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偽りの出会い(画像あり)

 キツネの巫女がいつものように祠の掃除をしていると、遠くから、

人の気配を感じます。慌てて草陰に身を隠すと、スーツ姿の

人間の男が一人、ひどく落ち込んだ様子で祠の前までやって来ました。


(誰かな?…キツネがお参りに来ることは多いけれど、人間が来るなんて

珍しいこともあるのね…)

 巫女がじっとその様子を窺っていると、その男は、何かをぶつぶつと

呟いています。そっと耳をそばだてると、真剣な声でこう聞こえてきます。


「神様どうかお願いします、神様どうかお願いします、神様どうか…」

 そう何度も呟いていて、巫女はちょっとドン引きました。


(一体この人は、何をそんなに必死にお願いしているのかな?)

 興味が湧きますが、それでも「誰かと関わってしまうと、別れが辛い」と

思い直し、巫女はただ、沈んだ足取りでとぼとぼと帰っていく男を

見つめるだけでした。

 その時、祠から遠ざかる男のポケットから、チャリンと

何かが落ちました。


(あ!何か落とした!どうしよう、気づかないのかな…でも私の存在を

気づかれる訳にはいかないし…)


 戸惑っていると、男の姿はもう見えなくなって、地面には銀色の落とし物が

残されています。巫女は小さくため息をつくと、周りを警戒しながらそっと、

落とし物を拾いました。


(これは…ペンダント?)

 銀色のペンダントを手に取ると、それは開き、中に写真が入っていました。

その写真には、一人の女性が映っていました。


(…かすれていてよく見えないけれど、若い人間の女性みたい。

…それに、なんだか私に似ている…?)


 写真の右下に、「僕の愛する人 永遠に」と刻まれた文字があり、

巫女はハッとします。


(もしかしてこの女性、亡くなってるの…?…愛する人ってことは、

奥さんとか、恋人かな…あの男の人は、こんな山奥まで何を願いに

来たんだろう…もしかして、この女性のことだったり…)


 巫女はそっと、ペンダントを抱きしめました。

大切な誰かに置き去りにされてしまう気持ちは、痛いほど分かりました。


(きっとこのペンダント、彼の大切な物だよね。どうにかして返して

あげたいけれど、またここまで来てくれるかな?)

 もし再び訪れたら、必ず渡してあげようと心に決めて、

巫女は彼と同じように祠の前に立つと、

「どうかあの人が救われますように」と祈りました。


 次の日、男は再びやって来ました。昨日と同じ時間、同じスーツを

着ていて、その顔をよく見れば、目の下にひどいクマがくっきり。


 そして祠でお参りをした後、足元をキョロキョロと見渡して、

必死で何かを探しているようでした。


(このペンダントを探しているんだ!急がなきゃ!)


 巫女は目を閉じ、手を合わせて、意識を集中させます。

すると人の姿から、鳥の姿に化けて、羽ばたきます。

そしてフワリと、男の前に降り立ちました。そして、くちばしでそっと

ペンダントを置くと、再び飛び立ちました。


 驚いた男はそれに駆け寄り、大切そうに拾い上げると、

「ありがとうございます」と泣き出しました。


 巫女はその様子を眺めていると、なんだか自分も泣いてしまいそう

だったので、少し空を飛んで遠回りをしてから祠に帰りました。


 驚いたことに、男は次の日もやって来ました。

巫女が慌てて隠れ、その姿を見守っていると、男は両手を合わせながら、

すがるように願いを口にしていました。


「神様、どうかもう一度彼女に会わせてください。どうか彼女に…」


 巫女は悩みました。神様でもきっと、亡くなった人を生き返らせることは

できないでしょう。しかし、彼女の変化へんげの力なら、彼の願いを

偽りだとしても、叶えることはできました。


(でも、やっぱり良くないことだ。もし本物じゃないと分かったら、彼は

きっと、もっと悲しむだろうし…)


 巫女がしょんぼりとしていると、男は不吉なことを言い始めました。


「もう彼女がいない生活には耐えられそうにありません、彼女に会えないなら、

もう僕には生きている理由なんて無い…彼女は僕の全てなんです…どうか神様…」


(…この人、すごい思い詰めちゃっているんですけど!

…確かに別れは辛いよね…私にはつがいがいなかったから、

また違うのかもしれないけれど…)


 巫女は、悲痛な彼の姿を見つめながら、そこまで誰かを深く愛するなんて、

今の自分にはもう怖くてできないだろうと、つがいを作らなかったことに

安堵している自分がいることに気づきました。


「…もうあと3日くらいしか、生きられそうにありません」

 男はそう言い残すと、よれよれのスーツを着て、涙でボロボロに

なりながら去って行きました。


「3日…!」

 巫女は慌てて祠に駆け寄って、「神様!神様!」と呼びますが、

何も反応がありません。


(…あのワガママ女狐神様!また天界で遊びまわっているのね…!

人間が自殺するかもしれない、こんな一大事に!)


 この山でも当然、弱肉強食のルールがあります。

しかし、どんなに弱い生き物も、その死期を悟るまでは必死になって生きます。

そうしないと、ずっとこの世界に留まったままになってしまうからです。

 巫女も仲間達の後を追わず、孤独に耐えているのも、猟師の前にわざと姿を

現さないのも、そのルールを分かっているからでした。


(人間は自殺をしたらどうなるのか、分からない者が多いみたいだし、

本能が薄いのかな?それとも、本能以上に、感情が強すぎる生き物なのかな…)

 どこか似た境遇の男に、巫女は自分の姿を重ねます。そして、大事な時に

頼りにならない神様にプンスカしながら、次の日も、その次の日も、段々と

やつれていく男を見守りながら、とうとう3日目がやって来てしまいました。


 男は何も食べていないのか眠っていないのか、明らかに足取りがフラフラで、

今にも山から転げ落ちてしまいそうでした。祠に土下座をしているその姿に、

巫女は覚悟を決めて、作戦を開始します。


(よし、まずは変化よ!写真の女性と私は似ているから顔は大丈夫だけれど、

耳と尻尾を隠さなきゃ!)


 巫女は目を閉じ、手を合わせて、意識を集中させます。そうしてドロンと

人間の女性に化けると、思い切って男の目の前に飛び出しました。


 地面にうずくまっていた男が顔を上げると、目を丸くします。

そして涙を流しながら、「やっと会えた…」と呟きました。

巫女が微笑むと、男は泣き出しました。


(容姿はクリアしたみたいね。声は分からないから、なんとか

誤魔化さないと…)


 巫女は近くにある枝を拾うと、地面に「私はもう大丈夫だから、

あなたは生きて」と書きます。

 男は涙を拭いながら、うんうんと頷き、「それは無理ですね」と

はっきりと言いました。


(えぇっ!)


 こんなに満身創痍なのに、強い意志の伴った声できっぱりと断られ、

巫女は少し驚いてしまいました。それでも、巫女はなんとか笑顔を崩さず、

「そんなことはない、私にもあなたにも、新しい道がある」と書きますが、

男は「僕には他の道はありません」と頑なでした。

 そして、男は「もう一度、僕と一緒に生きましょう、ずっと一緒に

生きましょう!」と、巫女に懇願します。

 巫女は「それはできない、私には役割がある」と断りますが、

男は「それなら1週間、1週間だけでいいので、一緒にいてください」と

巫女に頭を下げました。


(どうしよう…1週間なんて、私が本物じゃないってバレちゃうよ…

でもこのまま私が消えたら、この人もっとおかしくなっちゃいそうだし…

…どうしよう…)

 回答に戸惑っていると、男は急に笑顔になって「良いってことですね!

ありがとうございます!」と勢いよく立ち上がり、「やったーーー!!!」と

叫び声を上げながら、走り去ってしまいました。


 巫女は呆気あっけにとられながら、もう見えなくなった男の姿に、

深いため息をつきます。


「ちょっと待って!…あーもうどうしよう!1週間も気づかれずに

済むかな…まあ、とりあえず元気になったみたいだから良かったのかな?

…そうですよね、神様?」

 そう祠に向かって尋ねてみるけれど、巫女の問いに、やっぱり

神様は答えてはくれませんでした。




 歓喜に満ち溢れた男は、巫女のいる山を抜け、ふもとの森に辿り着くと、

ついに力尽きて倒れ込みました。そしてドロン、という音と共に、その姿は

人間の男から、一匹の雄タヌキに変わります。


「あの人に会えた…これからも会える…やっとここまで来たぞ!」

 タヌキはそう呟くと、脱ぎ散らかしたスーツと落ち葉に埋もれるようにして、

3日振りの休息をとりました。



挿絵(By みてみん)

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