決戦前夜
貴一は、床に寝転がっていた。
ベッドでは、静が寝転がっている。
今日は仲間で散々騒いだ。ピザを注文し、ジュースを飲み、晩餐を楽しんだ。
最後になるかもしれない。誰もがそう感じていただろう。けしてそれを顔に出さず、元気に振る舞った。
「私ね」
静が、呟くように言う。
「世界最後の日の前日でも、こんな風に何事もなく夜が更けていくのかなって思うのよね」
「わかるよ」
貴一は頷く。
「明日が世界の命運を決める一大決戦なんて信じられない」
「私達の肩に人類の命運がかかってるのね」
「そうなるな」
「重いなあ……」
静が、ぼやくように言う。
「この旅で出会った人。地元で待つ人。その人達を守るためだと思おう」
「そうね。私のバッグには多すぎる」
しばし、沈黙が漂った。
「貴一」
「どうした?」
「勝てよ」
「互いに、な」
貴一は、苦笑して答えた。
「デートするんだから。水族館行ったり遊園地行ったり。色々楽しむんだから」
「うん」
「だから、死んじゃ駄目だよ」
貴一は、体を起こす。
そして、愛しいこの少女の顔に、手を添えた。
静は、貴一の顔を手で押した。
「全部終わるまで、キスは駄目ー」
「えー」
貴一は不平の声を上げる。
死地へ行くのだ。それぐらいのことはあってもいい。
「だって。今キスして死なれたら、一生忘れられなくなる」
「もう一生忘れられないだろ。こんな大冒険して」
「ふふ、それもそうね」
静は、天井を眺めた。
貴一も、再び寝転がる。
「始まりは京都、次は滋賀」
静が、歌うように言う。
貴一も、合わせる。
「次は熊本、次は兵庫」
「次は東京。最後に、山梨。長い長い旅だったね」
「ああ。終わらせよう。締めくくりは、俺達の手で」
「うん」
二人は、微笑みあった。
+++
優香と連絡が取れず、哲也は沙帆里の部屋に来ていた。
「そろそろお前との縁も尽きたな、セレーヌ」
「そうね。そうあればいいと思うわ」
沙帆里は、しみじみとした口調で言う。
「沙帆里は、最近少し自我を取り戻した。このまま、順調に回復していけばいいと思う」
「そうね」
「だから、死ぬんじゃないぞ」
「それを念を押しに来たんだ」
沙帆里は、呆れたように言うと、胸を張った。
「誰に言っているの。私は氷帝よ。貴方こそ大丈夫なの?」
「相性次第、かねえ。天に運を任せているよ」
「小心者ねえ」
沙帆里は、呆れたように溜息を吐く。
「あんたみたいなのでも沙帆里のお兄ちゃんなんだからね。無事に帰りなさい」
「ん、わかった」
哲也は毒気を抜かれて、素直に頷く。
「それにしても、優香と連絡取れないんだけど……」
「恋愛のボヤキなら他所でやれ」
「最終決戦前ぐらい連絡を取りたいぜ……」
「天はこう言っているのよ」
沙帆里は、からかうように言う。
「生きて帰ってから取りなさいって」
「なるほど」
哲也は納得した。
+++
恵美里は、一人、部屋で寝ていた。
仲間達と別れは済ませた。あとは、一人一人が働くだけだ。
そして、恵美里には最強の味方がいる。負ける道理はない。
(つっても前世じゃシグルドに殺されてるんだけどな、俺)
ヴァイスはぼやくように言う。
(リベンジマッチはどう出ると思う?)
恵美里の問いに、ヴァイスは数秒考え込んだ。
(立地次第だな。そして、今回の立地条件は俺に有利に働く)
(五分五分って感じか)
(七分三分だな)
随分と負けず嫌いのようだ。
(長かったね)
ヴァイスに言う。
(ああ、そうさな。天を憎み天を滅ぼすとか言ってたお前が立派に成長したもんだ)
(人の黒歴史を掘り起こしてこないでよお……)
恵美里は、思わず頬が熱くなる。
(お前は成長した)
ヴァイスは、励ますように言う。
(勝てるさ)
(そうね)
恵美里は微笑んだ。
負けられない。大事な仲間達のためにも、負けは許されない。
そして、何故か、勝てる気がしていた。
(よし、私がシグルドを引こう)
(その調子だ、強気でいけ)
(勝つぞー)
(おう。強気が大事だ)
恵美里のテンションは徐々に高まっていった。
そして、眠れなくなった。
結局は、不安なのかもしれなかった。
こうして、各々の夜は更けていった。
次回『富士樹海決戦』