逆さ虹の森と迷子の少年
ここは、逆さ虹の森。
この森には、たくさんの動物がすんでいます。
みんな仲よしです。時々喧嘩もしますが、みんな楽しく笑って暮らしています。
みんなからお人好しと言われてるキツネさんも、そんな住人の一匹です。
この日も、キツネさんはいつもと同じように、ドングリ池にやって来ました。
とても綺麗で澄んでいる池には、たくさんの魚がすんでいます。
キツネさんのお昼ご飯です。
この日も、キツネさんは持ってきた釣竿を池に垂らしました。
採れなくてもかまいません。採れなかったら、木の実や木苺を食べたらいいのだから。だから、いつもキツネさんのカバンには、木の実や木苺がたくさん入っています。
だけど、この日はいつもと違いました。
釣竿を垂らしていると、キツネさんは、後ろから見られてるような気がしました。
「誰かいるのかい?」
キツネさんは一本の木に向かって話しかけました。
木の後ろに隠れているつもりかもしれませんが、白いシャツと青色のズボンが見えています。
どうやら、人間の子供のようです。だって、森の仲間たちは服を着ませんから。
「……話せるの?」
おずおずとした声が返ってきました。
「話せるさ。話せなかったら、どうやって、自分の気持ちを伝えるんだい?」
キツネさんの言う通りだと、少年は思いました。
「……僕もそっちに行っていい?」
寂しかったのか、少年が訊いてきました。
「好きにしたらいいよ。僕はどっちでもかまわない」
キツネさんがそう答えると、白いシャツを着た少年がひょっこりと顔をだし、出てきました。少年はちょこんと、キツネさんの隣に座ります。
「君、名前何て言うんだい?」
キツネさんは少年に尋ねます。
すると、少年は泣きそうな顔になりました。
「どうしたのさ?」
「……分かんない」
とても、とても、小さな、小さな声でした。
キツネさんの耳は小さな音も聞き逃しません。少年の声もはっきりと聞こえてます。
「思い出せないの?」
「うん…………」
小さく頷くと、少年はとうとう泣き出してしまいました。
キツネさんは、泣き出した少年に話しかけません。その代わり、ずっと隣に座っていました。
心配した小鳥さんたちが、少年をなぐさめるために、木の実をくわえて持ってきます。
少年のすぐ横に、ちょっとした小山が出来ました。
その頃になると、少年の泣き声はとても小さくなっていました。
キツネさんはホッとします。やっぱり、隣で小さい子供が泣いてるのを聞くと、心がズキズキと痛みます。
「落ち着いたかい?」
「……うん。キツネさん、ありがとう」
「お礼を言われることはしてないよ」
「一緒にいてくれたから」
「君が後から来ただけだよ」
キツネさんはそう言いましたが、少年はキツネさんがいてくれて、とても、とても、嬉しかったのです。一人だと、どうしていいのか分かりません。キツネさんがいるだけで、とても強くなった気がします。
優しいキツネさんだと、少年は思いました。
「何も思い出さないのかい?」
キツネさんが尋ねてきました。
「うん……」
「パパやママの名前も?」
「うん」
「どこに住んでいたのも?」
「うん」
だんだん、少年の声が小さくなっていきます。
少年は、ほんとうに何も覚えていませんでした。頑張って思いだそうとしますが、思い出せません。もちろん、どうしてここにいるのかも分かりませんでした。
気が付いたら、ここに立っていました。
「だったら、僕と話をしよう」
「キツネさんと?」
さっきまで泣いていた少年は、ニコッと笑いました。
「話をしてたら、何か思い出すかもしれないよ」
「ほんとに、思い出せる?」
不安げに少年が訊いてきました。
「思い出したくないの?」
「思い出したい!!」
「だったら、大丈夫。思い出せるよ」
キツネさんはそう言いました。
キツネさんがそう言ってくれると、不思議とほんとうに思い出せる気がしてきます。
「何か訊きたいことがあるかい?」
まずは、キツネさんからです。
「ここはどこなの?」
「ここは、逆さ虹の森だよ」
「逆さ虹の森?」
少年は首を傾げます。
「僕たちはそう呼んでる。ほら、見てごらん」
キツネさんは池を指さします。
「池の中に虹があるだろ?」
「うん」
池の中に虹が見えます。七色の虹です。こんな綺麗な虹を、少年は初めて見ました。
「今度は上を見てごらん?」
少年は言われた通り、上を向きました。
真っ青な空が広がっています。綿菓子のような雲が、ポツポツと浮かんでいます。とてもフワフワしてて、美味しそうです。
「あれ? 虹は?」
池の中に虹が見えるのに、空には虹が出ていません。おかしいなと、少年は思いました。
「空に虹はないよ。空にかかる虹がドングリ池の中でかかるから、逆さ虹。だから、ここは逆さ虹の森って呼ばれてるんだよ」
「そうなんだ。不思議な森だね」
「不思議な森で、愉快な森だよ。僕は、この森がとても好きなんだ」
キツネさんはにっこりと笑いました。
でも、どうして逆さ虹の森に来たのか、少年は分かりません。キツネさんは知ってるかもしれないと、少年は思いました。
「どうして、僕はここにいるの?」
だから、キツネさんに訊いてみました。
「落ちてきたんだよ。虹から。たまにいるんだ」
やっぱり、キツネさんは知っていました。
「僕みたい? キツネさん、落ちてきた人はどうなったの?」
「戻って行ったよ」
「僕も戻れる?」
「思い出したら、戻れるよ」
「思い出さないと戻れないの?」
「戻れるよ。戻りたいって気持ちがあれば」
「僕は戻りたい!! どうしても、戻りたい!! 戻らなきゃいけないんだ」
なぜか、少年は心からそう思いました。
覚えていなくても、心は覚えているのです。
楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、怒ったことも、全部、心は覚えています。忘れることは絶対にありません。
少年は立ち上がっていました。
キツネさんはニコッと笑いました。その笑みは、とても優しい笑みでした。
キツネさんは知っていたのです。心が覚えたことは忘れないと。
「君は戻れるよ。ほら、自分の体を見てごらん。透けてるだろ」
少年の体は、キツネさんが言う通り透けていました。微かに光っています。不思議と怖くありません。
どこからか、歌が聞こえてきました。
歌の好きなコマドリさんが、少年のために歌っているのです。聴いていると、元気になれそうな曲です。
少年にぴったりだと、キツネさんは思いました。
「ほら、もうすぐ戻れるよ」
「……ありがとう!! キツネさん」
少年は泣きそうな笑顔を残して、消えてしまいました。
キツネさんは、少年がどこに行ったのか知っています。
「……今度は、最後まで渡りきるんだよ」
姿は見えないけど、耳がいいキツネさんは、はっきりと「うん」と、元気よく返事をする少年の声が聞こえました。
「君の旅は始まったばかりなんだから……」
誰もいなくなったドングリ池に、キツネさんの優しい声がします。
そしてキツネさんは、少年の旅の無事を祈りながら、持っていたドングリを二個、池に投げいれました。少年の分とキツネさんの分です。
ドングリ池にドングリを投げ込むと、願いが叶うって言われているからです。
コマドリさんもドングリをくわえ、ドングリ池に落としていきます。森の仲間たちも。
願うことは一緒。
みんなが、ドングリ池にドングリを投げこむので、魚が逃げてしまいました。
キツネさんは、釣りが出来なくなりました。仕方なしに、キツネさんは釣竿をしまいます。でも、その顔には笑みが浮かんでました。
「キツネさん、キツネさん。お昼まだでしょ。だったら、僕んちでお昼ご飯食べようよ」
森で一番の恥ずかしがりやで人見知りのクマさんが、キツネさんに話しかけてきました。
「いいのかい?」
「もちろん」
クマさんは笑いながら答えます。
「僕も一緒に食べてもいい?」
森で一番の食いしん坊のヘビさんが、クマさんとキツネさんに訊いてきました。
「もちろん」
クマさんが笑います。
「みんなで食べるご飯はおいしいからね」
キツネさんも笑いました。
キツネさんはクマさんとヘビさんと一緒に、クマさんのおうちに行きました。
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m
初の童話です。
書き方を少し変えてみました。
ほっこりして頂けたら嬉しいです。
メリークリスマス!!