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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
新たなる世界で
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富士樹海決戦2

「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な!」


 女は叫ぶ。

 敵の目は残り数個しかない。


 空を縦横無尽に飛び回るピピンは、攻勢に転じる余裕が出てきた。


 女の額に矢を放つ。

 女は驚愕したような表情で、回避する。

 こめかみから一筋、血が垂れた。


「おのれおのれおのれ!」


 レーザーが連射される。

 しかし、それも全てピピンの予測の範疇。

 気配察知と戦闘の勘がピピンに予知のような行動を可能にしている。


 風の中を、ピピンは飛んでいた。

 その時、ピピンはある言葉を思い出していた。

 それは、前世で、風の精霊の加護を貰った時の言葉。


 ピピンは目を丸くして、空中で静止した。


(まさか、この世界でも……?)


 レーザーが発射される。ピピンは、再び移動を回避する。


「お前の相手は飽きたよ」


 そう言って、ピピンはトップスピードで敵の背後に周り、そして矢を放った。


 一本目は左足に。

 二本目は右足に。

 三本目は心の臓に。


「おのれ……」


 女は言って、倒れた。

 ピピンは、脱力感を覚えていた。

 数十個のレーザー放射器の相手をしていたのだ。極度の緊張状態にあった。消耗もする。


 そして、再び上空へと向かった。

 風がよく吹いている。


「いるのか?」


 ピピンは、呟くように言う。

 しばしの沈黙ののち、返事があった。


「ああ、いる。君の気配を感じて、やってきた」


 空色の光り輝く球体が、ピピンの前に現れた。


「風は自由だ。どこにもいて、どこにもいない。俺の世界の風の精霊の言葉だ」


「いい言葉だ。さて、君は私の力を必要としているね?」


「ああ。見てもらえばわかるが、人類絶滅の危機だ」


「人類が絶滅しても、風は吹く。私にデメリットはない」


「しかし、風で遊ぶ生物は死滅してしまう」


 風の精霊は黙り込む。

 こちらを試しているのがわかる。


(人が悪いな……)


 ピピンは、心の中でぼやく。


「いいだろう。私はどこにもいて、どこにもいない。風は自由だ。しかし、それを観測する生物がいないのはつまらない。君に、力を貸そう」


 空色の球体が、小さくまとまり、ピピンの喉に入り込んできた。

 そして、最後の精霊は、ピピンに加護を与えた。


「おおおおおおおおお!」


 暴風が荒れ狂う。

 木々を舞い込み、上空へと運ぶ。


「気に入ってもらえたようだね。では、健闘を祈るよ」


 そう言って、やってきた時と同じように、唐突に風の精霊は消えた。

 ピピンは女の立っていた位置に立つ。


「こちらピピン、敵を撃破した。同時に、風の精霊の加護を得た。あとは敵を倒すだけだ。各自、健闘を祈る」


 そう言って、ピピンは天を仰いだ。

 どう転ぶかは、ピピンにもわからない。



+++



 敵は跳躍して、氷山を斬った。

 足場が崩れ落ち、セレーヌは慌てて他の足場を作る。


 その顔面に、剣が振り下ろされた。

 氷を作り出し、自分の腹を押し出す。

 急激な一撃に口から胃液が出たが、敵の一撃は回避することはできた。


「氷よ舞い散れ、氷華!」


 巨大な氷山が敵を包む。

 あと、どれだけ保つだろう。防戦一方だ。敵の魔法耐性の鎧をなんとかしない限り、セレーヌに勝ち目はない。


(どうする、どうする、どうする……?)


 出た結論は、一つ。どうしようもない。

 セレーヌはその場に膝をついた。


 絶望とはこういうことを言うのだろう。

 しかし、死ぬわけにはいかない。五聖は一人でも欠けてはいけないのだ。出直すか。それが妥当な判断に思える。

 この相手が、逃してくれればだが。

 氷山が割れて、粉々に砕け散った。

 相手は、一歩を踏み出す。


「膝をつくな!」


 男の叫び声がした。


「貴方もヴィーニアスの妃でしょう! ならば、最後まで諦めるな!」


 その声に、セレーヌは思わず顔を上げた。

 敵の剣がセレーヌに振り下ろされる。

 その剣が、バターのように切れた。


 男は、セレーヌの頭上で双剣を交差させていた。

 光り輝くその双剣は、紛れもなく魔法剣。

 全てを断つ剣。

 緑色の髪が、風に揺れていた。


「ヴィシャス! 貴方は滋賀にいるはずじゃ?」


「隆弘さんや美鈴さんやロックラックさんに言われて待機していた。苦戦している五聖を援護するためにと」


 敵は動揺するように数歩後退る。


「体魔術、百八十パーセント!」


 そう唱えて、ヴィシャスは風のように駆けた。その体は、仄かな光に包まれている。

 そして、彼は敵の腹部に掌底を叩き込んだ。

 敵は吹っ飛んで、きりもみしながら地面を転がっていく。


「さあ、セレーヌさん。どうすればいい? 相手を料理してやればいいんでしょう?」


「敵は魔法耐性の鎧を着ているのよ。私の魔術が通じない」


 セレーヌは、地面に杖を突き立てる。

 やはり、前衛がいてくれるこのケースの方が馴染んでいる。


「なら、鎧を剥がせば勝ちというわけか」


 ヴィシャスはその場で軽くステップを踏むと、前方へと一瞬で移動した。

 そして、立ち上がろうとする敵を勢い良く踏む。軋んだ音がした。

 その鎧の隙間に、双剣を突き立てた。


 敵の悲鳴が上がる。


 そして、敵は腕をふるって、ヴィシャスを襲おうとした。

 その時には、ヴィシャスは既に他の位置にいる。


 敵はゆっくりと立ち上がる。だらりと下がった右腕から血が滴っている。

 その鎧の腹部には、掌底と踏みつけで穴が空いていた。


「上等よ、ヴィシャス。私達の勝ちよ!」


 セレーヌはそう高々と叫んだ。

 敵が襲い掛かってくる。


 セレーヌは、構わず唱えた。


「水よ、走れ! 水線華!」


 敵の鎧のあちこちから血が噴出した。

 そして、敵は倒れた。

 鎧を剥いだら、体は細切れになっているだろう。


「流石だな、セレーヌさん。敵にしたら俺も危ういかもしれない」


 ヴィシャスの体から輝きが消えていく。体魔術を解いたのだろう。


「こちらセレーヌ。ヴィシャスの協力により敵を撃破」


 セレーヌは、晴れ晴れしい気持ちでトランシーバーにそう告げていた。



+++



「ヴィシャス……?」


 トランシーバーから聞こえた声に、クリスは呟く。

 意識は朦朧としていた。今にも体魔術は途切れそうだ。しかし、神経を集中させて、それだけは回避する。


 カリオスに、何度も攻撃を試みていた。

 しかし、その全ては反射させた。


 急激な移動で背後を取る。フェイントを入れて不意を突く。左右に揺さぶって狙いを逸らさせる。その全ての攻撃は、クリスに返って来た。

 

(ヴィニーかヴァイスなら……)


 勝てただろう、とクリスは思う。

 反射ごと斬る魔法剣があれば。

 しかし、それはクリスにはない技術だ。


(ないものをアテにしてても仕方がない!)


 心の中で静が叫ぶ。


(そうね。負けるわけにはいかない!)


 クリスは、自分を奮いたたせる。


「体魔術……二百……」


「そこまでだ」


 そう言って、クリスの肩を叩く者がいた。

 秀太だ。


「秀太君、なんで?」


「皆に言われてバックアップに徹していた。いるんだろう? 俺の力が」


 クリスは微笑んだ。


「秀太君。先読みで、私が考えてる勝ち方、わかる?」


 秀太は数秒思案して、げんなりとした表情になった。


「マジで、やるの?」


「マジよ」


 クリスは、頷いた。

 そして、クリスは槍を引く。その槍に、極大な魔力が集中する。


「一投閃華金剛突か……自棄になったのかい? クリス」


 カリオスが、嘲笑するように言う。


「一投、閃華……!」


 槍をさらに引く。そして、投じた。


「金剛突!」


 槍が飛んでいく。地面を巻き上げながら飛んでいく。

 その進行方向に、歪みが生まれた。

 その歪みを、断つ者がいた。秀太だ。


 秀太が回避に移動するのと、カリオスが目を丸くするのは同時だった。

 反射の空間は断たれた。

 一投閃華金剛突は、カリオスに直撃した。その体は、跡形もなく消滅した。


「こちら、クリス。秀太君の協力により、勝利! ヴィニー、頑張って!」


 そう、クリスはトランシーバーに告げた。



+++



 ヴィニーは皆の勝利報告を聞いて、安堵の思いでいた。

 ヴィシャスが、秀太が、やって来てくれた。今までの旅で時に反目し、時に笑いあった仲間達が。

 しかし、自分がシグルドに勝てなければ全ては無に帰すだろう。


 敵の要はこの男だ。


 統率者としてのスキルを持つ彼を放置しておけば、また闇の結界が張られるだろう。

 ヴィニーは木から木を飛び移っていく。


「足掻くな王子殿下。なぜそんなにムキになる? 人は死を望む生き物。東京で集めた国中の負の感情をベースに私の結界はできている」


「お前、人を愛したことはあるのかよ」


「愛……?」


「悲しい奴だな。全てを脳内分泌物が作り出す幻って切って捨てられるお前が、悲しいよ!」


「ならば、なぜ違うと言い切れる! 人を愛するのも、子供を作るのも、体に組み込まれた本能ではないか! 人は苦しみながら生きている。それから解放してくれという声にならぬ声が私とこの魔物の力になる!」


 ヴィニーは歯噛みする。

 破滅を求める心は、人の中にあるのだろう。だからこそ、現に闇の結界は出来上がった。

 けれども、それを認める訳にはいかない。


 そして、ヴィニーは立ち尽くした。

 周囲の木は、粗方燃やし尽くされていた。


 ヴィニーは地面に降り立つ。

 そして、双剣を掲げて力を溜め始めた。

 それは、炎を断つ一撃だ。


「長い鬼ごっこでしたな、王子殿下。では、さようなら」


 炎が放たれた。

 ヴィニーは双破猛襲斬を放つ。


 炎を掻き消し、光刃は進む。

 その時、シグルドは余裕の表情だった。

 それもそうだろう。瞬間移動で逃げれば良いのだから。


 しかし、その足を、掴む者があった。

 岩でできた、ゴーレムだ。


 シグルドは余裕の表情のまま、双破猛襲斬を受けて血を吐いた。

 その顔が、驚愕に見開かれる。


「馬鹿、な……」


「闇の芽の痕跡を逆追跡して、その敵を逃さず掴むゴーレムを作り上げた」


 淡々と言って、その場に現れたのはリューイだ。

 彼は、復讐を果たしたのだ。


「ヴィニー、僕は役に立ちましたか」


「俺達二人の勝利だ」


 そう言って、ヴィニーとリューイは拳と拳をぶつけ合わせる。

 そして、ヴィニーはその位置に立った。


「こちらヴィニー、リューイの協力によりシグルドを撃破した」


 トランシーバーに向かって話しかける。


「リューイがいるのか? 連絡が取れないわけだ」


 ピピンが呆れたように言う。


「五聖と、五つの精霊の加護が揃った」


 ヴィーニアスは、前を見て言う。


「封印の時だ」


 ヴィニーの体から、白い柱が立ち上り始める。

 あちこちから、赤の柱、濃い青色の柱、黄色の柱、空色の柱が上り始める。

 念願成就の時だと、そう思った瞬間、視界が歪んだ。


 そして、気がついた時、ヴィニーは漆黒の空間の中にいた。



次回『新たな神』

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