新しい世界で
夢を見た。
よくわからない夢だ。
哲也や、静や、沙帆里や、秀太や、後は知らない面々と、夜通し騒ぐ夢。
なんでそんなに仲が良いわけでもない秀太が出てきたのかもわからない。
貴一は、そんな不思議な朝を迎えた。
起きると、ベッドの上だった。カーテンの隙間から日光が差し込んでいる。
寝間着の貴一はシャワーを浴びて着替えると、朝食を摂り始めた。
「あんた、ゆっくりで大丈夫なの?」
寝間着姿の母が、対面の席で微笑みながら言う。
「今日は練習ないぜ」
「違うだろ」
スーツ姿の父が言う。
「お花見だよ」
「……あ」
貴一は、食べかけていたパンを慌てて口の中に押し込む。
そして、カバンを持って玄関に駆け出した。
「そそっかしいのは直らんのかな」
父が嘆かわしげに言う。
「世話を焼いてくれる恋人で良かったわよねえ」
母は和んだ口調で言う。
まったく、仲の良い夫婦だ。
自分も将来は、そんな夫婦になるのだろうか。そう、朧気に貴一は思う。
辛うじてバス時間に間に合う。
集合場所では、静と哲也と沙帆里が待っていた。
「貴一お兄ちゃん、おそーい」
沙帆里が不満たらたらの口調で言う。
「悪い、ちょっと変な夢を見て……」
「変な夢?」
哲也が怪訝な表情になる。
「なんでか哲也や沙帆里や静や、剣道部の秀太と夜通し騒ぐ夢。変だろ?」
「……その夢、俺も見たことある」
哲也が深刻な表情になる。
「やだわー。貴一とシンクロなんてしたくないわ」
「ひでーなあ」
「レジ袋は持ってきた?」
静は、微笑んで言う。
「あ……」
焦って出てきたから、持ってきてなかった。
「はい、用意しといたわよ」
そう言って、静は青いレジ袋を貴一に渡した。
「悪い」
「いいってことよ」
静は軽い調子で言う。
そして、四人で歩き始めた。
哲也と沙帆里が前、静と貴一が後ろになって進む。
「哲也ねー、美鈴さんに紹介してもらった熊本のメル友と上手く行ってるんだって」
静が囁きかけてくる。
「女癖悪いのに大丈夫か?」
「俺は女癖が悪いんじゃない。勝手に女が俺によってくるんだ」
哲也は淡々とした口調で言う。
「聞こえてたか」
貴一は苦笑して、哲也の横に並ぶ。
「会いにいかないのか?」
「癌の手術した後で経過見てるっつってるからそれからだなー」
「お前も大変なー」
「けど、早期発見で上手く行く可能性が高いらしい。精々祝うさ」
「そうさな」
貴一は頷いて、静の横に戻った。
桜の木が見えてくる。宴会の場は近い。
「静」
貴一は、静に耳打ちする。
「なに?」
静は微笑んで応える。
「ずっと一緒にいような」
静はくすぐったげに微笑んで、一つ頷いた。
+++
ヴィニーは、上空から貴一達の仲睦まじい光景を眺めていた。
世界は再構成された。
そこに、自分の居場所はない。
「行こう、ヴィニー」
愛しい人の声がした。
クリスだ。
「恵美里と秀太はどうなるんだ?」
「花見の席に呼ばれてるから大丈夫だよ。ここから彼らのストーリーが始まるんだ」
クリスが手を差し伸べてくる。
ヴィニーは、その手を取る。
クリスは、空を飛び始めた。
「行き先は?」
「皆が行く場所だよ。ヴィシャスも、セレーヌも、シルカも、待ってる」
それは波乱が起きそうだな、とヴィニーは思う。
「地上にさよならだ、ヴィニー」
クリスは微笑む。
「いつだってそうだ」
ヴィニーは苦笑する。
「君がいればどんな困難でも乗り越えられそうな気がする」
「困難は乗り越えた。安らぐ時だよ、ヴィニー」
クリスは微笑んでそう言うと、ヴィニーの手を引いて、空へと昇っていった。
この日、二つの魂が空へと帰った。
地上では、花見の賑やかな声が響き渡っていた。
完結しました。
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