会談の誘い
光の結界の中で、敵が一匹、撤退せずに待機している。
それを察知して、ヴィニー達は動いた。
目立つ外見なので、それぞれフル・シンクロを解いて移動する。
辿り着いたのは、渋谷だった。
「若者の街、渋谷!」
静が、歌うように言う。
「お店が一杯だねー。よく潰れないね」
恵美里が感心したように言う。
「観光じゃないぜ」
哲也が苦い口調で言う。
「とりあえず、反応のある先に行こう」
哲也の提案に従い、貴一を先頭に歩いていく。
辿り着いた先が、渋谷のスクランブル交差点だった。
「念願叶った」
静が、満足げに言う。
人々は四方で集まって信号が青になるのを待っている。
「ここだ。ここの付近に反応がある」
貴一が言う。
五人は、人混みの後ろに回って、フル・シンクロをした。
信号が、青になった。
人々は横断歩道を縦横無尽に歩き始める。
一人の青年が、ヴィニーをじっと見ていることに気がついた。
彼は真っ直ぐに歩いてくる。
交差点の中央で、二人は向かい合った。
「見つけてくれと言っていたようなものだな」
「まさにその通りだからだ」
そう言って、男は紙切れを取り出して貴一に渡す。
「シグルド様はここの喫茶店で待っている。一人でだ。闇の結界と光の結界の狭間で」
ヴィニーは手を差し出す。
男は、手を引く。
「一人で行くことが条件だ。今回は話し合いだ。武力衝突は望んでいない」
ヴィニーは、しばし迷ったが、男から紙切れを受け取った。
「おい、ヴィニー」
ピピンが焦ったように言う。
「話し合いで済むなら、それが一番いい。戦闘になっても、俺には光の精霊の加護がある」
「……言い出したら、聞かねえんだろうな」
ピピンは、呆れたように溜息を吐く。
ヴィニーは歩き出した。件の喫茶店に向かって。
+++
車がクラクションを鳴らしている。
スクランブル交差点の中央で、敵一人と四人の味方が向かい合っている。
「お前には人質になってもらう」
ピピンは淡々とした口調で言う。
「ヴィニーが無事に帰ってきたら、お前も返す。シグルドにそう伝えろ」
「その必要はない」
男はそう言うと、変化を始めた。あっという間に、筋骨隆々とした鬼に変わったのだ。
片手には、首切り包丁を持っている。
「一対一で俺と戦うという勇気ある者はいるか。俺はテニエス。剣士として貴様らの一人と戦いを申し込みたい」
「一対一で戦う必要があるとでも?」
ヴァイスは大剣を構える。
それを、クリスは手で制した。
「魔法剣じゃ生け捕りは難しいでしょう? 私がやるわ」
ヴァイスはしばらく躊躇っていたが、クリスの視線に押されて退いていった。
三人が離れ、スクランブル交差点の中央に二人が残る。
周囲には、車が走っていた。
「体魔術、八十パーセント!」
クリスが唱えると、その体が輝きに覆われ始める。
「体魔術。タイマン用の技だな。この場に相応しい」
テニエスはそう言って呼吸を大きく吐く。
そして、彼が構えたと同時に、クリスは飛びかかった。
テニエスの首切り包丁が槍の軌道を逸らす。
しかし、敵の懐に入り込んだクリスは相手の顎を蹴り飛ばした。
テニエスがふらついたように首を振る。
クリスは手をかざした。
その瞬間、アスファルトを突き破って岩が飛び出してきて、壁となってテニエスを覆った。
土魔術の応用だ。
しかし、次の瞬間その檻は吹き飛ばされた。
「生け捕りにしようとしなければ勝ちだったな」
「それはどうも」
クリスはうやうやしく会釈をする。
「最後の敵として相応しい相手だ。俺も、全力が出せる……」
テニエスの体が大きく盛り上がった。筋肉はなお隆々と。眼光は鋭く。
「体魔術、百パーセント!」
テニエスの言葉に、クリスは目を驚愕に開いた。
体魔術は体格的に恵まれていないエルフに伝わる秘術。それを、身体能力に恵まれた魔物が使えばどうなるか。
結果は、火を見るより明らか。
テニエスの巨体が一瞬でクリスの体に詰め寄った。
首切り包丁が振られる。
「体魔術、百パーセント!」
クリスも唱え、動く。
前のめりになっている相手に水面蹴りを放つ。
しかし、動じない。
今までなかったことだ。体魔術を使ったクリスの蹴りが、枯れ木で殴ったかのように通じない。
首切り包丁が振り下ろされる。
クリスは槍を掲げてその軌道を逸した。
そこからは連撃。
クリスは腕を辛うじて動かし、攻撃を逸し続ける。
スクランブル交差点の信号が、何度目かの青に変わった。
人々は二人を遠巻きに見て、撮影などをしてながら進んでいる。
焦れたように、敵は突きに移った。
それを待っていた。
首切り包丁は長方形。その天辺に歯はない。
クリスは自分の力と敵の突きの力、両方を利用して一回転して距離を置くことに成功した。
しかし、腕は痛いし、息は絶え絶えだ。
「おーい、クリスー。変わるかー」
ヴァイスが呑気に声をかけてくる。
「冗談」
クリスは弱々しく笑って答える。
再び、敵は突進してきた。
その、突進力こそが仇だ。
クリスは槍についた糸を手に持って、敵に前進した。
そのまま、首を絡め取って背後に移る。
そして、敵の肩の上で立ち上がって力いっぱい糸を引いた。
「骨は折らない。失神させるだけ」
クリスは、淡々と言う。
テニエスは苦しげに呻き声を上げる。
その体が、前へと折られた。
クリスはバランスを崩して落下する。
そこに、首切り包丁が振られた。
クリスは糸を手放し、跳躍して後方へと飛んだ。
「なるほど、歴戦の勇士だ。色々な手管がある」
「仕方ないな」
クリスは、諦めを込めて言った。
手加減して、勝てる相手ではない。
「全魔力を篭めて防ぎなよ」
そう言って、クリスは槍を引く。槍に爆発的な魔力が溜まり始めた。
テニエスは、納得したように闇の魔力を前方に向かって溜める。
「一投閃華……」
信号が変わる。車が走り始める。
「金剛突!」
金剛突はテニエスを吹き飛ばした。テニエスは車に頭をうち、車ごとさらに奥へと飛んでいく。
そこで、槍が消えて、テニエスは地面に落下して人間の姿に戻った。
「流石に気絶してるわよねえ……」
クリスはテニエスに駆け寄ると、つま先でつついて反応を見る。
「今のうちに縛るか」
そう言って、クリスは槍から紐を伸ばし始めた。
「お前のやることって豪快っていうか……派手」
横転した車から人を救助しながら、ピピンが非難がましく言った。
次回『光と、闇と』