にお礼を言っていた。
「俺たちを乗せてくれて、どうもありがとうございました」
「なぁに。こちらこそ助かったよ。これからお前さん達はどうするんだ?」
「今からバイコーンの角を商会ギルドに納めて、報酬を受け取ろうかと。その後は宿に泊まってゆっくり休んでから、『迷いの樹海』に行こうと思っています」
「そうか。しかし、気をつけろよ。最近、この街に妙な出来事が起こっているからな」
「妙な事って?」
「最近、お前さん達のようなハンターが行方不明になっているんだと。しかも裏ギルドが関わっているって噂だ」
「裏ギルドだって。 それは物騒だな……」
「まぁ、あくまでも噂だがな。とにかく気をつけるんだぞ!」
「気をつけるよ」
オルテッドは小太りの男の言葉が気になりつつも、その場を後にした。