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異世界の英雄に憑依された件  作者: 熊出
新たなる世界で
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東京タワー

 一同はJR浜松町駅で電車を降りて、東京タワーへと向かった。

 遠くからでも見える巨大な建造物だ。


「東京タワーって築何年だ?」


 貴一が疑うように言う。


「昭和三十二年だって。築六十二年だ」


 静が答える。


「そんなに昔から日本人はこんな技術力を持ってたんだなあ……」


「首都に来てから吃驚することばっかりだね」


「このコンクリートジャングルに、どれだけの人が住んでるんだろうな……」


 貴一達は歩いて、そしてある瞬間に違和感を覚えた。


「ん?」


 哲也が声を上げる。


「闇の結界を抜けた……?」


 恵美里が戸惑うように言う。


「つまり、ここは光の領域、ってことか」


 沙帆里が呟く。


「なにかある。東京タワーに」


 確信を持って、貴一は言っていた。


「あの声は、これを伝えようとしていたんだ」


 貴一はそう言って、早足で歩き始める。

 それが徐々に駆け足になった。


 皆、後を追う。


「お前、道知ってんのかよ!」


「あんなでかい建物見失わないだろ!」


 哲也の指摘に、興奮して返す。


「ちょっと、皆、早い!」


 沙帆里が怒鳴るように言う。


「そうだな、沙帆里がいたな」


 貴一は我に返って、足を止めた。

 そして、沙帆里を背負って、再び駆け始める。


「こりゃ楽だわ」


 沙帆里は上機嫌に言う。


「私運動部じゃないんだけどー」


「私もだ」


 静と恵美里が苦い口調で言う。

 けど、貴一は立ち止まっていられなかった。

 自分の精霊がそこにいるかもしれないのだ。立ち止まっていられるわけがない。


 そして、一同は東京タワーに辿り着いた。

 静と恵美里は膝に手を置いて呼吸を整えている。

 展望台の券を買って、エレベーターで進んでいく。


「恵美里。違和感はあるか?」


 哲也が問う。


「はあ……はあ……微妙にある。ここではないのかも」


「そうか」


 貴一は、落胆する思いでその言葉を聞いていた。


「けど、ヒントはあるかもね」


 恵美里は微笑んで言う。

 貴一も、微笑み返した。

 そして、一同は展望台に辿り着いた。


 何処までもビルが続いている景色が見渡せた。遠くに、富士山が見える。

 周囲には観光客がいて、外国からの来訪者もちらほらと見られた。


「あれ、富士山?」


 恵美里が言って、スマートフォンで写真を撮りまくる。


「高いなー。落ちたらひとたまりもないだろうなー」


 静が縁起でもないことを言う。


「見えるか? 貴一。闇の結界に開いた穴を」


 哲也が問う。

 貴一は、窓の外を眺めた。

 見渡す限りの闇の結界だ。

 十分ほど、ゆっくりと歩きながら周囲を伺い見た。


「駄目だ、見つからない……」


 貴一は焦りを感じた。あのヒントを活かせなければ、なんのために自分はここに来たのかと。


「あえて言えば、ここか」


 哲也の一言に、貴一は立ち止まった。


「そうだな。ここだけは、闇の結界の範囲外だ。ここなのかもしれない」


 そう、貴一は言った。


「なら、恵美里が探知できないのはなんでだ?」


 哲也は、その言葉を聞いて、黙り込む。そして、顎に手を当てて考え始めた。


「貴一、光の結界を張りなよ」


 そう提案したのは、沙帆里だ。


「危険じゃないか?」


 そう言うのは、哲也。


「この光の聖域の範囲内で収めればいいんだよ。そこより外に一歩でもはみ出たらアウトだけどね」


「一理、ある」


 貴一は、ヴィニーに変化していた。

 そして、両手を地面に置いて、光の結界を張る準備を整える。


 風を切る音がした。

 そして、鉄と鉄がぶつかり合う音が響き渡った。

 静が変化したクリスが、ヴィニーに向けて投じられた人の身の丈ほどもある大剣を槍で弾き飛ばしていた。


「怪しいと思ってたのよ、あんた。ずーっとこっちを見てた」


 そう言って、クリスは長い耳を動かす。

 その視線の先にいるのは、なんの変哲もない中年男性だ。


「勘付いたか。流石は王室警護隊の長と言ったところか」


 その体が、徐々に変わり始める。腹は膨れ上がり、筋肉質な両手が伸び、青い達磨に手足をつけたようなシルエットになった。

 その腕に、再び大剣が握られる。

 悲鳴が上がり、人々が遠巻きになっていった。


「水線華!」


 沙帆里が素速くセレーヌに変わり、唱える。

 水の線が敵を斬り裂くかと思われた。

 しかし、それは敵の肌を濡らしただけだった。


「なんですって……?」


 セレーヌは戸惑うように言う。


「なら、こうだ」


 恵美里がヴァイスに変わり、炎の竜巻を巻き起こす。

 しかし、炎の中から再び大剣が投じられた。


 ヴィニーは双剣を振り、それを弾く。

 明後日の方向に飛んで行った大剣が当たったのだろう。ガラスの割れる音がして、風が入り込んだ。

 敵は外見に似合わぬ甲高い笑い声を上げた。


「来ると思っていたぞ、ヴィーニアス。私はシグルド様に命じられ、ここを守護せし者」


「シグルドに伝えとけよ。俺は東京に辿り着いたってな」


 そう言って、ヴィニーは双剣を振りかぶる。

 双剣に光が集まり始める。


「双破……」


 敵の大剣が飛んでくる。それをヴァイスの大剣が弾いた。


「猛襲斬!」


 双剣から光刃が放たれる。それは敵の肉体に突き刺さり、血飛沫を上げた。


「やった!」


 セレーヌが弾んだ声を上げる。

 しかし、敵は即座に再生を始めた。

 

「シルドフル以上の再生速度だな」


 いつの間にかピピンに変わっていた哲也が、呆れたように言う。

 敵が炎の息を吐く。それはヴァイスの放つ炎とぶつかりあって相殺しあった。

 周囲の気温が上がり、肌から汗が流れ出る。


「むー。難しいか。魔法封じの肌に再生能力。厄介だな」


 ヴィニーは唸る。


「一つ、手がある」


 クリスが言って、槍を引いた構えを取る。爆発的な魔力が一本の槍に集中しているのがわかった。


「氷よ、咲き誇れ! 氷華!」


 セレーヌの魔術が、敵を氷漬けにする。

 敵を包んだ巨大な氷は、四本の手足によって周囲に浮き上がっていた。


「的はこんな感じでどう?」


「上等!」


 クリスは叫び、放つ。


「一投閃華、金剛突!」


 敵の手によって氷が割れる。しかし既に遅い。一投閃華金剛突は放たれた。

 それは敵の肉に鋭く衝突した。

 槍を掴む敵の手から、闇の魔力が放たれる。

 それは金剛突を押さえ込もうとしているようだ。


「双破斬!」


「豪覇斬!」


 二つの魔法剣が、敵の両腕を切り落とす。

 再生したが、既に遅い。

 敵はガラスを突き破り、勢い良く外へと押されていった。

 敵が笑ったのが見えて、ヴィニーは背筋が寒くなるのを感じた。


「所詮私は駒。一人でも減らせればいい」


 そう言って、敵は再び槍を掴む。

 そして、落下していく。

 槍に縛り付けた糸に引かれて、クリスが外へと飛んでいった。


 四人は慌てて手すりに捕まり、下を見下ろす。

 クリスの姿は見えない。

 地面は遥か下。そこまで見る視力はヴィニーにはない。


「クリス! クリス! クリスゥ!」


 ヴィニーは我を忘れて叫ぶ。

 ピピンは真剣に、地面を眺めていた。


「あの化け物は飛び散っているが……クリスの死体はないな」


 ピピンの呟きに、一同黙り込んだ。


「生きてるよ~」


 悲しげな声がした。


「クリス? どうやって生き残った?」


「槍を手に召喚し直して、一投閃華で鉄骨にくくりつけた……。今鉄骨にしがみついてる」


 ヴィニーは気が抜けて、地面に座り込んだ。


「助けてよ~。地面が見えて半端なく怖いよ~」


「ピピン、頼む」


 ヴィニーは脱力しつつ言った。

 ピピンは苦笑して、空を飛んでガラスの穴から外へ出ていく。


 その時、ヴィニーは周囲から向けられているスマートフォンに気がついた。

 今の戦いを、撮られた。

 もしかしたら、貴一からヴィニーに変化した所も撮られたかもしれない。


 もう、平穏な日常には戻れないかもしれない。そんな不安を、ヴィニーの中の貴一が感じていることがわかる。

 自分達はこうも貴一達の足を引っ張ってしまうのだな、と、ヴィニーは悔いた。


 クリスがピピンに掴まれて戻ってくる。

 そして、ヴィニーに向かって降ってきた。


 ヴィニーは慌てて、クリスを受け止める。


「無茶したな」


「十八番だからね」


 二人して、苦笑する。


「いちゃいちゃしているのはいいが、お二人さん」


 ヴァイスが、上空を眺めながら言う。


「今の奴に抑え込められてたのか、なにかが目覚めた気配がするぞ」


 ヴィニーは、クリスを抑え、光の結界を張る。

 光の気配があった。

 自分の頭上に。


「光の精霊様、おられるのですか?」


 ヴィニーは訊ねる。


「ええ、ここにいます」


 光の精霊は、答えた。

 白い光の球体が五人の前に降りてきた。


「私は光の精霊。この場所でずっと、人の発展を見守ってきた……」


 光の精霊は言う。


「しかし、いつしか人の心には闇が色濃く巣食うようになった。この地の闇の結界を見なさい。これの維持に利用されているのは、この国に住む人の心一つ一つです」


「精霊様。確かに人の心に闇はあります。しかし、光もあるのです。私がそれを証明してみせましょう」


「人の子よ。貴方は確かに他の光の精霊の加護を受けているようだ。しかし、それも弱っている。どう証明できましょう」


「協力してください」


 ヴィニーの図々しい申し出に、光の精霊は黙りこくった。


「貴方と私の力ならば、闇を祓えるでしょう」


 光の精霊は、考え込む。

 そのうち、言葉を放った。


「愉快な人。たまに出会います。貴方のような人間に。いいでしょう。私の力を使いなさい」


 光の精霊は、小さな球体となり、ヴィニーの体の中へと入っていった。

 そして、ヴィニーは、強い力が自分を包むのを感じた。


「今なら、晴らせる。この曇り空を」


 そう言って、ヴィニーは両手を地面につける。

 光が迸る。

 それは、徐々に周辺へと広がっていった。

 この日、東京を包む曇り空と、闇の結界は、半数が晴らされた。


 光の精霊の力も得て、残る精霊はあと一つ。


「半分は残りましたが、どんなもんでしょう。精霊様」


「貴方の言う通り、人の心には光もあれば闇もあります。成功者の下には数限りない失敗者がいます。この半数残る闇の結界を見て、夢々それを忘れぬように……」


 そう言って、光の精霊は去っていった。


「満足してないだろうな」


 ピピンが言う。


「してないさ」


 苦笑して、ヴィニーは返す。


「この街の何処かに、シグルドがいる……」


 風が吹いた。

 それは、五人の髪を撫でた。

 一時の癒やしとなろうとするかのように。



次回『会談の誘い』

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