陰陽連の復興
敵が東京から去った。
そうとわかったのは、闇の結界が消えたからだ。
ただちに、陰陽連は行動を開始した。場所を移し、陰陽連の仮住まいを用意して補充人員を送り込んだのだ。
彼らが東京中を回って魔物を探してくれることになっている。
貴一達も、その仮住まいであるマンションに部屋を借りた。
大きなベランダの窓からはビル街が見える。都会暮らし。そう悪くはない。
尤も、満喫している余裕もないのだが。
貴一は、陰陽連の関係者に連れられて、東京の至る所で結界を張った。
しかし、結果は芳しくなかった。
魔物らしいものは見つからず、シグルド達も姿を消したようだった。
「平和ね。不気味なぐらい」
静が、屋上のフェンスに指を食い込ませ、呟くように言う。
「ああ。平和だ」
貴一はその少し後方で答える。
「私ね、思うの。世界最後の日も、こうやって何事もなかったかのように朝は始まるんじゃないかって」
「不安なんだな」
静は、貴一を抱きしめる。
「怖い。私達は一手遅れている。風の精霊も見つかっていないんだもの」
「見つかるさ。必ず」
「けど、ザザ様はもう死んじゃったのよ」
占い師を殺した、とシグルドは言った。ザザのことだろう。
貴一は、静を強く抱きしめる。
「また、旅に出よう。恵美里の感覚を頼りに。風の名所を探して」
「けど、ぱっと思いつく風の名所なんてある?」
静の言葉に、貴一は黙り込む。
「でしょ?」
静は溜息を吐いて、額を貴一の胸にこすりつける。
「こんな時だからこそ、遊ぼうか」
「やあよ。気分じゃない」
そう言って、静は部屋に向けて歩いていく。
「魔物の場所はわかると思う」
貴一は、そう言っていた。静が、足を止めたのがわかった。
「奴らが東京を拠点に選んだ理由。それは、魔物が近くにいるからだ」
「……逆算して考えれば、それが無難な答えね」
「近いうちに、魔物は見つかる。戦いになると思う。俺は、君を守るよ」
「馬鹿にしないで」
静が振り返って近づいてくる。
「私は王室警護隊長。貴方は王。守られるのはどっちか明白」
「わかったよ。頼りにしてるよ、隊長さん」
「わかればよろしい」
静は、また部屋に向かって歩き始める。その歩みが、止まった。
「あのね、もし。もし、無事な世界に戻れたら」
「なんだ?」
「デートとか、しようね」
「ああ、一杯、一杯しよう」
「約束」
静は照れ隠しのように淡々と言って去っていった。
+++
魔物は見つからない。今日も、貴一は静といる。
「小学校の頃ね」
静がベッドに寝転がり、ぽつりぽつりと喋りだす。
「なんだ?」
「父さんが、死んだの」
貴一は絶句した。そんな話、聞いていなかった。
「闘病の末の死だったわ。母さんは、頑張ったね、ご苦労様って言って、父さんを労った」
「そうか……」
「私は沢山の人を見送るなんて嫌だ……戦いたい。父さんが、病魔に抗ったように」
「そうあれるよ」
「うん。クリスの力が、あるから」
今日もこうやって日が暮れていくのだろうか。そう思った時、外でざわめきが起きた。
部屋の扉が開いて、哲也が飛び込んでくる。
「ロックラックが来た。最終決戦の場所を伝えに」
貴一は、腰を上げた。
そして、駆け出す。
玄関の人混みをかき分ける。
「俺は五聖だ。通してください」
人混みが割れる。
そして、貴一はその人物を見た。
髭を生やして、髪は長くなっているが、間違えようがない。
「父……さん?」
数年前に失踪した父が、そこには立っていた。
+++
せめて真新しい服に着替えてこれば良かった。そうロックラックこと井上武雄は思った。
髭はだらしなかったかもしれない。
髪も伸ばし過ぎかもしれない。
考えてみればみるほど、全部駄目なのではないかという結論に辿り着く。
久々に見る息子の視線は、凍えていた。
「あんたが……ロックラック」
「少し話そうか、貴一」
そう言って、武雄は歩いて行く。
貴一と、一人の少女が、その後に続いた。
「十年前のことだった。私の中のロックラックが目覚めたのは」
「ヴィニー達は、ロックラックなんて人物知らないと言っている」
「君達よりあとの時代に活躍した人物だ。知らなくても無理はない」
「どんな情報を知っている?」
「魔物の居場所。そして、なぜこの世界に様々な憑依霊がいるか」
「なんでだ?」
貴一は、無感情に訊ねた。
「ザザ殿が飛ばしたのよ。シグルドが敵の魂を転移させたことに勘付いてな」
「この破茶目茶な世界は、シグルドとザザ様の合作か」
「そういうことだ。そして、私は君達を導く者として選ばれた」
「その割に、出てこなかったな」
貴一は、責めるように言う。
事実、責めているのだろう。家を捨てた父を、責めているのだろう。
「サポートはした。美鈴君の人脈。あれは私が関与して作ったものだ。ザザ殿とも連絡を取り合っていた」
「なんで、言ってくれなかったんだよ……」
「言って信じられるか? こんな話が?」
貴一は、黙り込む。そして、しばし考えたあと答えた。
「自分の身になってみないと病気にかかったと思うだろうな」
「そういうことだよ」
貴一の敵意が、少し和らいだのを感じた武雄だった。
「時間がない。魔物は復活しようとしている」
武雄は、振り返って本題に入った。
「けど、俺達には風の精霊がいないぜ?」
「風の精霊はあとだ。シグルドは東京の結界で沢山の闇の感情を魔物に送り込んだ。今はそれを濃縮した地で復活の儀式を行っている」
「防げるのか?」
武雄は、目を細めた。
「防ぐのだ。お前が」
そう言って、武雄は貴一の胸を叩いた。
「一晩やろう。仲間達と別れの準備をしておけ。死闘になる」
貴一は、息を呑んだようだった。
次回『決戦前夜』




