全てを書きかえる時
貴一達は、樹海を出た。
秀太が、ヴィシャスが、優香が、武雄が、皆を待っていた。
「勝ったよ」
そう言って、貴一は親指を立てる。
優香が哲也に抱きつく。
秀太が、貴一と拳と拳をぶつける。
「終わった……」
貴一は感慨深い思いでそう言っていた。
貴一達の体から、五つの光が抜け出た。
「よくぞやりましたね、五人の戦士達よ」
光の精霊が告げる。
「ご協力ありがとうございました。おかげで、勝てました」
貴一は礼を言う。
「しかし、世界に混乱が起きました。少し時間を巻き戻して、混乱をかき消さねばならぬでしょう」
貴一は、その言葉に戸惑う。
「それは一体、どういう意味で……?」
「闇の神を排除した状態で、世界を再構成するのです。時間は巻き戻り、貴方達は普通の少年少女となる」
武雄を除く、その場の全員が茫然としていた。
「記憶は……?」
恵美里が、縋るように言う。
「消さねばならぬでしょう。憑依霊に乗っ取られて死んだ者、人格を乗っ取られた者、色々といます。彼らのためにも、世界は再構成されねばならぬでしょう」
「嫌だ!」
恵美里が、悲鳴のような声を上げる。
「皆といた記憶がなくなるなんて、嫌だ!」
「私も、記憶を消されるのはちょっと……」
そう言うのは、優香だ。
貴一と、静は顔を見合わせた。
互いに、不安な顔をしていた。
「安心しなさい。便宜は図ります。今日は安心して眠りにつきなさい。全ては正常に戻っているでしょう」
そう言って、光の精霊達は姿を消した。
+++
祝勝ピザパーティーが行われた。
皆、記憶がなくなるのは織り込み済みだ。
哲也が歌っているのを、優香が手拍子を叩いて眺めている。
貴一と、静は、少し離れた席で向かい合ってジュースを飲んでいた。
「記憶、なくなるんだってね」
「だな」
「せっかくわかりあえたのに……」
「ヴィニーとクリスとヴィシャスはどうなるんだろうな……」
「それは大丈夫だよ」
静の口から出てきたのは、クリスの声だった。
「私達は霊体だからね。闇の神みたいな例外扱いになるんじゃないかな。それじゃなくても、人生は終わってるしね」
「墓の中かぁ……」
「例え死後の記憶となろうとも、仲直りできてよかったよ。貴一達のおかげだ」
「少し寂しいな」
「嬉しいこと言ってくれるねえ」
静は、なにも言わない。最後だから、好きにさせてやろうと思っているのだろう。
+++
哲也は沙帆里と向かい合っていた。
「これで、全部元に戻る。俺としては念願通りというわけだ」
「清々するでしょ」
沙帆里は言う。
「……なんでだろうな。明日からお前に苛々しなくていいかと思うと、少し寂しいよ」
「ふーん」
セレーヌは興味なさげに言う。
「今日は、想い人といてあげなさいよ」
「そうさな」
哲也は立ち上がって、優香の傍に行く。
優香は俯いて、烏龍茶を飲んでいた。
「便器を図ってくれるって言ってたけど、どうなるかな」
「わからない。けど、必ず会いに行くよ。お前に」
「……信じちゃうよ。私、単純な女だから」
「信じろ。必ず俺達は、また会える」
「うん」
「信じろ」
「信じてる」
哲也と優香は、唇と唇を重ねた。
別れの味は、切ない味がした。
+++
結局、夜更けまで宴会は続いた。
皆、歌い、騒ぎ、悔いがないように振る舞った。
そして、夜が明ける寸前となった。
「約束、果たしてなかったね」
静が、貴一の手を握って座りながら、呟くように言う。
「約束?」
貴一は、戸惑いの声を上げる。
「しゃがんで」
貴一は、言われたままに座る。
「目を瞑って」
目を閉じる。
唇に、柔らかい感触がした。
目を開けると、静は顔を離して微笑んでいる。
「大好きだよ、貴一」
貴一は微笑んだ。
「大好きだ、静」
そして、世界が歪み始めた。
夜は、ついに明けなかった。
次回『新しい世界で』でこの物語は完結します。
土曜更新となると思います。




