1 夢見がちな男と夢見ない少女
バックいっぱいに詰め込まれた鉱石を担ぎながら、ボロボロの服を着た目つきの悪い青年が歩いていた。
彼は自身の所属しているクローク・ギルドの集会所の扉を勢いよく開けた。
「おーい、クロークさんはいるかー。オルテッド・クライツ、ただいま危険なダンジョンより
皆さまの生活の役に立つ鉱石を持ってきましたよーっと」
オルテッドはあえて集会所にいるギルドのメンバーに聞こえるようにわざと説明口調で叫んだ。
彼の存在に気づいた同じギルドの連中がいっせいに振り向く。
皆その顔を真っ赤に染めて、ニヤケながらオルテッドを見つめていた。
(チッ。 人が真っ昼間から働いているのに酒かよ)
オルテッドが心の中で舌打ちをしていると、集会所の奥から、白く長い髭を生やした男────、このギルドのリーダーであるクロークが顔を出した。
「おぉ、帰ってきたか。オルテッド」
「よぉ、クロークさん。今日の土産を持ってきたぜ。あと、例の件考えてくれたか?」
「あぁ。お前さんがこのギルドを抜けるって話だろう? もちろん抜けるのはいいが、その前に上納金として、もっとたくさん鉱石やら遺物を持ってきてくれないとな」
「そっか。ならもっと頑張らないと。 俺も早く自分のギルドを持ちたいしな!」
オルテッドの発言に、酒を飲んでいるギルドの連中のひとりがブーっと吹き出した。
「お前が自分のギルドを持つって? そんな役立たずの付与魔法でか? そんなもん誰がついてくるんだよ!」
それにつられて他の連中も笑い出した。
さすがにムッとしたオルテッドは言い返した。
「役立たずだって? 剣や斧に火属性とか氷属性とか付与できるんだぜ」
「フン、効果時間が1分しか持たないのにか? 効果が切れたらイチイチ付与しなおすのか? しかも金属を含んだものにしか付与できないんだろ。限定的すぎるっつーの!」
「馬鹿にしてんじゃねぇ。こないだ新しい付与魔法を覚えたんだ。見てろ」
オルテッドはバックから鉱石を取り出し、それをテーブルに置き、左腕にボウガン型魔導具を装着した。
魔導具なしでも魔法を使えるが、これがないと魔法を遠くへ飛ばすことができない。
オルテッドは深呼吸をして、魔法を発射した。
「魔法付与、脆弱!」
勢いよく発射された灰色の光弾が鉱石に命中した。
数秒後、鉱石はひび割れて細かい破片となって崩れた。
周りがしんと静まり返って、クロークが呆れたように呟く。
「おいおい、鉱石を無駄にしてんじゃねーよ」
「あー……。どうやら、対象を脆くする付与魔法みたいだ。まぁ……、貯金箱を壊す時とかに使えると思うぜ」
オルテッドが言い終わると同時に周りの連中がドッと笑い出した。
「す、すまん! 壊した分取り返すためにちょっとダンジョンに行ってくる!」
オルテッドはいたたまれない気持ちになって、集会所から飛び出した。
いや、正しくは逃げ出したのだ。
「クソ、クソッ! あいつら、禄に働きもしないくせに! 好き勝手言いやがって!」
オルテッドはD級ダンジョン『コロワ渓谷』に行き、やり場のない怒りをぶつけるように鉱石を掘り進んでいた。
ダンジョン。
この世界には、いくつもあり危険度によって5段階にランク付けされており、オルテッドがいるのは最低ランクのD級ダンジョン『コロワ渓谷』である。
ダンジョンには魔獣が跋扈しており、並の人間が行けば、すぐに命を落とす事になる危険地帯で、魔獣によって命や住処を奪われたものも少なくない。
しかし、ダンジョンには遺物と呼ばれる貴重な物質があり、それらを求めてハンターと呼ばれる人々が今日も、命をかけて危険地帯に挑んでいる。
オルテッドもそんなハンターの一人である。
オルテッドは自分のギルドを率いてS級ギルドマスターになるのが夢だ。
そうすればこんな底辺の生活も抜けられるし、何より彼には幼い頃に交わした約束があった。
だが、このままではいつまで経っても夢は叶えられないままだ。
オルテッドはたまらなく悔しかった。
そんな現実に、それを変えられない自分自身の力の無さに。
やがて鉱石を掘るのにも疲れ、固い地面に横たわっていた。
空も段々と暗くなりはじめ、ぼそりと呟く。
「まずいな……。魔獣が活発になる時間帯だ」
ダンジョンには魔獣がよく出没し、それによる被害は絶えない。
特に夜は魔獣が活発になる時間なので
オルテッドは鉱石の入ったバッグを抱えその場を立ち去ろうとしたが、森の奥から気配を感じて振り返った。
「クソ……。ヘルハウンドか」
森の奥から赤い複数の目が唸り声をあげながら、オルテッドを見つめていた。
D級魔獣ヘルハウンドの群れだ。
オルテッドは左腕に装着したボウガン型魔道具を構えた。
彼がまともに使える魔法は金属に魔法を付与する『付与魔法』と、魔力の塊を飛ばして相手を弾き飛ばす基礎的な無属性魔法『魔法弾』ぐらいだ。
周りには付与魔法を使えるような金属物はないため、攻撃手段は『魔法弾』のみになる。
ヘルハウンド一体だけなら何とかなるが、集団を相手するのはオルテッド一人では厳しいものがあった。
「グオオオオ!!」
ヘルハウンドの群れが一斉に襲いかかってきた。
すかさずオルテッドは『魔法弾』で集団の中の一匹を弾き飛ばした。
次々と遅いくるヘルハウンドの群れに応戦したが数の暴力に叶うはずもなく次第に押されていき、飛びかかったヘルハウンドの攻撃をかわし切れずに転倒してしまった。
「ぐっ……! クソが、こんな所で死んでたまるかよ!」
やけくそ気味に『魔法弾』を連発するも、どれも動きの素早いヘルハウンドには当たらなかった。
気づくたら周囲をぐるりとヘルハウンドの群れに囲まれていた。
「ここで俺は死ぬのか。夢を叶う事もできず、何も変えられずに……。いや、そう簡単に諦めるかよ!」
オルテッドが尚も抵抗を続けようとした時、何かが銀色の閃光を纏いながらオルテッドの横を駆け抜けた。
そのままヘルハウンド一匹の胴体を真っ二つに切り裂いた。
黒い血液が飛び散り、切り裂かれたヘルハウンドが悲鳴をあげる。
「な、何だ……」
オルテッドが呆気に囚われている間も、銀色の閃光はヘルハウンドの群れを切り裂き続け、ついには一匹残らず駆逐した。
「す、すげぇ……」
オルテッドが感嘆の声をあげると、銀色の閃光は動きをとめこちらを振り向いた。
閃光の正体は────、銀色の髪をなびかせる美しい少女だった。
その少女は眠そうな蒼い瞳に、透き通るような白い肌の持ち主で、まだ幼さの残る顔立ちをしていた。
服装は太ももを露出したハーフパンツにジャケットを羽織った動きやすい格好。
そして一番目を引くのが、少女の身の丈程ある無骨なデザインをした銀色のハルバート。
普通それくらいの大きさの武器は少女には扱えないはず。
先程の動きといい、その小柄な体にどれだけの力が秘められているのだろうか。
とりあえず間一髪の所を救われたわけで、オルテッドは自分より年下であろう少女に礼を述べた。
「すまねぇ、助かったよ。 しかし、一人でヘルハウンドの群れを全滅させるなんて、お前何者だ?」
「シルヴィ。銀髪だからシルヴィ、つまらない名前。
そういう目つきの悪いあなたは誰?」
「俺はオルテッド・クライツ。まぁ、気軽にオルって略称で読んでくれ。あと目つき悪いは余計だ。自覚はあるけどさ」
「了解、オル。こんな夜に一人でいるなんて、まさか自殺しにきたの? どうせ死ぬならもっと景色のいい所があるよ」
「お気遣いどうも。だが俺は自殺志願者じゃねぇ。こう見えても俺はハンターだ、ランクは最低のD級だけどな。お前もハンターなんだろ?」
「うん。私もD級。クローク・ギルドに所属している」
「ちょっと待て。クローク・ギルドだって? 俺もそこに所属しているだが、新しくハンターを雇ったなんて聞いていないぞ。何か間違いじゃないか?」
「ちゃんとギルド証明証を持っているよ」
シルヴィはそう言うと腰を指差す。
腰にはクローク・ギルドのマークが刻まれた銅貨が括り付けられていた。
オルテッドも懐からギルド証明証を取り出して確認すると、確かに同じクローク・ギルドのマークだった。
なぜクロークがオルテッドに知らせてくれないかは概ね察しがついた。
「なぁ、シルヴィ。お前どうやってギルドに入ったんだ?」
「ううん。入ったんじゃない。他のギルドから買われたの」
「なるほど、そういう事ね。クソッ! クロークの野郎、人身売買に手を出していたのか。それで俺に黙っていたんだな!」
魔獣や災害の影響で親を亡くし孤児になる子供は多い。
そういう子供は生きていくために、学がなくても働けるハンターになる道を選ぶ事が多い。
自分の意志で選べるなら、まだいい。
酷い時はシルヴィみたいに売られたあげく、無理やり働かせる事もある。
やはりあのギルドは悪質だ。
ギルドメンバーの態度から、碌なギルドじゃないと思っていたがここまでとは。
「どうして、オルは自分の事じゃないのに怒っているの?」
シルヴィが不思議そうに聞いてきた。
その吸い込まれそうなほど蒼い瞳がオルテッドを見つめていた。
「どうしてって。シルヴィはどうとも思わないのか」
「思わない。私は幼い頃からハンターとして生きてきた。物心ついた頃には両親はもういなかったから、この生き方しかなかった」
「お前を買った奴はきっと……、例えお前が死んでも何とも思わないぞ」
「別にどうでもいい。そんな事を考えても無駄だから、何も考えないようにしている」
「本当にそれでいいのか?」
「別にいい。わたしは戦う事しかできない道具だから」
シルヴィの言葉を聞いて、オルテッドは何も言えなくなった。
オルテッド自身も親を魔獣で亡くし、D級ギルドを転々としていたので彼女の置かれた境遇が良く分かる。
シルヴィはその生き方しかなかったのだ。そこを責めるのは酷だろう。
「なぁ、シルヴィ。ずっと立っているのも何だし、座って話でもしないか?」
「うん」
地面に腰を下ろすと、その隣にシルヴィも膝を抱えて座り込む。
「なぁ、シルヴィ。その武器どこで手に入れたんだ?」
「自分で生み出した」
「生み出した?」
「うん。見てて」
シルヴィはそう言うと同時に、彼女の持っていたハルバードが青い電撃を迸らせながら虚空に消えた。
その後、無骨なダガーナイフが彼女の手の中に出現した。
「すげーな。魔法で金属製の武器を作り出していたのか。そんな魔法初めて見たぞ」
「ある程度形を変えられる。でも、あんまり難しい構造の武器は作れないから、大した事ない」
「いやいや十分スゲェって! もっと自慢していいんだぜ」
「そうかな……」
シルヴィはオルテッドから目を逸らし、膝を抱えるように組んだ両腕で口元を隠した。
その白い頬は朱色に染まっていた。
「ねぇ、わたしからも質問していい?」
「おう、もちろんだ」
「オルはどうしてハンターをやっているの?」
「もちろん、それもあるけど……。俺には夢があるんだ」
「夢?」
シルヴィが首を傾げる。
オルテッドは言うか迷ったが思い切って言う事にした。
「今はこんな立場だけど……。俺の夢は自分のギルドを率いて旅をすることなんだ。そしてS級ギルドを率いるギルドマスターになるのさ」
オルテッドは自分で言ったにも関わらず、後悔した。
大体この言葉を聞いた奴の反応は二パターンある。
呆れるか馬鹿にして笑うか。
お前みたいな底辺のハンターがなれる訳ない、と。
シルヴィもきっと呆れているに決まっている────、そうオルテッドが思っていた時、
彼女の口から思いがけない言葉を聞く。
「素敵だね」
「えっ?」
「そうやって、目標があるのって素敵だって思う」
「本当か? 冷やかしで言っているなら、酷いぞ」
「本当だよ。本当に素敵な夢だなって、思ったの」
(そう言う事を 言うのはやめてくれ。俺はそうやって認められる事に慣れていないんだ)
オルテッドの体温が急上昇していた。
人に褒められる事の少なかった彼にとって、慣れない感覚だった。
誰に話しても馬鹿にされていた夢を、シルヴィは認めてくれた。
オルテッドはその事が嬉しくて、思わず上機嫌になってしまった。
「もう戻らないと」
シルヴィが立ち上がる。
日は沈みかけており、辺りは薄暗くなり始めていた。
「待ってくれ。また会わないか、シルヴィ。クロークには内緒で。二人でハンターをやる方が効率がいいだろうし。何より……、また話がしたいんだ」
シルヴィは口をぽかんと開けた後、少しだけ微笑んだ。
それは自分を道具だと言った少女の人間らしい表情だった。
「分かった。クロークには内緒にする。また、お話聞かせてね」
そう言い残し、シルヴィは走って姿を消した。
この出会いは忘れないだろうと、オルテッドは感じていた。