3 目的 《ギルドを作るためのお金を稼ぎに行こう》
「オルテッド、俺はもうすぐ旅に出なければならない」
男が目の前の少年にそう言った。
男は全身黒づくめで、顔には仮面をつけていて表情が読み取れなかったが、少年にはその男が寂しがっているのが分かった。
その男は、少年の命を救い付与魔法の使い方を教えてくれた男────、オルテッドの命を救った師匠だった。
これは遠い昔の記憶。
もう戻ってこない思い出。
「旅に出るって、どこにだよ?」
まだ年端もいかない年齢のオルテッドが、師匠に質問する。
師匠はため息混じりに答えた。
「この世の果てだ。未踏区域を越えた先にある、この世界のすべてが始まったとされる場所に、俺は行かなければならない」
「未踏区域って、あまりにも危険すぎるからS級ギルドでも、そう簡単に入れない場所だろ。死ぬかもしれないじゃないか」
「ははっ。だからこそ行くんだ。僕には絶対に行かなければならない理由がある」
師匠はそう言うと、右腕に装着していたボウガン型魔道具を外して、オルテッドに差し出した。
「これをお前にやる。使い方は、前に教えたはずだ」
「いいのかよ? 大事な物なんじゃあ……。それに魔道具がないと師匠だって困るだろ」
「だからこそお前に持っていてほしい。俺だって無事に帰れるとは思っていないし、それに俺ぐらいの実力者になると魔道具の一つや二つ持っているものさ」
「縁起でもない事言うなよ」
師匠が右手でオルテッドの頭を撫でた。
彼にはにはその手が大きく温かく感じられた。
やがて師匠は撫でるのをやめると、立ち上がった。
「さて、もうそろそろ行かないとな。もっとお前に魔法の事を教えたかったが、それができないのが心残りだ……」
「大丈夫さ、師匠」
オルテッドは立ち上がり、師匠を見つめた。
今のうちに言っておかないといけない事があったからだ。
「短い間だったけど、夢ができたんだ。俺……、いつか絶対あんたみたいなギルドマスターになるよ。どれだけ苦しくても、つらくても、絶対になるからな! だから、師匠も絶対帰って来いよ、約束だぞ!」
「あぁ……、約束だ」
師匠はゆっくりと頷いた。
その表情は仮面で見えなかったが、きっと微笑んでいたのだろう。
やがて師匠はオルテッドに背を向けると歩きだした。
オルテッドは師匠の姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。
もう戻らない昔の記憶。
そして、その約束は果たされる事はなかった。
「夢か……」
窓から差し込む朝日に、オルテッドは目を覚ました。
昨日の騒動の後、オルテッドはシルヴィを連れて自分の家へと久しぶりに帰ってきた。
家といってもボロ小屋にいくつかの本や家具が置かれているだけ粗末なものだが。
オルテッドは体を起こすと、ベッドで寝ているシルヴィに目をやる。
普段オルテッドが使用しているベッドはシルヴィが占領していた。
シルヴィはジャケットを脱いで、肌着姿ですぅすぅと寝息を立てて眠っていた。
あまり表情が変わらないが、寝ている時の表情を見ると、やはり女の子なんだなと感じる。
オルテッドはあくびをすると、日課である魔法の練習をするために家をでた。
オルテッドは懐から銅でできたギルド証明証を取り出した。
クローク・ギルドを抜けた今となっては、役に立たないが魔法の練習台としては最適だ。
オルテッドはギルド証明証を木に括り付けて、付与魔法を発射した。
「魔法付与、火炎! 脆弱!」
オルテッドは付与魔法を連続で発射し、光がギルド証明証に当たった。
ギルド証明証が赤い光を帯びた後、ピキリとヒビが入り細かい破片を飛散させ、爆発した。
思ったより大きく爆発したので、「おぉ」と驚嘆の声をあげた。
「よし、目論み通りだな。火炎の後に、脆弱の効果を付与すれば、付与された火のエネルギーが外側に一気に放出されて爆発するみたいだな……って、燃えてる!?」
ギルド証明証が爆発した事によって生じた炎が、木に燃え移ろうとしていた。
オルテッドは慌てて消化活動に入る。
「消えろ、この、このっ!」
足で踏みたくって、ようやく炎は鎮火した。
「ふぅ、焦った~」
「オル、ここにいたの」
後ろを振り向くと、家からシルヴィが出てきていた。
まだ起きたばかりか、半開きの瞼をゴシゴシしている。
「おはよう。よく眠れたか?」
「おはよ。目が覚めたら、いなかったから探してた。何してたの?」
「すまない。魔法の練習してたんだ。自分の魔法の効果を知らないと、いざって言うとき役に立たないからな」
「そうなんだ。真面目」
「まぁな。それより食事でもするか。俺特製のコーヒーを振る舞うよ」
「うん」
「オル、これは何?」
シルヴィは目の目に差し出されたコップを見て不思議そうにしていた。
「コーヒーさ。通常の倍の砂糖を入れてるからかなり甘いぞ。疲れた時はこれを飲むようにしているんだ」
「そうなんだ。こんな泥みたいにドロドロしたコーヒーがあるなんて、私知らなかったよ」
「あぁ。この世の中には知らない出来事ばかりだ。大事なのはチャレンジしてみる事さ」
「いただきます」
シルヴィはコップを手に取り、一気に飲み干した。
直後、舌をべーと出した。
「甘すぎる……」
「あ、悪い……。口に合わなかったか」
「口の中がジャリジャリする……。でも、オルがおすすめするなら我慢する……」
「いや、無理して飲まんでいいわ! ほら水!」
水を飲んでふぅと、ひと息をついたシルヴィが質問してきた。
「オル、これからどうするの?」
「よく聴いてくれた。俺たちはこれからC級ダンジョン『迷いの樹海』に向かう」
この世界のダンジョン、遺物、魔獣、ハンターのランクはS級、A級、B級、C級、D級の5段階に分けられる。
オルテッドが今まで鉱石を発掘していたのは、危険度の一番低いD級ダンジョン『コロワ渓谷』だ。
それと比べて、『迷いの樹海』は危険度もワンランク上で、D級のハンターであるオルテッド達が挑むのは厳しいものがある。
それでもオルテッドは、シルヴィと二人でなら乗り越えられると確信していた。
「C級……。私、行ったことがない」
「俺も同じさ。だけど、危険度が高い代わりにリターンも大きい。『コロワ渓谷』なんて目じゃない遺物がたくさんあるんだ。それを見つけて売却すればギルドを立ち上げるためのお金を稼げる。仲間も見つかるかもしれない」
「そうなんだ。さっそく向かうの?」
シルヴィは首をかしげた。
「その前に……。俺たちは協力して魔獣と戦わなければならない。その時に大事なのはコンビネーションだ。お互いの魔法についてもっと知るべきだと思うんだ。と言う事で、シルヴィ。まずはお前の魔法について教えてくれ。何か適当なサイズの武器を生み出してくれないか」
「わかった」
シルヴィは手のひらから青い電撃を迸らせながら銀色のナイフを生み出した。
オルテッドが「触ってもいいか?」と聞くと、シルヴィはこくりと頷いて銀のナイフを渡す。
オルテッドは渡されたナイフをまじまじと見つめた。
無骨なデザインながらも切れ味もあり、しっかりとした硬さもあるナイフで、材質も良く、付与魔法を使うのに適している。
しばらくナイフを観察していたオルテッドだが、ある事を思いついた。
「なぁ、シルヴィ。銀を生み出せるなら、これを売ってお金を稼げないか?」
「それは無理」
「どうしてだ?」
「しばらくすると消えちゃうから。だから、売ってお金を稼ぐとかはできない」
「あー、そっか。それはちょっと残念だな。まぁ、仕方ないか」
「ごめん」
シルヴィは申し訳なそうに頭を下げた。
「別に謝らなくていいさ」
「うん。オルの付与魔法って、どういう効果があるの」
「俺の付与魔法は、金属に魔法の特性を付与する事ができるんだ。例えば昨日みたいに火属性を付与したり、脆くしたりする事ができる。一度に2つまで魔法を付与する事ができるから、応用もしやすい」
「すごい」
「だけど、正直言うと扱いずらくてな。魔法の効果は1分くらいしか続かないし、付与する金属の質が悪いと、効果を100%発揮できないし……。でも、お前の銀の武器を生み出す魔法があれば、この付与魔法はもっと活躍できると思うんだ」
「わかった」
「よし。じゃあ色々試したい事あるし、特訓でもするか!」
「うん。やろう」
シルヴィは脱いでいたジャケットを羽織ると、玄関へと向かって歩き出した。
「おっ、やる気十分みたいだな」
「今までこういう風に誰かと話した事なかったから……、ちょっと楽しいんだ」
「あぁ、俺もだ」
シルヴィの言葉にオルテッドは頷いた。